上下巻合わせて31回やってきたこのペンギンSFアンソロジー感想も、いよいよフィナーレ!
残り3作、一気に終わらせてしまいましょう!
・ファーストペンギン(TYPE33氏)
街の中心に据えられた誰もその正体を知らないペンギン像を中心として、考古学的見地からペンギンというテーマに切り込んだ作品。
本作から感じるペンギンイメージは「古代の謎」。
主人公・フォルスは古代文字の判別や異物の鑑別を仕事としている青年。そんなフォルスはある日、ペンギン像の足元の地中から古代文字が書かれたプレートを掘り出します。彼がそのプレートの文字を解読していくにつれて、謎の像、そして「ペンギン」という謎の存在にだんだんと近づいていきます。
本作ではこの「謎が段階的に解き明かされていく」という謎解きのプリミティブな楽しみをしっかり味わえます。そしてその謎の果てに明かされる真実。
小説という媒体にはビジュアルがありません。それはときに大きなデメリットですが、同時に大きなメリットでもあります。そのメリットとは、「人物の姿を隠せること」。すなわちビジュアルがないので登場人物がどんな姿をしているかまったく描写しなくてもいいとというわけです。本作はこのメリットを最大限に活かした謎の正体とタイトル回収、そしてオチが完璧。どんなオチかは君の目でたしかみてみろ!
・ぼくはペンギンを見たことがない(武石勝義氏)
タイトル通り、本物のペンギンを一度も見たことがない主人公の述懐を描いたお話。
本作から感じるペンギンイメージは「架空の動物」。
SFとは多くの場合未来の世界を仮想して描かれたもので、本アンソロジーではいくつかペンギンが絶滅してしまった世界や地球にペンギンがいない世界などを描いた作品がありました。しかし本作はそれらとはまた違ったアングルから「ペンギンがいない世界」を描いた作品と言えるでしょう。
ペンギンはさまざまなキャラクターグッズやデザインに使用されておりそこら辺に溢れかえっていますが、そんな中で本物のペンギンを見たことがないというのは不思議な感じ。
戯画化された存在としてのペンギンに囲まれているからこそ、ペンギンがまるで「架空の動物」であるかのように思えてくるってことなのかな。
終わりのくだりで、知らない、見えないからと言ってそれを信じないということではないというところに着地したのがなんだか不思議と腑に落ちました。
・ペンギン・マンデイ(かんな氏)
いよいよ最後の作品です。
近未来も満員電車は変わらない。その中に、なぜか本物のコウテイペンギンが現れる一編。
本作から感じるペンギンイメージは「ゆイマジナリーフレンド」。
主人公と彼にしか見えないコウテイペンギンとの休日の描写は微笑ましく、また「いきなり自分にしか見えないペンギンが現れる」という非日常をきっかけに、逆説的に日常の楽しみを思い出していく姿には不思議な安心感を覚えました。
まるで水面から気まぐれにひょいと顔をのぞかせるペンギンのように、ふとしたことがきっかけでで今まで自分の周りにあったのに見えていなかったものや感じられなかったものの存在を意識するようになるのはよくあること。そういった意味では、本作のペンギンとの休日は内省の時間だったと言えるのかも。
そしてこうした自分にしか見えないイマジナリーフレンド的な存在はふとしたときに現れたときと同じように突然消えてしまうものですが、本作のラストでは主人公以外にさらにもうひとり、主人公と同じようにペンギンの姿が突然見えるようになった人が現れたことが示唆されています。これは同じイマジナリーフレンドの共有というよりも、主人公と同じように自分の日常に潜む些細な楽しいことに気づき始めた人がもう一人増えた、というハッピーエンドなんじゃないですかね。
……といった感じで、ペンギンSFアンソロジー感想、上下巻合わせて全52作品、全作品の感想成し遂げました! いやー面白かった!
こうしたコンセプト系アンソロジー小説の感想を書いたのは初めてでしたし、さらには自分の作品に自分で感想を書いたのも初めてでした。セルフ感想はなかなかおもしろい試みなので今後もやってみたいところ。
それでは参加者のみなさん、制作者のみなさん、お疲れ様でした!