『ごめんね司くん、今日ちょっと早めに出て来れる?』
瞳さんからそう電話が入り、特に用事もなかったから出勤時間より1時間前にリンクに来た。すると事務所の奥にある応接スペースに見知らぬ小柄な女性がいた。
「初めまして!わたくし瀬棚と申します!」
「は、初めまして明浦路司です!!」
とても活発でハキハキした女性だ。つい勢いに押されて同じように声を張り上げる。瞳さんの隣に並んで座ると彼女がテーブルに並べていた書類を広げて見せてくれた。えー……おっぱいマウスパッド企画……ん?バッと手にとって上から下まで隅々まで見る。今人気のアスリートの写真を使い、実際に型をとって制作する企画……ストラップサイズの小型のものから実際にマウスパッドとして使える実物サイズでの展開…一風変わったアピールとしても使えるとはあるが。
「うちの生徒さんには絶対にやらせませんが…??」
おっぱいマウスパッドってつまりあれだろう…ムチムチボインお姉さんのお色気グッズ…そんなのとんでもない。絶対にやらせませんが?
「生徒さんになんてとんでもありません!」
「じゃあ瞳先生?ダメでしょう!」
「いいえ!わたくしどもは明浦路先生、あなたにオファーを!」
あ、そう。それならいいか………良くない。チラリと隣を見ると瞳先生は非常に気まずそうな顔でサッと目を逸らした。
「お…俺?なんで?」
「なんでと仰いましたか!愚問でございます!フィギュアスケート界に明浦路先生ほどの恵体をお持ちの方はおりません!」
「いやっ…いやいやいや!現役じゃありませんし!そ、それに俺は無名です!誰も俺のことなんて知らないでしょう!鴗鳥先生なら…」
「奥様から丁寧にお断りの連絡を頂戴しました…実に無念です!それにコレは鴗鳥慎一郎選手からの推薦でもあるのですよ!」
え、うそ。なんで???どうしてですか鴗鳥先生……呆然としていると瀬棚さんはバンっと机を叩いて力説を始めた。この人、声の大きさといい、勢いがすごい。気圧される…!
「無名と仰いましたがそこも否定させていただきたく!よろしいですか明浦路先生…今やあなたの教え子たる結束いのり選手は一躍時の人。そしてそのコーチである明浦路先生に注目が寄せられていないとなぜお思いです」
「えっ…」
「それになぜか、本当になぜかは不明ですが夜鷹純公式アカウントであなたの名前が出ていたりスケートの動画が公開されておりフィギュアスケートに関わる人間であなたの名前を知らない人間がいたらそれはモグリです」
ぐっ…こういう時に響くなあの人の暴挙……何年も、それこそ10年ほぼ動いていなかった公式アカウントが突然俺の写真を上げだしたり勝手に撮った動画を……まあ、それはいいでしょう。俺だってあの人の許しなくこっそり撮影しているのだからそこは目をつぶる。撮るのはいいが無断で投稿は勘弁してくれ。それにより妙なバズりを受けているところではある。なるほど、瀬棚さんはそこに睨みをつけたのか。
「そんなフィギュアスケート界大注目の明浦路司先生をもとに、グッズ制作に踏み切ってはいかがでしょうか!」
「誰にそんな需要があるんですか……在庫の買取なんて絶対できませんからね、俺」
「問題ありません!ちなみに許可を頂けるのであればまず契約金としてチームにコレくらい。そして明浦路先生個人にコレくらい。販売数に応じてマージンも」
ぱん!とテーブルに叩きつけた紙に書かれた金額。…………車税が…余裕で一括支払いができる…!いや車の持ち主は純さんで、純さん宛に車税の紙はきてたけど運転するのはほぼ俺。たまーに自分で運転してるけど九割俺。送迎してあげることもあるとはいえ、俺が自由に使わせてもらっている車の税金くらいは俺が払いたい。それだけでなく加護さんがこっそり払っていた健康保険も諸々返せる…
「……パブリックビューイングの会場を押さえられる…!」
瞳先生がポツリと呟く。いのりさんの海外遠征、クラブのみんなが集まって一緒に応援できる場所が作れたらいいのにねなんて話していたのは先週のこと。つまりこれは俺にとってもクラブにとっても渡りに船………
「ほ……本当に俺でいいんですか」
「もちろん」
「その…む、胸?」
「おしりでも構いませんが」
想像してみたらお尻の方が絵面がまずい。胸で行きましょう。
「………」
「お悩みですね。ごもっとも!しかしその悩み、もしや商品がおっぱいマウスパッドだからというものではありませんか?」
「それは…もちろん」
