豊前江は明日、笹貫に夕暮れの海で愛の告白をする。
 そのためにはまず海に誘わなければならない。豊前は朝からソワソワしていた。何なら昨日の朝からソワソワしていた。昨日の時点で本当は今日海に行くつもりだった。二人きりになるチャンスならいくらでもあるのに、今ここで告白をするわけでもないのに、ご飯を食べ終えた後、風呂の後、ちょっと声をかけて連れ出すということすらできかね、今豊前は布団の中で眠れない夜を過ごしている。つまりもう明日笹貫と海へ行くことはかなわない。だって誘えてすらいないから。
 これだけだらだらと先延ばししておきながら、延期のスパンが一日おきであるのは、時期をずらしてシフト制で取得している夏季休暇が残り少ないからだ。豊前の理想は初日に行って残りを恋人として過ごす。現実は思った通りにいかなかった場合のことが頭に浮かんで、結局笹貫と友達として楽しく過ごす目先の休暇に口をつぐんだまま。
 明日こそ誘うか。でも数日言えていない奴の明日こそは信用ならない。せめてどのタイミングで、何て言って誘うのかイメージトレーニングでもと目を瞑ったものの、瞼の裏で笹貫を呼び止めて人気のないところに連れ出すところを想像するとやはり心拍が上がり、いてもたってもいられなくなる。他の友人たちを交えているとはいえ、いつも二人でいるのにわざわざ二人きりになろうと言い出す時点で何か特別なお誘いがありますと告げているようなものだ。
 豊前は布団をぎゅっと握りしめ、一度は左を向いて片腕で目元を覆い、今度は右を向いてその腕を横に投げ出した。傍から見れば悪夢に魘されているかのような様相だ。ぼすっ、と隣で寝ている小竜の布団が凹み、少しだけ触れた小竜の腕が少し跳ねた。起こしたかと肝を冷やしたが、小竜は少し顔をしかめ、目を瞑ったまま当たった方の腕を引っ込めた。ひとまず起こさずに済んだらしく安堵の息を漏らすも、眠気が訪れる気配は一向にない。
「寝れね~~……」
 発声しているかしていないかギリギリの吐息を漏らし、枕元のスマートフォンを手に取る。眩しい白い光に目を細めながら確認したデジタル時計は、午後11時と少し。光でより目が冴えた豊前はのそりと体を起こした。
――少し歩くか。
 部屋の隅では寝巻姿の獅子王たち何人かが何事か固まって談笑している。どのみち明日の予定はなくなってただの休みになっているのだし、少しくらい夜を更かしても何ら障りはないのである。豊前は大部屋から縁側廊下に出て、どこへともなく歩き始めた。台所へ行けば毎日誰かしらは晩酌か夜食を広げているから、軽く顔を出すだけ出してみても気分転換にいいかもしれない。そう考えて内廊下に続く障子戸を開けようとしたところ、向こう側にも人がいたらしく自動で開いた。
「オッ、豊前だ」
「おァ……」
 自動障子戸の向こうから現れたのは笹貫だった。笹貫は先ほどまでの豊前の葛藤・煩悶などいざ知らず、心なしか嬉しそうにニコッと笑った。出合い頭に胸を撃ち抜かれた豊前は変な声を出すことしかできずにぎこちなく手を挙げて応じる。日中は何ともないような面で接することができるのだが、さっきまで笹貫とどうこうなりたいことばかり考えていたので何の準備もなく本物が現れて取り繕えなかったのである。
「え~寝たのかと思ってた」
「寝るつもりだったけどよー、眠れなくて」
「えどしたの?……悩んでた?話きこっか??ハハ」
 笹貫は後ろがつっかえてないか一瞬確認してから戸を閉め、ニヤニヤしながら豊前の腕を掴んだ。冗談のつもりだろうがやめろ、ボディタッチがいちいち効く。豊前は体を硬直させ、照れ隠しに身を引くのを必死でこらえた。心臓に悪いのと笹貫になるべくたくさん触られたい気持ちは別に両立するのだ。
