もう再来月には夏コミとか冗談ですよねお願いそうだと言え。
などと言ってても仕方がないので粛々とやるべきことをやっていきます。
・あたいとげんそーきょー18 NO!咲夜DAY(北国もやし製造所)
毎度おなじみフルカラー漫画「あたいとげんそーきょー」シリーズ、今回でもう18作目となります。
今回はタイトル通りメインは咲夜さんとおぜう様の話ですが……?
東方二次創作も歴史が長いので、必然的にお約束と呼べる題材がたくさんあります。今回のメインストーリーである「咲夜さんが紅魔館を出ていくことを知ったレミリアが自立を目指す」というのも、これまでたくさんの作家さんが書いてきた古典的展開のひとつ。
つまり、これをそのまま描いたのでは他の大量にある同テーマの作品に埋もれてしまいます。
では、それをどうやって差別化しつつ面白くするのかというのが作家の腕の見せ所なわけですが、本作はあとがきにある通り、「サブストーリーが本筋に合流してくる構成」でもってそれを実現しています。
最初に本作を手に取ったときには、てっきり今回は「あたいとげんそーきょー」シリーズではなく独立した咲夜さんとレミリアのお話だと思ってたんですが、背表紙を見るとしっかり「あたいとげんそーきょー」シリーズとしてナンバリングされていますし、表紙にも「あたいとげんそーきょー」のタイトルがしっかり入ってるんですよね。
そして本作を読み進め、読み終わったときには、本作は確かに咲夜さんとレミリアの話であるけれども、同時に明確に「あたいとげんそーきょー」シリーズのひとつであると確信できました。
本サークルさんの作品の魅力はもちろん「俺はチルノが好きで好きで仕方ないんじゃ文句あっか!!!!」と言わんばかりのチルノ愛なわけですが、それ以外に「ストーリーの構成力の高さ」があると思ってます。コース料理に例えると配膳とメニュー量の調整がとても上手い。
本作にしたって、「咲夜さんとレミリアのメインストーリーとチルノのサブストーリーが最終的に合流する」って書くのは簡単。しかしこういうの、実際にやってみるとメインとサブの配分がおかしくなったりあれこれサブストーリー要らなくない?となったりメインとサブをうまく合流できなかったりするもので言うほど簡単にできることじゃありません。
しかるに本作では、チルノのサブストーリーをメインストーリーの幕間に配置することでメインとサブの混同を避け、なおかつふたつのストーリーを過不足なく同時進行させるという手法でこれらの問題を回避してます。これ、仮にサブ部分だけを切り取ってつなげてもちゃんといち作品として成立すると思います。
さっきから言ってますけど言うほど簡単じゃないですからねこれ。読んでる方は完成品を手にしてるからすらすら読めますが、これを構築するのは並大抵のことではないと思います。この形式パクらせてもらおう。
そしてラストパートのメインとサブの合流の仕方が実に上手い。
前述のとおり、東方二次創作では「咲夜さんが紅魔館を出ていくことを知ったレミリアが自立を目指す」という展開はそれこそ紅魔郷が世に出てからこれまでに数え切れないほど描かれていますし、また咲夜さんとレミリアの寿命差からの来たるべき別れはレミ咲というカップリングを描くうえでは必然的と言っていいくらい出てくるテーマです。あえて悪い言い方をすればいわゆる「手垢のついたテーマ」です。
さらにはこのテーマは古典的かつ魅力的であるがゆえに、「さくSaku亭」さんや「双月亭」さんなどによる偉大な先行作品がすでに山ほどあるわけですよ。
……ということは、その「手垢のついたテーマ」を紅魔郷頒布から24年を数えるこの2026年にこれほど鮮烈に描いていることは、とりも直さず本サークルさんのストーリー構成力の高さを証明しているわけです。
サブストーリーでチルノが見つけた月下美人の花の「一夜限りの花」というエピソードを、そのまま妖怪から見れば「本一冊読んだら無くなってしまう」ほど短い人間としての咲夜さんの寿命に接続するというこの見事さよ!
そして、これは毎回言ってることですがフルカラー漫画であることを最大限に活かした演出も見事。ラストの花畑の美しいことといったら……。
とか感動してたら最後の最後、奥付の次のページで思いっきりやられました。この配置、このタイミング、絶対に読者の意識が完全に離れて油断するところを狙って刺してきたでしょ……。
いやこれもお約束中のお約束中のそのまたお約束、それこそ「この場面」は無数に描かれてきたものでしょう。
言ってみれば本作は、最初から最後までなにもこれまでにないような真新しいことはほとんどしてないんですよね。むしろテーマから最後の仕込みまでお約束のみで構成されていると言ってもいいくらい。
しかし、それでこれだけの感動を引き出してくれるのはもう明らかにストリーテリング能力の賜物、そしてこれまで「あたいとげんそーきょー」シリーズで培ってきたチルノの魅力によるものだと思います。「咲夜さんとレミリアの寿命差」という昔ながらの食材に「『あたいとげんそーきょー』シリーズで培ってきたチルノの魅力」という調味料を加えたことで、古典的な、言い変えれば誰もが散々食べてきたはずの料理に新しい味わいを加えたと言えるでしょう。
また本作は、「咲夜さんとレミリアの話」であると同時に「レミリアとチルノの話」でもあると感じました。
本作に限らず、「あたいとげんそーきょー」シリーズではレミリアは明らかに子供として描かれています。そしてそれはチルノも同じ。
では両者は「同じく子供」なのかというと、その点は本作では明確に差別化されています。
すなわち、チルノは「わがままで自由奔放な子供らしい子供のままの子供」であるのに対し、レミリアは「大人になろうとしている子供」です。「自立」なんて直接的な言葉が出てきてますしね。
これはキャラクター論でいうところのフラットキャラクターとラウンドキャラクターですね。
「子供らしい子供」として完成かつ安定しているチルノに対し、レミリアは「大人になろうとしているけどなりきれていない」という矛盾と変化をはらんだキャラクターとして描かれています。
そしてチルノは、サブストーリーを担っていながら実は「軸」なんですよね。考えてみれば当然のことなんですが、キャラとして完成・安定しているほうが軸になるのは当たり前と言えばしごく当たり前の話。……なんですけど、その当たり前を当たり前にできりゃあ苦労はしねえんだよッ!!!!(全ギレ)
で、この「大人になろうとしている子供」たるレミリアは同時に「大人になろうとせいいっぱい背伸びしてる子供」でもあるわけでその姿があまりにも魅力的。本当に「お姉ちゃんぶってお父さんお母さんのお手伝いをしようとする子供」そのものなんですよね。
こんなの身近にいたらそりゃあ咲夜さんでなくたって弄びたくなるわ。まあ本シリーズにおける咲夜さんのレミリアいじりは若干……いやかなり度を越してる気がしますが……。
レミ咲という関係性において咲夜さんはしばしば「従者であると同時に母」として描かれるんですが、その点もこのレミリアの「大人になろうとせいいっぱい背伸びしてる子供」という属性を強調してると感じます。
……ん? 咲夜さんが母なら父は誰だ? と考えると必然的にパッチェさんが父ポジということになるなあ……。
という気付きを得たうえで本作をもう一度読み直すと、今度はパッチェさんに味わいが出てきます。
無限に楽しめるな、「あたいとげんそーきょー」シリーズ。
今日はここまで。