凍えるような寒さだった。着込んでいるシンを容赦なく冷たい風が吹き抜けていく。はあと吐く息も白くて、肩を小さくする。
 この調子じゃまだまだ春は来ないな、なんて商店街をあてもなく歩いていると、知った後ろ姿が目に入った。高身長に、白髪。間違いなくシンが心から慕う坂本のものだった。嬉しさのあまり追いかけようとして、その足は不意に止まる。横には坂本の妻である葵もいたからだ。
 人混みに紛れて一瞬だけしか見えなかったが、手を繋いでいた。仲睦まじいことはいいことだ。自分の気持ちを除いて。
 なんで商店街をブラついていたかも忘れて、その足を引き返した。絶えず鼓動する心臓がリズムを崩して、嫌な音を立て始める。
 無意識に進む足が早くなっていく。邪魔な思考をかき消したくて、とにかくその場から離れようと必死に歩くスピードが早くなった。
 向かうあてなどないのに。
(坂本さん……)
 たまらなくなって、心の中で大事な、大事な人の名前をソッと囁く。
 寒さからではない、悲しさで唇が震える。
 幾度と見てきた二人の嬉しそうな光景。いつからだろう。そんな彼らを見ると胸の奥が締め付けられたみたいに苦しくなるのは。厚意で居候のされてもらっている身だ、下手なこと言えない。
 ちゃんと理解していても、脳みそが拒む。手を繋いで顔を合わせて微笑む二人の一瞬の光景をかき消せなかった思考で繰り返し再生する。ツン、と鼻の奥が痛くなった。
 何をセンチメンタルになっているんだ。愛する坂本か選んだ道でようやく幸せを掴んだのだからそれでいいではないか。
 分かっている。全部分かっているはずなのに。
​──ポタリ
 俯いてスニーカーを見つめていると、コンクリートに一つ雫が落ちた。
 坂本と出会ったのは自分が先だったのに。本当に馬鹿げた考えが頭をよぎる。
 恋愛に出会ったタイミングなど関係ない。
 そもそも坂本は異性愛者で、殺し屋から未練なく手を引けるくらい大好きな人に巡り会えただけの話。昔からずっと、坂本の心に入り込む隙間など少しだってなかった。
 こんなちっぽけなことで傷付いて、一体自分はなんなんだろう。
(何あの人、なんで泣いてんの)
(え? どうしたのかな)
 道行く人たちが立ち止まって涙を流すシンを横目に見ては、通り過ぎてゆく。情けなくて、服の袖で乱暴に目元を拭った。
 もし神様がいるのならば、願いが叶うのならば、坂本の隣には自分がいたかった。
「あれ、シンくん。奇遇だね」
「……なんだよ」
 鼻をズ、と啜って無愛想に答える。あれからどのくらい時間が経っているのか分からないが、五分や十分そこらではなかった。
 今頃帰っているであろう二人がいる坂本商店に帰る気も起きなくて、ゴミなどで汚れた裏道の手前にしゃがみ込んでいると、どこからともなく南雲が現れた。
 近寄ってくる南雲からは隠しきれない血液の匂いが漂ってくる。任務だったのかもしれない。どうせ全て返り血だろうが。
「ん? なんか目赤くない?」
「……気のせいだろ」
「いやいや、鼻も赤いよ。寒いの?」
「別に、なんでもねえから」
 荒みきった心が南雲へ雑な対応をさせる。泣いてしまったことがどうしてもバレたくなくて、『とっととどっか行けよ』という視線を向けた。大の大人が失恋でべそかいていると知ったなら、否、理由は分からずとも泣いていたら、南雲は馬鹿にするみたいに笑うのだ。どうせ。
 けれどシンの思いは露知らず、南雲は視線の高さを合わせるように同じくしゃがみ込んだ。そのまま顔を覗き込んでくる。
 思惑が外れて、彼の大きな黒い目はあたたかみを含んでいた。
「なあに? どうしたの?」
「本当に、なんでもねえって」
「嘘つき。声も変だよ」
「〜〜、関係ないだろ!」
 耐えかねて声を荒らげるシンに、南雲は驚く様子も、一歩たりとも引く様子はない。
 顔を上げたことで裏道に射し込む太陽の光で頬の涙が反射したらしい。泣いているのだと理解した南雲は乾いた涙のあとを自分のコートで拭ってやった。労るような仕草に、ひどくシンの心が淡く揺れる。笑うなら笑ってくれればいいのに。
 何もかもを察したわけじゃなくとも南雲は大体のことは把握したようで、曖昧に笑ってみせた。