「ささは……なんかテンション高ぇか?飲んでる?」
「ああそうそう、台所で姫と八ッチョンとチロチロ飲んでた。おトイレ行こうかなって」
「八ッチョン(笑)」
「可愛いからオレらも言いたいじゃん、やめてぇ~つってたけど」
「言いやすいよな八ッチョン」
 豊前は元々入ろうとしていた方を離れ、笹貫に合わせて縁側廊下を進み始めた。誰かと出くわして軽く話でもできればという気はあったが、まさか大本命を引くとはついているんだか、いないんだか。
 いや、ついてるといえばついているのだ。笹貫は豊前にとって話したい誰かの中でいつでも一番なのだから。何なら豊前も姫鶴一文字や八丁念仏のようにあだ名で呼ばれたい。仲間内では一番親しくしている自信はあるが、それで飽き足りていたら告白しようと意気込んだりはしない。これ、このまま笹貫がトイレに行くまでついていったら変だと思われるんだろうか。でもせっかく寝る前に会えたし離れたくねーという気がある。
「で、寝れそう?」
 このまま笹貫がトイレに向かっているのか、それとも豊前に合わせて少し一緒に歩こうとしているのかそわそわしていると、笹貫の方から聞いてくる。
「いんや。ぜーんぜん」
「じゃあ……散歩でもしよっか。今日ちょっと空明るいし」
 笹貫が軽く上を指差すのにつられて上を見ると、確かに今晩は空に雲一つなく、丸い月の明りが一つも遮られることなく庭を照らしている。二階の明りの付いた部屋ではまだ夜を更かしている連中が盛り上がっている笑い声がどっ、と響いている。
「盛り上がってますねえ」
 笹貫がにやっとした。それから縁側の淵まで寄っては地面を覗き込む。
「お、あったあった」
 靴脱石には大小さまざまな誰かの、もしくは共用のサンダルがいくつか揃っていた。隣にある本丸から飲みに来ている誰かのかもしれなかったし、外を移動してここから入った誰かのものかもしれなかったが、二人はその中から適当に物色しはじめる。隣の本丸のものだったとしても、この時間にあるならどうせお泊りだ。
「あ、これ履けそうかも。ラッキー」
「拝借ゥ」
「はいしゃーく」
 サイズが合いそうなのを見繕って庭に出る。いけると思ったが豊前が履いたのは少し……5センチほど踵がはみ出すくらい小さかったが、履き心地を試すように下を向いて歩き始めた笹貫の後に続いた。
「あのな。言ってい?俺のぜんぜんちっせぇ」
「ウワ、ほんとだwwwもっと精査しなってwww」
 つま先に重心を傾けてチョンチョンと歩く豊前を見て笹貫が腹を抱えた。俯いたまましばらく背中を小刻みに振るわせる。
「そこまで?」
 無言で頷いた後、「ヒィ~~」と声を漏らし、涙をぬぐいながら体を起こした。
「そんな無理に小ちゃい靴で頑張んなくてもいいじゃんか……ハァ笑った」
「幅広めだからいけると思ったんだよ」
「いいからとっかえて来なって」
 いまだニヤニヤする口元を手で押さえながら笹貫が靴脱石を指差すので、素直にもう少し大きめのものを選び直してくる。今度こそ足がはみ出さないのを確認しながら、「そういやささトイレいいんか?」と聞く。
「ん?引っ込んだ」
「そんなことあるか?」
「まあまあ」
 釈然としない顔をする豊前を軽く流し、今度こそ笹貫が庭の方へ歩き出したので、小走りで隣に並ぶ。せっかく二人で歩くんだから隣がいい。急いで寄ったはずみで手の甲が笹貫の手の甲にコツンと当たった。わりい、と言おうとしたが、痛いほど強く当たったわけではないから謝るほどではないかと思い直す。というか、無意識に口をきゅっと引き結んだせいでそこから言葉を発することができなかった。触れた瞬間「うわうわうわ」と気持ちが盛り上がってしまったからだ。
