最初に言っておきますが今回の日記は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」のネタバレ全開となっているので初見は帰れなのだ。
 本作はほんとにタイトル以外にはなんの前情報も入れずに読まなくてはいけないので未読の方は立ち去れ。お願いしてるんじゃないの。命令。
 ……というわけで、読んだ人が声を揃えて「なんの前情報も入れずに読め」と言ってるので、言われるがままなんの前情報も入れず、映画の予告編もネタバレまみれだそうなので見ずに一気に上下巻読了しました。
 結論から言うとこれはほんとになんの前情報も入れずに読むべき作品です。ネタバレ防止という意味もありますが、なにより「主人公にシンクロするため」という点で前情報無しで読むべき作品ですね。
 本作の主人公グレースは、自分の名前も思い出せない記憶喪失状態で謎の部屋で目覚めます。あるのはその部屋を管理しているコンピュータ、そして謎の男女のミイラ死体。上巻の半分ほどかけて、グレースが少しずつ自分の置かれた状況を解明していく過程が1章ごとに描かれます。そして読者もまた、読初の段階ではグレースが置かれている状況がわかりません。読者もまたグレースと同じように少しずつこの作品がどういう話なのかを把握していく過程が楽しかったですね。この「主人公と自分を同一化して楽しむ」というのは読書のプリミティブな楽しみ方です。本作は改めてそうした読書の楽しみ方を思い出させてくれる作品だったと思います。
 そして本作には、もうひとつプリミティブな楽しみがあります。それは「SFの持つ魅力」。
 前述のとおり、わたくし人形使いはなんの前情報も入れずに本作を読み終えました。なので、読む前は本作がSFのどのジャンルに属するかもわからないまま読み始めてたんですね。
 そして読み終わった今わかるんですが本作のSFジャンルは全部盛り!
 滅亡間近の地球!
 謎の宇宙生命体!
 世界中の科学者が集結した一大プロジェクト!
 片道切符の特攻ミッション!
 記憶喪失!
 謎!謎!謎!
 ファーストコンタクト!
 人間×異星人のバディ!
 成功!トラブル!成功!トラブル!
 大団円!
 こう書き出すと、本作に込められているSF要素はどれも古典的すぎるほど古典的。しかし、だからこそSF作品としての土台がしっかりしており、その土台の上に多数のSFの魅力がしっかりと乗っているわけです。
 傾向としてはハードSFであり、科学関係、宇宙関連の専門用語や数値がばんばん出てきますがそれでこの作品を敬遠するのはあまりにももったいない。そうしたテクニカルタームに関してもわかり易く説明されてますし、聞き流しても本作の魅力はまったく損なわれません。
 個人的に本作のSFの魅力って「科学への信頼」だと思うんですよね。
 グレース、異星人のロッキー、そして地球に残された人々は誰もが、絶体絶命の事態、そして己の置かれた状況の改善のために常に科学の力を行使しています。これは著者アンディ・ウィアーの長編第1作「火星の人」でも同じスタイルです。
 「火星の人」でもそうであったように、状況を改善し光明を見出すのは祈りでも奇跡でもなく科学の力。祈っていても状況は改善されず、そこにあるのは冷然とした絶望的状況のみ。このスタイルはある意味、フィクションにおいて困難な状況を解決する万能の手段として用いられがちな「愛」すらも無用のものとして切り捨てる非常にドライなものに感じられます。基本的にドライなんですよねアンディ・ウィアーの作品って。
 そして科学は人間の持つ最大の武器であるとともに地球すら破壊する恐ろしい力でもあるもの。実際、作中では差し迫った破局を回避するために地球環境を大きく破壊する手段を取らざるを得なくなった環境学者が、自分の下した決断に涙を流すシーンがあります。しかし、その決断がなければ地球は救われなかった。また、主人公であるグレースも望んで特攻ミッションに参加したわけではなく、事故で失われた欠員を埋めるために本人の意思に反して参加させれられていたことが後半に判明します。しかし、地球の命運を救うというミッションには個人の意思や命すらよりも優先する必要がある。
 ここで凡百の作品なら家族との別れやらなにやらという余計なドラマを延々とやってしまいそうですが、本作にはそういうシーンはありません。なぜならそんなことやってる暇はないから。グレースを「プロジェクト・ヘイル・メアリー」に引き込んだストラットは、本作のそうしたスタイルを体現した人物であると言えるでしょう。やらなくてはならないことは全部やる、必要な人員はどんな手段を持っても調達する。この人、戦闘妖精雪風のクーリィ准将と仲良くなれそう。
 しかし本作は、決して人間的な感情を否定するものではありません。最後の最後でグレースがとったあの決断はまさに人間的感情からのものでしょう。そして対する異星人であるロッキーもまた、種族の違うグレースの危機に自分のみを顧みず駆けつけてくれる。
 さきほど本作は基本的にドライであると書きましたが、言い方を変えれば早くて具体的なんですよね。グダグダ悩まないし立ち止まらないし、その結果取る方法が決して自暴自棄な行動ではなく理論と実践と検証に基づいた具体的行動であるという。これは作中に登場する人物全てに言えることです。状況が切迫しているからというのはもちろんそうですが、言い換えるならみんな理性的なんですよね。ストラットの一見狂気的にすら思える冷静さもこの揺るがぬ理性の賜物です。
 以前「侍タイムスリッパー」の感想で、「足を引っ張るキャラがいないからすっきり見られた」というものがありました。これは本作にも言えると思います。切迫した状況の中で誰もが奇跡を待つことなく、祈りで手を塞ぐこともなく、対立しながらも地球を救うために出来ることを全力でやるという。そして更に大きな問題が発覚しても、理論!実践!検証!のステップで具体的解決案を実行していく。なのでストーリーが遅延しないし読んでる方も次々と新しい謎と困難に立ち向かうグレースとロッキーのバディの姿を楽しめるわけです。
 そしてこれ、「火星の人」でも同じギミックがありましたが、章番号がエリディアン数字になっている最終章! この演出大好き! 最後のあの展開からグレースはどんな決断をしたのか、その結果どうなったのか。これが一発で分かるこの演出よ! オタクはみんなこういうのが好き。これ「火星の人」でもやってたし、アンディ・ウィアー作品の定番演出になってほしい。
 映画も楽しみ! ライアン・ゴズリングのあの絶妙に情けなくて腰が引けてるところがあるキャラの演技、ぜったいグレースにぴったりなんだよな。
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【ネタバレ注意!】「プロジェクト・ヘイル・メアリー」読了しました!
初公開日: 2025年09月11日
最終更新日: 2025年09月12日
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