「シンくんを泣かせられるのはきっと、坂本くんだけなんだろうね」
「ち、違う……漫画でも、犬の泣ける系でも泣く」
 謎の意地で出た子どもじみた言い訳は主旨から少々ズレているが、南雲はちっとも気にしていない。坂本に泣かされたという一点は否定しなかったから、十分分かった。シンの涙の理由。
 話題を変えたくなったのか、シンは先ほどから鼻を刺激する匂いについて疑問を抱いた。
「任務中だったんだろ? いいのかよ」
「もう終わり〜、僕だよ? 五分もかからずに終わっちゃった」
 そりゃあそうだ。強さで言えば、彼の右に出るものは片手で数えられる程度しかいない。
 そこに自分はいないことへの若干の悔しさは残りつつ、納得する。
 すると南雲は突然シンの手首を掴んで、立ち上がった。つられる。よたり、と足元がふらついて転びそうになった。
 南雲の手のひらは自分より幾分ぬくかった。
「うわ、」
「ねえ、僕の家来ない?」
「……は? なんで。意味わかんねえ」
「身体冷えきってるし、坂本くんのところには帰りたくないんでしょう? それにそこでなら思いっきり泣けるよ」
「で、でも……」
「坂本くんには僕が連絡入れといてあげる」
「……何言うつもりだよ」
「僕がシンくんを攫っちゃったから、残りの仕事は出来ませんって」
 社会人とは思えぬ​──普通の社会人と言っていいのかは分からないが​──南雲の仕事の責任を放棄する言葉。だが意外にもその発言にシンの心がわずかに楽になったのは事実だった。
 ただひたすらに逃げ場がほしかった。とっくに破れた恋心を一人では持て余して、今にも押し潰されそうだ。そのくらい、好きなひとだった。人生の地盤だと言っても過言ではないほど。彼に出会ってシンは何もかもを変えられた。
 そこを『攫われる』という被害者である立場のまま逃げたかったのだ。
 抵抗しないシンに南雲は何を思うのか、ついておいでと優しく手を引く。無言で大人しくついて行った。二人を見かけた時に比べて、足取りはいくらかしっかりしていた。
 一度も来たことのない南雲の家のドアをくぐる。だだっ広いリビングへ通されると、これまた大きなソファに座らせられた。
 ふかふかで、体重により身体が深く沈む。
 やたら金のかかっているであろう南雲の部屋を失礼ながらキョロキョロと見渡していると、あたたかな飲み物を二人分持ってきた南雲が隣に座って、柔らかく口角を上げた。
 眉目秀麗と言える顔で微笑まれたら、ドキッとしてしまう。
「で? 坂本くんがどうしたの?」
「……いや、」
 なんでもない、そう言いかけてやめる。
 あの南雲が家に招き入れてくれるほど心配をしてくれているのなら、無下にすべきではない。
 飲み物を一口もらって、息をつく。秘めていた恋心を外に出すという行為はとてもむずかしい。
 恐る恐る、震えた小さな声で言葉を紡ぐ。南雲は黙って耳を傾けていてくれた。
「坂本さんが、その…手を繋いで…」
「うん」
「その……」
「失恋したんでしょ?」
「! はっきり言うなよ!」
 前言撤回。耳を傾けてくれたなんてシンの勘違いだった。
 ノンデリカシーな発言にシンは咄嗟に叫んだ。
 言われなくとも、失恋なんてずっとしている。坂本が自分の方をチラッとでも想ってくれたことなんてない。葵一筋だからこそいい男だと思う。
 それでも、過去に彼が殺し屋から足を洗う時も葵が理由だったようで、まるで自分の存在なんてなかったみたいに置いていかれた。寂しい。寂しくてたまらない。坂本の目に映るのは彼女ばかりな気がして。
 そうだ。いつから、じゃない。自分は最初から胸の奥が苦しかった。
 見透かしたみたいな南雲はにや、と今までとは意図の違う笑みを浮かべた。
「自分のこと見てほしいんでしょ?」
 やけくそになって答える。
「……そうだよ、何が悪いんだよ」
「全然。悪いなんて言ってないよ?」
「じゃあ何が言いたいんだよ」
「シンくんの気持ち分かるなあって」
 カッと頭に血が上った。外にいて冷えたはずの身体の芯から熱くなる。
 シンが一番いらないのは建て前の慰めだ。何を言うのかと思ったら、ありきたりな言葉。一瞬でも南雲が何を言うのか考えた自分が馬鹿だった。
 触れてほしくない心の脆いところを容赦なく逆撫でしてくる南雲から早く離れたかった。