 もののついでに手、繋いでみてぇ~。
 明日海に行こうが出てこない豊前には、手が触れた拍子に、どさくさ紛れにつないでしまえるほどの胆力がない。意識が笹貫と触れた側の甲に集中しているうち、二人は大浴場の裏にある池にたどり着いた。
 池の周りの雑草は綺麗に刈られ、裸足にサンダルでも歩くに困らない程度に整備されている。池にかかる石橋を渡ると、足元の水面が動く気配がした。ところどころ設置された灯篭によって照らされてはいるが、水中にいるであろう鯉の影は見えづらい。中ほどまで来たころ、笹貫がしゃがんで黒々と光る水面を覗き込んだ。倣って豊前も隣にしゃがむ。
「知ってる?ここの鯉、勝手に増えたり減ったりしてんだってさ」
 徐に指先を水に浸けて遊びながら言うので、一瞬ロマンティックなジンクスでも語られているかのような錯覚をする。が、すぐに気が付いて「怪談じゃん……」と呟いた。怪異の出ない場所がほぼほぼ存在しないようなこの本丸では、顕現後半年もすれば皆ある程度の耐性を手に入れる。ただしそれも「本丸にお化けが出る」ことに対する慣れであり、怖い思いを良しとできる刀はそういない。数いる男士の中には幽霊を恫喝したり悪即斬と積極的に攻勢に出る者もいるが(筆頭が明石国行だが明石は基本的に生きている刀相手にもだいたいそんな感じである)、たいがいは豊前のように嫌なものは嫌とちゃんと毎度怖がっている。
 本丸の池の石橋の上で、薄明りに照らされた水面を二人で覗き込んでいるこのシチュエーションははたから見ればそれなりにエモいはずなのだが、暗闇の水場で怪談話を聞いてしまっては正直それどころではない。たまに聞こえる水音は水面近くを泳ぐ鯉が立てているのだろうが、底からぬっと人の顔なんて浮かび上がったらどうしよう……。
「あのさあ」
「ヘェア!」
 そわそわと池の中の鯉の影を探していた時突然笹貫が口を開いたので隣を向くと、鼻先がくっつくほどの距離に笹貫の顔があったので何重もの驚きでひっくり返りそうになる。声はひっくり返った。咄嗟に後ろに手をついたが、もう少し勢いよく仰け反っていたら豊前は後ろ向きに池に飛び込んでいただろう。
「あえ、ビックリさせちゃったな。ハハおもしれ~顔」
 水から手を抜いた笹貫が下に向かって手を振ってから、そっと豊前のTシャツになすりつける。
「オイ手ェ拭くなwwwwwwww」
「アハハ!」
 掴まれたTシャツを引っ張り返すと、また肩を揺すって笑った。目を細めたその顔を毎回飽き足らずに好きだと思う。豊前が今笹貫と結ばれていたなら、遠慮も恥も外聞もなくポケットのスマートフォンに撮り収められるのに、そうではないから、ただいいな、と思って終わり続けている。あと、なんだ、これが恋人なら、ちょっといいなと思ったこのタイミングでキスとかできんのかな。
「あのさあ、で何?」
「おお、そうそう、豊前まえにさ、この池に飛び込んだことあったじゃん。冬。裸で。結局なんでそうなったのか聞いてないなと思って」
「ああ~」
 豊前は曖昧な相槌で濁した。
 笹貫の言った通り、豊前は昨年の冬、裸のまま脱衣所から大浴場を通り、窓から走り出て、そのまままっすぐにあるこの池にダイブしたことがある。足は表面に張った氷を踏み抜き、勢いよく顔から水の中に倒れ込み、きちんと頭まで浸かってから、あまりの冷たさに体を縮こまらせたまま身動きも声も出せずにいたところを、隣の本丸に(お遊びで回している)回覧板を持っていった帰りの小竜が通りかかって助け出してくれた。もちろんしこたま怒られた。いつも穏やかな小竜が信じられないと目を剥いて「馬鹿じゃないの!?馬鹿……じゃないの……!?」と言いながらガシガシと頭と体を拭いてくれ、一応その場では「酔っていたからそうなった」ことにしてこの件は仲間内どころか本丸じゅうでネタにされ続けた。翌日高熱を出した豊前の枕元でその話を聞いた笹貫は、腹痛に喘ぐ病人よろしく腹を押さえて畳に倒れ込み、痙攣のようにぶるぶる震えてしばらく動かなかった。
