夕暮れが校舎を飲み込もうとしていた。アスファルトにへばりついた影が長く伸びて、建物のエッジが曖昧にぼけていく。今日も僕はいつものように、自分を中心にして不可視な防壁を築くのに余念がなかった。他人との会話は、必要最低限の事務的なものだけ、適当にプログラムされたかと見紛う最適解の愛想、振る舞いで完結させる。それが一番。一番、なにも摩耗しない。僕にとって心というものは、整理のつかないガラクタが詰まった屋根裏部屋のような、秘密に満ちたものだった。
その日の放課後の図書室は、少しだけ違うことが起こる。予感はあった。五分だけ朝起きるのが遅かったとか、目玉焼きが双子の卵だったとか、バスでいつもの席に座れなかったとか、小さなズレが積み重なっていた。そう、そして大きくなったのか。
窓際の席で古い詩集をめくっていた僕に接触してきた未確認生命体がいた。僕の隣を、彼女が陣取ったのだ。さも自然な流れで僕に視線を向ける。他人の境界線を、土足ではなく、ふわりと素足で踏み込んできてみせた。そして、唐突に―――薄ピンクの唇が動く。
「ねえ、それ面白いの?」
その問いかけに僕は混乱する僕に拍車をかけた。喉元まで出かかっていた拒絶の言葉が逆流して還っていく。そんなこと露と知らず、彼女の瞳は僕を映し続けた。僕も見続ける。その瞳が沈む太陽を反射して、あまりにも空の透明さそのものの気がして。気づけば、僕はこの共有する沈黙に慣れないあまり、暴発した。速記係も逃げ出すような勢いで、火を噴いた。誰にも理解されようもない、言いようもない焦燥感が弾となって、世界に取り残された孤独の哲学が機関銃となって、単語と音を並べまくった。