仕事中、スマホは身につけている。
職業柄、お客様への髪型提案に使うのが主な理由。
ヒアリングして、お客様の髪の毛を見て、一番お客様が笑顔で帰れるようにする着地点を探すためには、SNSも使う方が早い時代になった。
SNSを直接検索するときもあれば、あらかじめトレンドの髪型を保存しておいて、そこから提案することもある。
そんな、仕事道具の一部ともいえるスマホの通知を仕事中はオフにしている。
何もやましい通知が来る不安があるとかじゃない。
でも、僕からしたら『たくさん来るお客様の中の一人』でも、お客様にとっては二カ月、半年、一年に一度の時間。それに、僕が仕上げたスタイルでまた長い時間を過ごす。
そんな大切な髪型を決める時間に、画面を眺めている最中に余計なノイズが入るなんて失礼だ。
他の人は分からないけど、僕はそう思ってる。
……そのせいで、颯太くんが拗ねるとしても、だ。
「これって、僕が悪いと思う?」
久しぶりに会った兄の達也に一通り説明してから、聞いてみた。
僕の働く美容院に併設するカフェに、窓際のカウンター席に横並びで座って、達也の方を向きながら聞いた。
でも達也は、いつも通りの暗い表情で真っ直ぐと景色を見ながら、大きなため息をついた。
達也もこの美容院に通ってくれる一人だけど「裕也には切られたくない」なんて冷たいことを言うし、何ならできるだけ僕が休みの日に来る。まぁ、昔からそういう兄だけど。
「……そんな話を聞くのが、たったのコーヒー一杯?」
「え、僕の話そんなに重たい?」
「馬鹿、そっちじゃなく……あー、……裕也は裕也で話が面倒なんだった……」
そう言うと、達也はまだ熱いはずのブラックコーヒーを一気に飲み干して席を立ち上がる。
「え、ちょっと! 達也にぃ」
慌てて店の外へ向かおうとする達也を呼び止めると、思い切り眉間に皺を寄せた怖い顔がこっちを見た。
「その呼び方はほんと卒業しろ年齢考えろ。で、そんな甘ったるい話は二度と俺にするな」
そう言って、早足で達也にぃ……達也は出てってしまった。
いつぶりか分からない、俺が出勤の日に店に来てくれたから何とか少しだけ話せる時間を作ったっていうのに。
相談がある、って言ったときは聞いてくれる顔してたのに。コーヒー代も出すって言って真剣そうだったのに。何が悪かったんだろう?
さっきの達也よりは軽いため息が無意識に出て、余った時間で一人で考えるしかないのか……とスマホを開く。
画面上部にぴろんと出ないだけで、通知欄を開けばずらりと出てくる。
主に、颯太くん。
忙しいはずなのに、颯太くんはこまめに僕に連絡をくれる。でも、営業時間中に僕が返せることは少ない。まとまった休憩時間が取れるか取れないかは、お客様の予約次第だ。
有難いことに僕の予約は結構埋まる、だからほんの一口何か食べるとか、飲み物飲むとか、そういうので繋いで夜まで。それが日常だ。
辛いと思うときがないと言えばうそになるけど、なりたかった仕事をできていて、僕の技術で喜んでくれるお客様たちが多いことの嬉しさの方が大きい。だから、気にならない。
そのことも、颯太くんは分かってくれてる。けど、よく鈍感だとか言われる僕でも分かるぐらい、たまにだけど颯太くんが拗ねることがある。
まさに、ちょうど今。
もうすぐ夕暮れになる時間帯、いつもなら何十件と届いてるメッセージが今日は二件しかない。
朝の「おはようございます! 裕也さん!」とお昼過ぎの「今からご飯です」の二件しかない。
どっちも、まだ既読も付けられてないんだけども。
「うーん……」
テーブルに置いたままのリンゴジュースをストローで啜りながら、颯太くんとのトーク画面を開く。
なんて返したら、いいのかな。
たくさん来てるときは「今日もたくさんありがとね、颯太くんがどう頑張ってるかすっごく伝わってくるよ~お疲れ様!」とか、かな? って、考えやすいんだけど……。
うーん。一人で悩んでも、解決できる自信がない。達也は聞いてくれないし、仕事仲間も相談しづらいし。そうしよう。
たぷたぷと、メッセージを打ち込む。僕たちのスケジュールは共有されているから、間違いないはずだ。
「斎藤さーん」
「はい! 行きます!」
送信を押すと同時に呼ばれて、慌ててスマホをポケットに閉まった。