 池に飛び込んだ時正気でなかったことには間違いないのだが、その時豊前は素面だった。素面で、風呂上がり、脱衣所で、笹貫に、「豊前ってさ……もしかしてオレのこと好きなの?」とド直球に切り込まれてフリーズしてしまい、「そっ……んなんじゃねえよ!」と言ってしまった。豊前は既にその頃には笹貫のことが大好きだったが、その気持ちはもうしばらく温めて置くつもりだったから、「まだ今じゃない」が強すぎたのである。(その頃にはもう笹貫には夏の夕暮れの海で告白したいと考えていて、小竜に「ささは連隊戦生まれだろ?顕現日近くに夕方の海で海を眺めながら告白したいんだよな」と打ち明けて「へえ……結構キショいな……」と言われたことがある。)それで、チャンスを逃し、あまつさえ声を荒げて否定してしまった悔しさで頭に血が上り、裸で大声を出して駆け回りたい気分になり、はずみで外まで飛び出し、ノリと勢いでそのまま池まで突っ走っていった。
 とてもじゃないが言えない。
「酔ってたから……」
「エ~酒なんて飲んでたか~?」
 あの時の言い訳をあの時と同じようにささやかな声で絞り出したが、笹貫は片眉を上げ、肩を豊前の肩に軽くぶつけるようにした。それ以上の追及はなかったが、この調子で今晩は眠れるのだろうか、と豊前は今さら心配になった。
 笹貫にはいつもかき乱されてばかりだ。笹貫といると、豊前は地面から5センチくらい浮足立ち、落ち着いてものを考えられなくなる。そんなフワフワしたところにこんな仕打ちを受けては、今すぐ好きと言ってしまわないだけでも御の字なくらいだ。
 豊前だって、「ささってもしかして、俺のコト好きなの?」と言いたい。ウン万回は思っているが、ただの希望的観測だったら恥ずかしいから、同じだけ打ち消してきた。でも、向こうから「自分のことが好きなのではないか」と言われているのだ。
 さっき、笹貫はトイレに行くつもりで席を外してきたと言った。それで、豊前と合流した途端引っ込んだと言い出した。そもそもトイレに立ったというのが嘘で、豊前のことを探しに来たのではないか、と訝るのはうぬぼれだろうか。豊前が笹貫に向けている気持ちが一方通行ではないかもしれない、と思わせるような事柄が、気のせいだと言い聞かせるにはあまりにも多く、凝りもせずもしかして、あるいは、あわよくば、と思ってしまう。
 それでも、笹貫があれきり何も言ってこない以上、確かなことなど何もないのだ。豊前が舞い上がって、フィルターをかけて見ているだけかもしれない。豊前にとって蠱惑的に映るだけで、笹貫にとってはただの親しい友人に向ける振る舞いでしかないのかもしれない。笹貫は豊前に気安く触れてくれるし、豊前が笑ってほしいと思って言うこと、為すこと、全部に笑ってくれる。でも笹貫は出会った頃から空気読みだから、豊前のノリに合わせてくれているだけかもしれない。
 それとも、ホントに俺といて楽しくて笑ってくれるの? 腕が触れるくらいくっついているのは、友達との距離として普通のこと?
 八丁の兄貴とは何を話してたんだろう。八丁は「直接同じとこいたとかじゃないっぽいよ」と言っていたが、どれくらい仲がいいんだろう。これって聞いていいやつ? それとも、藪蛇?
