世界一の恋人行動記録
朝の日差しが彼の家のキッチンにやさしく降り注ぐ。
私はキッチンを借りて、朝食を拵えていた。当の家主はまだベッドの中だ。
カフェで働いているからには、こうした作業にも手を抜きたくない。
湯煎した卵を手早く溶き、泡立て器で三角形を作るように立てる。こうすると、空気をしっかり含んでふわふわに仕上がる。
黄色からもったりとしたクリーム色に変わった生地に、パンケーキミックスをまんべんなく加える。泡立て器では混ぜにくいため、ゴムベラに持ち替え、中心から切るように混ぜ込む。
混ぜた跡が風車の羽のようになればOKだ。
最後に、湯煎したバターとはちみつを少し垂らし、気泡を潰さないようさっくりと混ぜる。
ゴムベラから垂らした生地が跡を残して広がる。良い出来である。
フライパンを一度熱した後、濡れた布巾へ置いて粗熱を取る。その後、油を回しかけて馴染ませる。
この工程一つで、パンケーキは劇的に剥がれやすくなる。パティシエの知恵である。
再度温め直したフライパンに、出来立ての生地を流し込む。
真ん中から動かさず落とすと、あら不思議、きれいな真円になる。
中弱火でじっくり火を通すと、表面に気泡が現れ、どことなく甘い香りが漂う。
そろそろひっくり返そうかという頃、寝室からガサガサと音が聞こえた。
どうやら家主が起きたらしい。
私はフライ返しを探して棚を開ける。何度も訪れている家だけど、物の位置を覚えるのは少し苦手だ。
やっとの思いでフライ返しを見つけた瞬間、背後から素足でフローリングを踏む音が近づく。
「おはよ!陣平!」
「…おはよ、朝から元気だな」
着なれたスウェットに若干の無精髭、日差しを避けるかのように瞼はギリギリまで下がっている。
可愛い、可愛い私の彼氏だ。
本人は私のこの感想に気がついているのかいないのか、スウェットの下から手を差し入れ、お腹をバリバリと掻いていた。
「えへへ、陣平のお家にお邪魔してるんだもん!朝ごはんぐらい作りたいじゃん?」
「へぇ〜、それでアラーム10個もつけて、俺の睡眠妨害してまで起きてくれたんだぁ〜」
「うっ…それは…ごめんね?」
「…まあ良いけど」
「顔洗ってくる」と踵を返した陣平。ペタペタと足音を立てながら洗面所へ消えていった。
機嫌は…悪くなさそう、と少し安心した。陣平は意外と朝が弱い。お泊まりに行ったときは大体『もう少し寝かせろ』と言うのだが、今日は案外すんなり起きてきたので少し驚いた。
ジャーッと流れる水の音で意識が戻る。  
そうだ、パンケーキを終わらせないと。  
少し焦げたパンケーキをひっくり返す。完成したら、逆の面を上に盛ろうと心に誓った。
その後は、パンケーキを焼きつつ、おかずになりそうな物を温めて皿盛りにして食卓へ並べた。
その頃にはシャキリとした顔の陣平がスーツへ着替えてリビングに現れてた。バタバタとしていたから気が付かなかったが、陣平がコーヒーを淹れてくれていた。
『ありがとう』と少し驚きながら言ったら、イタズラが成功した子供の様な顔で『おう』と笑われた。
笑顔で食卓へ着き、2人揃っていただきます、と口にする。
高さがあるパンケーキはそれなりに美味しく、合わせて出した焼くだけのハンバーグや目玉焼き、サラダとも相性がいい。スープがあればよかったなぁ、とぼんやりと思いこの後買い物にでも出ようかと考えた。
陣平と言えば、数センチあるパンケーキに感心しつつ、楽しげにナイフを入れていたのが印象的だ。
「すげぇな、お前。これカフェで見るやつじゃん」
「うん、カフェ店員だからね」
『えへへ』と少し誇らしげに笑う。ワクワクとナイフを入れて、おかずと一緒に頬張る陣平はやはり可愛い。気がついたらものの10分程度で完食していた陣平に自分の皿から半分パンケーキを分ける。
「ん?いいのか?お前んだろ?」
「いいの〜。そんなに美味しそうに食べてくれるなら、ね」
「お前のメシなら幾らでも食えるわ」
なんと嬉しいことを言ってくれるのだろう。これはパティシエ名利に尽きる。
じーんと心があったまっていたら、『晩飯は生姜焼き食いてェ』と食事中なのにリクエストをもらった。
食い意地が張ってる彼氏が愛おしくて、一つ返事で了承した。
空になった食器は、出勤前の陣平が洗ってくれた。
