それまでは自分の肉体の一部としてなんの疑いもなく存在していた、片手袋に包まれた自分の左腕が、今では自分の知らない間にいつの間にか自分の縄張りに居座っていた外敵にすら感じられる。そこにあることに、どうしようもない違和感が募っていく。
 これ:・・は、なんだ? この、自分の左手の姿をして、自分の肉体に居座っているこれ:・・は、一体何なのだ?
 震える右手で、片手袋の端を摘む。緩慢な動作で、ゆっくりと片手袋を引き下げていく。片手袋に覆われていない二の腕と、片手袋に覆われていた肌の色が違うのは、本当に日に当たっていないからという常識的な理由からだろうか。
 片手袋の下から、現れたのは――。
「毎度毎度、ここでお宝探ししてる私が言えることでもないんだが――」
 照りつける太陽の下、人里の外れにある一角で、魔理沙はガラクタの山を漁りながら、懐から取り出した手ぬぐいで汗を拭いている。
「外の世界じゃ、よくもまあこんなに大量の廃棄物が出るもんだよな」
 ひとりごちながら執念深くガラクタの山との格闘を続けている魔理沙。
 ここは、塵塚。
 人間の里のゴミ捨て場とは別に、幻想郷に外の世界からの漂流物が堆積する場所として隔離されている地域だ。隔離されているということは、不法侵入を生業としている普通の魔法使いの格好の狩り場というわけだ。
 ほとんどは価値のない雑多なガラクタや壊れ物に過ぎないが、根気よく探せばその中には、外の世界で価値が失われたが、逆説的に幻想郷においては価値のある物品が紛れ込んでいることも少なくない。魔理沙はそれを目当てに、今日もこうして塵塚を漁っているというわけだ。
 しかし、今日はどうやら外れの日らしい。めぼしいものが見つからず、魔理沙は大きくため息をついて座り込んだ。
「はあ……今日はもう切り上げたほうがいいかもな……」
「こら魔理沙! お前またこんなところでゴミ漁りか!」
 不意に響いた怒声を、魔理沙は涼しい顔で聞き流す。その怒声ももう聞き慣れたものだったからだ。
「ゴミ漁りだなんてひどいな先生よ。これも立派なフィールドワークってやつなんだぜ」
「ほんとに口の減らないやつだなお前は……」
 ため息をつきつつ歩いてきたのは慧音だった。
「で? そのフィールドワークとやらの成果はどうなんだ?」
 魔理沙は肩をすくめてみせつつも、まだまだ諦める気はないようだ。
 山積みのガラクタをごそごそやりながら、ふと魔理沙は顔を向けずに慧音に問いかけた。
「なー、こういうのからも妖怪って生まれるんだよな」
「なんだいきなり。まあ……よく使い込まれていたり歴史があったり、あるいは逆にろくに使われずに恨みが集積して、といったように、道具にはなんであれ念がこもるからな。だが……」
 そう言った慧音の足の間を走っていった小さな影は、欠けた茶碗だ。付喪神になっている。しかし、その小さな影は途端にからんと音を立てて地面に転がった。もうただの茶碗に戻っている。
「もちろん、すべての道具が付喪神や妖怪になるわけじゃない。もしそうならこの里はとっくに妖怪化した道具で溢れかえっている。よほど強い念……言い換えれば、強力な逸話がなければ、そう簡単に妖怪になって、その状態を保てるものではないのさ」
「ふうん……」
 ふと、ガラクタを漁っていた魔理沙の手が止まった。
「じゃあ……」
 ガラクタの山を見上げる。そこにうず高く積まれたガラクタは、道具としての役目を終えたもの、あるいは道具として役に立たなくなったもの。たしかに慧音が言うように、すべての道具に妖怪になるほどの逸話:エピソードがあるわけではないだろう。しかし――。
「ここいらのガラクタが持ってる、付喪神や妖怪になるほどでもない、逸話:エピソードってほどでもない、もとの持ち主や作られた過程みたいな小さな過去や過程……そういうものをこう……ツギハギするみたいに集めていったら、それでひとつの妖怪が出てきたりするもんなのか?」
 魔理沙の質問に、慧音はしばし指先を顎に当てて考えていたが、やがて答えた。
「お前にしてはなかなか鋭い指摘だが――」
「一言余計だぞ」
「難しいだろうな。破れた服をつくろうのとはわけが違うだろう。まあ、私の考えだが……」
「センセーの意見を聞かせてくれよ」
「専門外だが、機械だって同じようなものだろう? たまたま形が似ているからと言って、規格外品を適当に組み合わせれば正しく動くというものでもあるまい」
「妖怪なんかもそれと同じだって?」
「同じようなものだと言っていいだろう。そもそも……複数の要素が妖怪という形をまともに形成できるほど統一されるとは考えにくい。本質的にはさっきの茶碗と同じだ」
 慧音は歩いていき、さっきまで付喪神として走っていた欠けた茶碗を拾い上げた。纏っていた妖気はすっかり霧散しており、そこにあるのは何の変哲もない茶碗だけだ。
「数が集まればそれなりの時間は安定できるかも知れないが……それにも限界はある」
「結局は、妖怪としては存在していられないってことか。……なんだか、悲しいな」
「やけにセンチメンタルなことを言うじゃないか、お前らしくもない。私は用事があるので帰るが、まあ程々にしておけよ」
「失礼なやつだな。わたしはいつもセンチメンタルな乙女だぜ」
 去っていく慧音の背中に向かって軽口を叩く魔理沙の頬を、風が軽く撫でた。その風が、塵の集う塚になにかを運んできた。
 ――薄青色の、片手袋だった。
 積み上げられたガラクタの山に引っかかったその片手袋を、魔理沙はなんとなく手に取る。持ち上げて空に透かしてみると、太陽の光が透けたその片手袋はなぜか妙に儚く感じられた。
 まるで、捨てられた猫のようだ。魔理沙は思った。ここで自分が拾ってやらなければ、だれにも拾われずに死んでいく哀れな子猫のように、この片手袋もまたこの塵塚で誰にも顧みられず朽ちていくのだろう。
「……ま、今日の収穫はこれでいいだろ」
 魔理沙は片手袋を懐にしまうと、塵塚を後にした。上空に飛び上がって旋回すると、改めて塵塚は大きい。それ自体が、大量の塵で構成されたひとつの妖怪にすら見えてくる。この中から、いくつの妖怪が生まれて、そのうちいくつが真っ当な妖怪としての存在になれるのだろうか。そう慣れなかった道具は、運良く強い魔力や妖力に中てられたときに、偶然動き出す程度の付喪神になるのが関の山だ。
 それでも……助け出せるものは助け出したい。妖怪となるだけの逸話:エピソードがないなら、私が使って面白おかしい逸話:エピソードを付け加えてやる。そう思って魔理沙は、空に飛んでいく。
 魔理沙が飛んでいくその空は、片手袋と同じ、薄青色だった。
 
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人形使い
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塵塚ウバメ片手袋合同原稿を書いていきます。
初公開日: 2025年05月30日
最終更新日: 2025年05月31日
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