「豊前、豊前、オレそろそろ穴開くわ」
 気が付けば笹貫の方を向いたまましばらく固まっていたらしい。確かに、視界に笹貫がいるということは、この間笹貫をじっと見つめ続けていたことになる。まさしく物思いに耽っていたためどのくらいそうしていたかわからないが、仮に一分ほどだったとしても充分不審な間だった。笹貫がしゃがんでいるのに疲れたのか石の上であぐらをかき、「なに?なんか言いたいことある?」と豊前に向き直った。恥ずかしくなって、池の方を見下ろし、豊前も同じように尻を石にくっつけた。
「いや……俺、なんかまだささのことよくわかってねーのかもって思ってた、今」
「そお?」
 笹貫は意外そうに瞬きを一つしてから、
「何でも言ってるつもりだけどなァ~、豊前には……」
と零した。
 豊前には何でも話している……。ちょっと嬉しかった言葉を一人で反芻していると、チョンチョンと腕をつつかれ、
「じゃあゲームしようか。オレが豊前の好きなもの当てるから、豊前もオレの好きなもの当ててよ」と言った。
 オレ結構自信があるよ。とも。
「かき氷はブルーハワイ」
「当たり。ささはレモン好きだろ」
「当たりー。じゃあ次なんだろ、おにぎり」
「昆布。ごま入ってるやつ」
「そうwww好きwwww豊前はからあげとマヨ入ってるやつ好きでしょ」
「マニアックなとこいったな」
「弁当のおにぎりで前喜んで暴れてただろ」
「あれは……七味も混ざっててよ……」
「おにぎりの具でイモムシみたいなダンスする豊前おもろかった」
「アザス」
 これ、思ったより盛り上がるな。「おにぎり!唐揚げ!マヨ唐!って言いながら床のたうち回ってて……ッ」と一人で振り返りながら途中で耐えられなくなって口元を手で覆った笹貫を見て、豊前はニヤニヤと悦に入っていた。笹貫が「好物当てあいっこしよ♡」などと言い出した時は正直、打刀と太刀の組み合わせが遊ぶにはいささかファンシーすぎるのでは、という気恥ずかしさがあったのだが、いくつかやりとりするうちに気にならなくなった。
 空気読みがどうとか、豊前への好意の有無だとか、そういった小難しい分野でさえなければ、豊前が笹貫の好物について間違えるわけがないのだ。好きな食事の献立、自動販売機で見つけたら必ず買う飲み物、本丸に置いてある漫画のお気に入りの巻、よく見ている登録チャンネルの特に好きな回。
 全部知ってる。だから本当のところ、豊前が笹貫についてまだ知らなくて、知りたいと思っていることは、たった一つだけなのだ。今ならそれを知る絶好の機会だという自覚もある。
「あと、なんだろ。好きなもの、好きなものね」
 いつの間にか復活した笹貫が続きをしようと口の中で何度か唱える。それから少し黙った。何の間かと不思議に思った豊前がそちらを見ると、笹貫も豊前を見ていて、目が合うと、待っていたかのようにきゅっと目を細めた。豊前の体の真ん中に狙いを定めた、綺麗な微笑みだった。
「オレ……とか?」
 あ。
 これ以上はもう宙に浮かせておけない問題になっているのだと思った。豊前にとってだけではなく、笹貫にも。真顔になった豊前の反応を少し待ってから、笹貫が再び、口を開いた。
「オレはさあ、豊前のこと」
「待って。タンマ。ささ、あのさ」
 すぐ近くにある手首を掴んで制止し、畳みかけて続きを遮った。笹貫には大変申し訳ないのだが、どうせなら、お前のために、勇気を出して、ここから連れ出してから言いたいんだ。
「あのさ……明日、俺と海行ってくんね?一生のお願い」
 笹貫の瞳が一度見開かれ、口を開き、また閉じて、
「それ、二人で?」と絞り出される。
「そう、俺とささで」
「ふーん……」
 真顔で大きく頷いた豊前の返事を聞き、笹貫は口をちょっとすぼめるようにした。しかし目元は緩んでいる。ニヤニヤするのを抑えている時の顔だ。
「いいよ。行ったげる。楽しみですねえ」
「おお……死ぬまで忘れらんねえ夏にしてやるわ」
 殺傷力の高い言葉選びのわりに声が尻すぼみになり、緊張のあまり握りしめたままだった笹貫の手首を丁重に膝にお返しした。対照的に笹貫は満足そうに笑った。笹貫の決心らしき言葉を遮って我儘を通した以上、明日は並みの告白では許されないだろう。
 トイレに行くと言って飲みの席を立った友人がいつまで経っても戻って来ず、眠くなって寝たか別の飲みに捕まったか、戻ってくる見込みが薄く、こちらもお開きにしようかという空気になっていた時。グラスや空いた缶をそれぞれテーブル、シンクで撤収作業をしていたところに、
