1.5メートルのカーボンナノチューブ製のロッドの先端から伸びたナノフィラメントのワイヤーは、昨日と同じように垂直に垂れたまま動かない。
最初の頃はワイヤーに変化があればすぐに気付けるように全神経を尖らせていたが、今ではこうして地表に網の目のように刻まれたバレーネットワークの縁に腰を下ろしていると、精神状態がだんだんリラックスしてくるようになった。
第一肢と第二肢でロッドを把持したまま、ぼんやりと視線を上げる。
その視線のはるか先――3億キロほど離れたところに浮かぶ、青い星。
「彼女」は、そこからの再訪を待っていた。
平均温度約-70℃。
約0.007気圧。
火星は今日も、いつもどおり。
「彼女」が初めて「それ」と出会ったのは、もうずいぶん昔のことだ。
いつも通り地表に出て歩いていると、空の方からなにかが落ちてきた。
この星で「空からなにかが落ちてくる」というのは大きな変化だ。「彼女」は興味を引かれ、赤い酸化鉄の砂が広がる大地をてくてく歩いていった。
赤い大地の上に落ちてきたのは、「彼女」がこの火星で生まれてから一度も見たことがないものだったので、「彼女」はさらに強い興味を引かれた。