 何が“分かる”だ。
 何も分からない、知らないくせに。
 不機嫌なオーラを隠さず腰を上げようとすれば、南雲が引き止めた。焦りもしないその様子すら腹立たしい。
「待ってよ、シンくん」
「うるせえ」
「気持ちが分かるのは本当だよ」
「じゃあ誰なんだよその相手は! お前が落とせないやつなんているのかよ、」
 言えるなら言ってみろ。
 顔も、身長も、体格も、声も、加えて圧倒的強さも、全てを持ち合わせていて相手に困らない男に分かってたまるもんか。
 鋭い眼光を向ける。
 八つ当たりなのは承知の上だ。頭の片隅で理性がやめろと叫んでいる。でも止められない。
 惨めだった。気持ちの置き場が見つからない。
「誰だか言ってもいいけど、後悔するよ」
「……言えよ」
 困ったみたいに笑う南雲。まいったなあ、そう呟いてシンを真っ直ぐに見つめた。やけに真剣な眼差しに心臓が跳ねる。
 聞いたのは紛れもない自分だ。恋心をあんなに口にするのに時間かかったくせに、人の恋心を暴こうとしている乱暴さにこそ南雲は怒ってもいいのに、彼は怒りをあらわにしない。
 聞いたのを今さら後悔する前に、ぽつりと言葉が部屋に響いた。
「今、僕と話してる人」
 目を見開く。彼は今なんと言った?
「はぁ……? 馬鹿にしてんのかよ……?」
「してないよ、シンくんのことが好き」
 時間が止まったような感覚に襲われたのに、カチ、カチ、と時計の秒針の音だけは耳が拾う。思考回路も、身体全身も一拍止まってしまって動き出せない。呼吸するのすらやっとだった。
 南雲は未だに困り笑いを浮かべて、シンへと手を伸ばした。シンの指先をきゅ、と握る。控えめなそれには慈しむ気持ちが滲んでいて、言葉に対する実感がゆっくりと湧いてきた。
 どうやら本当に恋をしているらしい。とてもじゃないが信じられない気持ちと、踏まえた上でしっくりくる気持ちが半分ずつ。思えば南雲はずっとシンを気にかけていた気がする。
 ここに繋がってくるとは思わなかったが。
「……え? お前、俺のこと好きなの……?」
「そうだよ」
「……知らなかった」
「言ってなかったもんね」
 正直なところ、南雲に対して恋心を感じたことはない。顔がタイプだと思ったことはあったが、これは内緒にしておこう。言ってもいいことは起きない気がする。
 答えを返せずに口ごもるシンに、南雲は指先から頬へ手を移した。すり、と輪郭をなぞる。いたずらっぽく南雲が提案をした。
「いいこと思いついた」
「え?」
「キスしてみたい」
「え、……キス?」
「ちょんって触れるだけのやつ」
「ほっぺに? 唇に?」
「唇。嫌だったら噛んでいいよ」
 突然何を言い出しているのだこいつは。噛んでいいって、キスは絶対する前提かよ。
 だが南雲は至って真剣らしく、ジィと穴が付くほど見つめてくる。それまで頬を撫でていた手が両肩を掴む。大して力は込められていなかったが、本当の本当に本気らしい。もはやキスする体勢に入っているようだった。
 シンは一切頭が追い付いていない。先ほどまで坂本への気持ちで苦しくて死ぬ思いだったのに、今や南雲に迫られている。意味不明だ。
「ちょ、ちょっと待てよ、落ち着けよ」
「シンくんは坂本くんだから特別なのか、ただ意固地になってるだけなのか分かりやすいじゃん。僕を実験台にしてよ」
「それでお前が傷付いたら……」
「いいよ、それでも。僕はシンくんが好きだから」
 覚悟の決まり方がおかしい。お互い片思いしていて辛さは理解出来るが、シンはここまで相手のことを思って断言することなど無理だ。これ以上傷付くのが怖い。
 傍から見れば独特とも言える状況に、客観的に突っ込める人がいたならばよかったのかもしれないが、失恋をまざまざと感じた挙句顔がタイプの男に愛の言葉を囁かれて、シンは冷静じゃなかった。思考回路がどこかで焼き切れている。
 首をこてん、と傾げて南雲は問う。
「ね? 触れるだけだから」
「……わ、分かった」
 回らない頭で考えた末に頷くと、南雲は遠慮なくといった様子で顔を近付けてくる。
 ふに、
 ひどく柔らかな感触が唇に触れた。シンのファーストキス。当たり前だが、レモンの味はしない。キスに夢を見る乙女でもない。ただ南雲のふわりとしたいい香りがシンの心を奪っていく。