「あ、もう寝ちゃうかんじ?」
 暖簾の向こうからふらっと行方不明者が戻ってきた。数十分友人二人をそっちのけにしていた男のあっけらかんとした帰還に、食器洗いをしていた姫鶴は肩越しに視線だけで振り返ったが、テーブルのゴミをかき集めていた八丁が先に反応したので何も言わなかった。
「トイレさすがに長くない?もう戻ってこないかもって思って」
「やーごめんよ。大より重要なことがあって……。あの~、聞いてほしい~」
 おそらく長すぎる便所のわけを伏せるか話すか迷った間を空けた挙句、結局歯切れ悪く引き伸ばした繋ぎの言葉で切り出す。意を決して打ち明けるような内容らしい。
「八ッチョンオレ、大勝利したかもしんない」
「八ッチョン呼びハズいって」
「いいから。続けて」
 話の流れが逸れる前に八丁を制止する姫鶴の相槌が挟まる。水気を拭いていない食器がまだあるのだが、背中で聞いていい話題ではない気がして。
「海誘われた。二人きりで。豊前に」
「オ、」
「確定完全勝利Sじゃん!?」
「ワァ~~~」
 突然沸いてきた友人の大舞台に、思わず乙女のように指先を揃えて口元を覆った八丁より瞬発的にリアクションが出る。笹貫が豊前とどうなりたいのか知っている姫鶴と八丁にとって、それは待ち望んだ結末がもうすぐ見られる前触れに思えた。特に本人たちがそれぞれ覚悟を決めないうちはと見守っていられるような八丁と、やきもきしてしまう姫鶴とではたちが違う。姫鶴はこれまで出しゃばった口を挟まず、小竜や八丁と足並みを揃えてじっと待っていた自分をほめてやりたいくらいであった。
 どおりで暖簾くぐってきた瞬間から機嫌が良さそうだと思った。トイレに立つ時スマホを覗いていたから、豊前に連絡を入れてこちらに誘い入れるか迷っていたのかもしれない。あの「ちょ、っとトイレ行ってこよかな~」と落ち着かない様子で出て行った後からここまでの経緯を今すぐ詰めようと口を開きかけ、やめた。
「なんて言、いや、いい。寝ろ」
 笹貫がトイレに行き、もとい豊前と合流し、あの腰抜けがどうやって今日の明日笹貫を海に誘い出すことになったのか本当は気になって仕方がなかったが、今日の明日なのだ。というかほぼ今日だ。姫鶴は笹貫の肩を掴んでターンさせた。
「もう早く寝な。後でちゃんと聞くから。寝な早く」
「そうすっかな。おやすみー」
 笹貫は後でちゃんとに込められた意気も、本人より明日への心配をしている二人の圧も全く気にならない様子でアッサリ頷いた。たぶんちょっとふわふわしている。明日確定完全勝利Sを収める男なのだから本人はそれくらいでいいのだ。
 暗い廊下にフワフワ消えて行った背中を見送り、姫鶴は同じ方向を向いている八丁の腕をはたいた。
「明日どこの海に行くつもりなのか豊前から聞き出そ」
「行くのッ?いいのかな?」
「後をつけるよ。ここまで来たら生で見たいでしょ。二階席くらいの距離でいいから」
「それなんにも聞こえないと思うよ」
 緊張からの弛緩、さらにこれはとんでもないことになってしまった(とはいえ元々はそう計画をしていたはずのことではある)という興奮が腹の底から湧いてきて、豊前は池から笹貫と解散してどのように大部屋まで戻ってきたのか定かではない。気が付けば大股で部屋に入り、障子を閉めるのも忘れまっすぐ小竜が潜っている布団の塊を無遠慮にばしばし叩いた。
「小竜小竜小竜小竜」
「んな、何、なに、ねむ……」
「俺明日ささと海行くわ」
「目ぇ覚めた」
 布団で横になっても眠れず起き出して外をウロウロしてきた豊前と違い、ずっと眠っていた小竜は辛うじて目を開けてもちょっとすればすぐに眠ってしまいそうだったので、手短に目覚まし代わりの言葉を差し込んだ。みるみるうちに目が見開かれ、さらには被っていた布団を腕と足で弾き飛ばして体を起こしたので、効果はてきめんだったようだ。思い切り息を吸ってから、まだ固まって雑談していた獅子王たちが驚いてこちらを見ているのに気づき、
「ホントに……?誘えたの?いつの間に?」と声を抑えた。
「ちょっといろいろあって……マジでいろいろあって、今さっき」
 小竜は豊前の返答を聞くや否やちらっと横目で部屋の時計を確認した。が、暗くて一瞬で確認できなかったのか自分のスマホを取り出す。時間を確認する一瞬を起き、即座に豊前の肩をそこそこの力で叩いた。最早寝技とか投げ技のように肩を掴んで押し倒され、雑に布団を被せられる。
「もう今日だろ!?早く寝なさいって俺に報告してる場合じゃないだろ!おやすみ!」