『この後仕事なんだし』と食い下がったが、
『昨日無理させちまったのに、早起きしてくれた誰かさんのために』なんて言われたら、何も言い返せない。
若干火照る頬を無視して、私はメイクをして出かける準備を整えた。
時刻は8時。そろそろ陣平は家を出る時間だ。
ソファでテレビを流し見していた私の背中に、
『行ってくる〜』と声がかかった。
慌てて立ち上がり、玄関へ急ぐ。
「待って!」
「ん?っん!?」
振り返った陣平のネクタイを掴み、触れるだけのキスをする。
「これ一回やってみたかったんだよね!」
「…お前、覚えとけよ…」
奇襲作戦成功である。
若干の誇らしさでニッコニコの私とは打って変わって、悪役みたいな台詞を言う陣平は、空いた片手で顔を覆った。
「あとな」
「ん?」
「キスってこうやんだよ」
ドサッと荷物が落ちる音。
視界いっぱいに映る彼、触れる熱、濡れた感触。
瞳を覆うことさえ忘れるようなスローモーションの中、陣平に両頬を包まれ、深いキスをした。
かっと体が熱くなり、スーツの裾を必死で掴む。
呼吸を忘れ、ただひたすら『松田陣平』という海に溺れているみたいだった。
ジュッと唇を吸われ、顔が離れる。状況を理解するのに、数秒かかった。
みるみる顔が熱くなる。
「…は、は!破廉恥!!」
「はは、仕返し成功!」
「バカ!気をつけて早く行け!」
「おう、行ってきます」
『行ってらっしゃい!』とやけくそに言い放ったが、
陣平の優しげな眼差しは、閉まりつつある扉の奥からしっかりと見えた。
その余裕ぷりに、再び顔が熱くなる。
「…とにかく、買い物行こ…」
火照った顔は無視して、買い物のために食材を確認する。  
冷蔵庫を開けると、冷風で幾分か火照りが治まった気がした。
『生姜焼き…生姜焼き…』と晩ご飯の材料を見繕いながら漁る。使えそうかものと言えば野菜室にゴロりと転がった玉ねぎぐらいなものだった。男性の一人暮らしと言うのはこういうものなのだろうか。勝手知ったる陣平宅ではあるものの、毎日食事をしているのか確認しているわけではない。身体が資本、と耳タコのように聞かされている言葉は気付いたら私にも根付いていたようで、かなり淋しい冷蔵庫の中に小さくため息が出た。元々ものが少ないのではなく、張り切って朝食を作りすぎただけだと思いたい。
「今日は大量買いかなぁ〜」
冷蔵庫を閉じて両手を組み背を伸ばした。パキりと背中が鳴る。
さっきまで組んでいた量手が数時間後には大きなビニール袋を下げていると考えると気が重い。でも、めんどくさがっちゃダメだよね。気合を入れ、玄関の方を見やる。
陣平が帰ってきても笑えるように、安心できるように、私は私のできることをしよう。
誰かの安心と笑顔のために戦う陣平は強い。正直、彼のように見てわかるような筋肉や、ずば抜けた観察眼など私は持ち合わせていない。でも、フィールドは違うが誰かの笑顔のためになりたいと思って私は飲食の道に進んだんだ。何もかも違うけど志は似たものを勝手に感じている。
今日は一人の笑顔のために。大好きな陣平の為。
私は鞄を手に取り、玄関へ向かう。
少し時間差はあれど、陣平の様に靴を履きしゃんと立ってみせた。
「いってきます!」
その瞬間、空気がほころんだ気がした。朝日がレースカーテンから少し抜けて、チリがキラキラと光を反射する。その中に柔らかな笑顔を携えた彼がいたきがして。『おう!行ってこい』なんて聞こえなかったけど、きっと彼なら。そう思って私は、秋晴れの清々しい米花町へと繰り出した
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【気合で】松田の夢小説かくお☻【読んでくれ】
初公開日: 2025年11月28日
最終更新日: 2025年11月28日
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コメント
松田と🌸の夢小説書きます。
気合で読んで下さい。
完成したら支部にあげます
この手の生放送ほとんど経験がないので
お手柔らかに👐
コメント、閲覧ご自由に✌
むしろ構ってほしい
ついったーらんど→@island_0913
支部→https://www.pixiv.net/users/10269255