 すぐに離れて、間近で見つめられる。オニキスを彷彿とさせる明かりの入った黒くて大きな瞳は心底シンを愛おしそうに光っていた。今まで彼はこんな目で自分を見ていたのだろうか。ならばなぜ気付かなかったのだろうか。あまりに鈍感すぎる自分に、内心呆れた。
 嫌悪感は、ない。むしろじくじくとした痛みだけを取り除いてくれるキスだった。激しさがない代わりに、静かで確かな愛が存在している。
 シンの表情で、聞かなくとも分かるだろうに南雲は尋ねる。返事など分かっているみたいに。
「どう? 嫌だった?」
 むしろ、嬉しい。シンはハッとする。そうか、自分は嬉しかったのか。
 人とはそう出来ているもので、イケメンにときめいてしまう。だが、理由はそれだけじゃない気がした。首を緩く横に振った。
「嫌じゃない」
「じゃあ、好き?」
「……悪い、それは分からない」
「うん、今はそれでいいよ」
「……」
「好きだよ」
 砂糖も、蜂蜜も、チョコレートも、どれだって表現するのに足らない甘い声。
 南雲みたいな男に求められているなんて、天変地異が起きたみたいだ。
 捨てられてずぶ濡れになった子猫のような絶望感がまとまりついていた心が、陽だまりを知る。あたたかくて、ずっとそばにいたくなる。
 未だに信じられなくて、南雲と触れた唇を無意識に指先で触ってしまう。くす、と笑う声が聞こえてきた。
「なあに? もう一回したい?」
 したくない、とは思わなかった。
 むしろ。
「……したいって言ったら、変か?」
「ぜーんぜん。いくらでも」
 今度は角度をつけて、一回目よりもしっかりと唇が重なり合う。皮膚と皮膚がくっついているだけなのに、なんでこんなに特別なんだろう。
 離れた瞬間、ささやかなリップ音が鳴った。名残惜しくて縋るみたいな視線を送ってしまう。知ってか知らずか、南雲は目を細めて口角を上げる。一見優しげなそれは、獲物をようやく捕まえた獰猛なものにも見える。シンは気付いていなかったが。
「今は実験台でも踏み台でもなんでもいい、僕と一緒にいようよ」
 坂本へ感じるものが心をグツグツと煮え立つものだとしたら、南雲へ感じているものはコトコトと弱火であたためられているような。
 安心感に怯えず身を委ねる。
「君と坂本くんの出会いは大体知ってるよ。小さい頃から一緒だったらそりゃあ敵わないかなって思ってたけど、シンくんの顔を見たらそうでもないのかな?」
「……どんな顔だよ」
「えー? 満更でもなさそうな顔」
 否定する材料を持ち合わせてなくて、恥ずかしくなって目を逸らす。
 ソファと身体の間にじわ、と汗をかいた。
 あまり恥ずかしくなることを言わないでほしい。シンはすごく照れ屋なのだから。
 そういえば、南雲に聞きたいことがあった。取り柄がない​──と自分で強く思い込んでいる​──シンは南雲をおずおずと見上げた。もう心をフルオープンにしている南雲は目が合うと本当に満ち足りている表情をする。
 こくん、と唾を飲んだ。答えを聞くのが少し怖い。けれども、聞かないと腑に落ちない。
「……お前はさ、なんで俺のことが好きなの」
「理由がなきゃダメ?」
「ダメではないけど……」
「一途なところ。」
 南雲の手がシンの手を捕まえる。指先が絡まって、きゅっと力を込められる。手汗をかいていないだろうか、ちょっとだけ焦る。
 今の自分と南雲の関係に名前を付けるならなんだろう。友達?相棒?恋人?どれも違う。自分はどれを望んでいるのか検討もつかない。
「でもね、シンくんって意外と流されやすいんだよ。そこにつけ込んでるんだ、僕」
 繋がれた手と手。冒頭の坂本と葵の光景が脳裏によぎる。こうやって手を繋いでいたっけな。心も身体も寄せ合って、ひどく幸せそうだったっけな。思い出すとやっぱり苦くて、瞬きをした目から雫が不意にポタリと落っこちた。服にシミを作る。予期しないで溢れた感情の欠片。
 どうせ見ているのは南雲一人だ。構いやしない。泣きたいんだから、泣いてしまえ。
 何も言わず南雲は濡れたそこを最初にしたみたいに拭って、抱きしめられるところまで近付いてきた。節度は守って、腕は回してこない。
「僕なら泣かせないよ」