 結局小竜が声を荒げたせいで部屋の全注目を集めていたのが一瞬見えたが、言われるままに目を閉じる。今すぐ言うとおりにしないと更に強制的な方法で眠りに就かせられそうな圧を感じて。とはいえ、眠れなくなる要素しかない。眠れなくなる要素しかなかったが、無事に誘えた安心感がそうさせたのか、そこから豊前の意識は朝まで飛ぶ。
 対して、小竜の夜は朝まで続いた。
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銀猫
冒頭はコピペしました
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ちっちゃいッが入んのか~入力しづらいなはっちょん
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今日は終わり
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今日のBGMはTOOBOE
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今日は終わりー
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お腹空いたのでいったん中断しようかな
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今日はもう一度くらい現れて書きたいものですわね
256:23
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あれ?またダブってるとこあるな
276:59
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この深夜にポテチを開けたくなっています
284:35
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好きなもの当て合いっこクイズ全然思い浮かばないのでうちのジェミニに挙げてもらおう
360:48
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これページを離れるたびになんか増殖する……?仕様なんか?
383:36
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なんかすっごいいいところのような気がするんですけど明日から仕事ですし、やめますかーー
520:07
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終わった~!!!!!たぶんまた直したりはしますがここではひとまず完成ということにします!あざっした
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【豊前×笹貫】決戦前夜のオムファタル
初公開日: 2025年11月03日
最終更新日: 2026年01月12日
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コメント
チェンソーマンレゼ編の予告でレゼちゃん初見だったわたしは、彼女の微笑みが自分の脳内でイメージされるささの笑い方に雰囲気が似てるという妄想に取り憑かれてしまった。
豊前は夕方の海で笹貫に告白することを決意するが、誘うだけでドキドキしちゃってなかなか言い出せずにいた。言おう言おうとして夜を迎え、寝ようにも寝れずにいたとき笹貫に夜の散歩に誘われる話。
何がし法に触れそうな男笹貫にザラメが溶けてゲロ吐きそうになる豊前が書きたくなった(目標。あとデンレゼに則り夜の水辺でイチャイチャさせたい(目標
VD肥前×乱冒頭書き始める
バレンタインに女児ケーキを作る肥前くんと言い出しっぺの乱。激遅筆なので下手すると来年のバレンタインに…
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鶯丸と大包平でCoCシナリオ「終わりなき病の処方箋」リプレイ
USB様作CoCシナリオ「終わりなき病の処方箋」リプレイ小説です。途中までをコピペし、途中から書いて…
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