コミュニティは生活の場からいつしか宗教団体となり、「クーラント」を名乗るようになる。
 ここに集った人々にとって、クーラントの教祖であるこのローブの人物は、外界の地獄の熱気を退ける冷風を与えてくれる指導者であり、そして今や誰も扱うことができない旧世界の機械を扱うことができる神にも等しい存在なのだ。
 壁に設置された無数のエアコンから伸びたホースの下に、教祖と同じく白いローブに身を包んだ上級信者たちが歩いてきて整然と並んだ。それに合わせて、集まった群衆も同じように、手に手にそれぞれの容器を持って黙々と列を形成する。
 上級信者たちがホースの先に設置されたスイッチを操作すると、群衆たちから簡単の声が上がった。ホースの先から流れ出てくるのは、群衆が――否、今この枯れきった日本の地で暮らすものなら誰もが求めてやまないもの、水だ。
 1日に1回、こうして信者に水を分け与える。これこそがクーラントの教祖にしかできない、クーラントの教祖が神と崇められる所以なのだ。
 整然と並んだ群衆は手にした容器にその水を受け取り、喉を潤す。クーラントの教祖はこうして死の大地でかろうじて生存している群衆の命を繋いでいるのだ。
 群衆全員に水が行き渡ったのを確認して、教祖は再び壁の向こうに姿を消す。その後ろ姿に、群衆からは絶えずクーラントの名を称える声が唱和し続けている。――ただ一人を除いては。
 まだ幼さが残るその顔立ちには、疲弊の色がくっきりと濃い。彼の面差しをさらに暗くしているのは、その裡に抱え込み続けている憎しみだった。激しく燃え盛る憎しみではなく、じっとりと染み付いた憎しみ。
 手にした容器に満たされた水に喜ぶ群衆は、誰一人として彼の表情に気づかない。誰にも気づかれないまま、少年はひとり群衆の中から離れて居住区画の離れへと向かう。そしてだれも見ていないことを確認すると――手にした容器に満たされた水を捨てた。
 見ていたものがいたら悲鳴すら上げているだろう少年の行為を見咎めるものはいない。クーラントに所属しているだれもが、水を捨てるなどという行為を行う者がいるなどとは夢にも思わないだろう。
 乾ききった地面に染み込んでいく水を、容器の縁から垂れる雫を凝視している少年は、自分の喉がゴクリと鳴るのを抑えられない。しかし、この水を口にするわけには行かない。
 なぜならこの水は――両親を殺したからだ。
 地面の染みが消えるまでのわずかな時間、少年の脳裏には父の、母の死に顔がなんどもフラッシュバックする。死ぬまでの数日間、記憶に残っているのは父と母の苦しげな息と繰り返される咳だけ。死ぬ間際に言葉をかわすことすらできなかった。
 
カット
Latest / 41:07
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
紅楼夢表紙お礼SSを書いていきます。
初公開日: 2025年11月06日
最終更新日: 2025年11月07日
ブックマーク
スキ!
コメント
紅楼夢お礼SSを書いていきます。