「​──、」
「こんな風に影で、泣かせることはしない」
 胸の内側をひどく揺さぶられる。
 南雲と幸せになる道があってもいいかもしれないと思った。それとも都合がいいだろうか。
 だって坂本と葵は他のものが入る余地がないほど仲のいい夫婦で、一人娘の花を世界中で誰よりも大事にしている。
 壊せないし、壊せるはずがないし、壊したくない。
 なら南雲との未来を夢見たって許されてほしい。
「……胸を貸してくれ、今だけ」
「今だけじゃないよ、いつでも貸してあげる。僕はずっといるから」
 腕の中に閉じ込められて、静かに横隔膜が痙攣する。南雲はとん、とん、と背中を叩いた。
 この辛さを一生一人ぼっちで抱えていくと思ってた。分かち合えるものだとは知らなかった。身体が、心が、重くてたまらなかった荷物をおろしたみたいに軽くなる。
 たまたましゃがみ込んで路頭に迷ってて、運命の導きみたいに南雲が通りかかった。シンはきっと今日という日を忘れないだろう。
「シンくん、大好きだよ。僕の元においで」
 縋りたくなるようなことを言うのはやめてほしい。シンはシンで、きちんと自分の意思で南雲の隣を選びたいのだ。
 そこからスタートしてもきっと遅くはない。
「時間はかかると思うけど、変わらず俺のこと好きでいてくれるか」
「もちろん。僕って諦め悪いんだよ、同じく一途なの」
 一途という言葉の裏に、南雲の経験してきた過酷さが現れていた。数えきれない大勢の仲間たちを失ってきた。人生の一瞬だとしても、共に過ごした人を決して忘れたことがない。他者から見られるよりも、よっぽど深い情を持った人間だ。一途で、思いやりの塊だ。
 恋愛でも変わらず。
 くい、とシンが南雲の服を引っ張った。
「もっかい、」
 
 ゆっくり瞼を下ろすシンに、南雲は幾度目かのキスをした。これからの愛を確認するみたいに。
 触れて、離れて、目と目がぶつかる。シンは濡れた頬はそのままに、微笑んだ。
「お前のそういう優しいところは好きだ」
「うん。僕がシンくんの拠り所になるから」
 例えまたシンが坂本への気持ちで落ち込むことがあっても、そんな響きを持っていた。
 南雲とならいつかこの生傷も、瘡蓋になって、塞がって、跡形もなくなる。そんな気がしてならなかった。そう遠くない未来に。
 南雲の『攫った』発言に激怒した坂本がひどく不機嫌そうにしていた。
 あははー、と笑う当の本人と、焦るシン。その瞳は涙のあとで充血していて赤い。てっきり南雲が泣かせたのだと勘違いした坂本は、旧友である彼へと詰め寄った。一般人が逃げ出すほどの迫力がある。
「おい、何した」
「ち、違うんです坂本さん! 全然こいつのせいじゃないんです! な、泣ける漫画読んじゃって」
 必死に嘘をつくシンの言葉を信用したのか、坂本の背負っていた空気は少々和らいだ。低くて優しい声がシンの体調を気遣う。
「そうか? ……なんともないんだな?」
 不器用なりの言葉。相変わらず笑ったままの南雲と、心配そうな坂本の顔を交互に見た後に、心から笑った。
 まだ心の片隅は痛いけれど、平気な気がした。
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片思いから成立するナグシン
初公開日: 2026年01月27日
最終更新日: 2026年01月27日
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コメント
サカデイ、ナグシン→坂
失恋からのハッピーエンド
初心者なので何か間違っていることがあったら申し訳ありません。
インキュバス南雲のナグシン
プロットです。まんまと食べられるシンくん。 最終的に甘々です。
ねこひにき
星の祝祭8 薄荷玉のエアスケブ(SS)テキストライブ
星の祝祭8 SSでお受けするエアスケブ実況中。SSページメーカー1、2ページ程度を即興で形にします。…
薄荷玉
穹ヴェル前提の虚ヴェ(寝取られ
💫と結婚してて人妻の👓おじちゃんがなんかよくわからん理由で🟨に手を出されて寝取られる話
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