「先生はおっぱいマウスパッドをアダルトグッズだと思ってらっしゃる」
「そ、そういうわけでは!」
「それは誤解なのです!いいですか、おっぱいマウスパッドは…日用雑貨品です!!何一ついかがわしくもいやらしくもありません!実際にサンプルをご用意しました!」
今度はその書類の上にボンっと迫力のあるものが乗せられる。お色気お姉さんのおっぱいマウスパッドだ。
「長時間マウスを使う時には案外手首に負担がかかります。それをこの二つの丘が支えるのです!どうぞ使ってみてください!」
「い、いやっ今は遠慮しておきます!」
「左様ですか。弊社商品は実際にモデルとなった方のお身体から型をとりリアリティを増して制作するのです!なので明浦路先生のサイズ感を忠実に再現します!ご安心を!」
それを聞いてどう安心したらいいのだろうか。けど…
「やります。俺でいいというのなら」
「……!ありがとうございます!!ではでは、空いている日に撮影と型取りを行いますので教えていただければ!」
「はい」
ああ…良いって言っちゃった。でも報酬が美味しかったからなあ…俺で良いと言ってくれるなら応えたい。それがたとえおっぱいマウスパッドのモデルであったとしても………純さん怒るかな。
「ねえ司くん。本当にいいの?」
「はい。役に立てるなら」
「司くんがいいなら…私に言えることはないけど…」
それにしてもとんでもない企画があるものだなあ、純さんには内緒にしておこう、なんて笑っていたけどあの人の爆運はこういうところでも発揮するものだ。
帰宅して部屋の明かりをつけ、真っ先に風呂場へ。なんか、こう…人生でここまで胸を触られることありませんってくらい触られた。質感の確認だって。先日引き受けたおっぱいマウスパッドの撮影当日、トレーニングウェアと加護さんに買ってもらったスーツを衣装として持ち込みふたパターン撮影した。これがもう…めちゃくちゃに恥ずかしくて。
『明浦路先生、お顔真っ赤すぎます!』
『恥ずかしいことなんて何もありませんよ!!』
瀬棚さんの会社の人ってみんなあんなテンションなのか?恥ずかしくないと言われても恥ずかしい。胸をアピールするようなポージングなんてとったことないよ…そして無事に写真を撮り、そのあとは型取り。胸にオイルを塗って粘土のようなものに胸を押し付けて型をとった。これがまた…恥ずかしいのなんの。乳首の位置とか結構残っちゃったけどこれってマウスパッドに反映されるのか?胸に塗られたオイルを拭いてはきたけどなんだかぬとぬとしている感覚が残っているからさっさと風呂に入りたい。服を脱ぎ捨てて風呂場のドアを開けて、
「ただいま」
「アッふ!!」
閉めていた脱衣場の扉を思い切り開けられて心臓が口の辺りまで飛び出た。
「変な声。今からお風呂入る」
「いやっ…俺が先に」
「一緒に入ればいい」
あああ…目の前で世界の彫刻作品のような体が顕になって、見惚れる隙もなく風呂場に押し込まれた。
「ん…何これ。ベタベタする」
ぐい、と俺を押した場所が胸。オイルの滑りが残っていて純さんが不快に眉を寄せる。
「何これ」
「…………」
どうにか誤魔化せないか…?まさかおっぱいマウスパッド作るために型を取ろうと塗ったオイルですなんて馬鹿正直に言えやしない。日焼け止め…胸に?塗り薬……胸に?どうにか誤魔化せ…どうにか…
「言えないの」
「………」
ここから入れる保険はありませんか……!!
「…そう。言わないなら…」
いいます。すう…と表情の消えた純さんが怖すぎて馬鹿正直に言うことになってしまったのだった…
「正式に抗議する」
「待って!待ってーー!」
湯船に溜めたお湯に浸かりながらことの顛末を聞いたら冷静ではいられなくなって拭きもせずびたびたと足跡を残しながらリビングに出ておきっぱなしの司の荷物からスマホを出しそのメーカーの番号にかけた。すぐに担当の女が出たがその女もとんでもなく声がでかい。
『夜鷹さんもおっぱいマウスパッドを誤解しておいでです!!』
「誤解も何もないでしょう」
『いいえ誤解です!おっぱいマウスパッドはエログッズでもなく、日用雑貨品です!!!』
声の大きさもさることながら、女があまりにも躊躇なくキパリと自信満々に言ってのけたものだからつい気圧されてしまった。日用雑貨品…
「俺もそう言われたなあ…」
体を拭かずに電話している僕にバスタオルをかけてびしょびしょに濡らした床を拭く司がスピーカーから漏れ聞こえる声にぽそりとつぶやく。
『おっぱいマウスパッドにエロスを求める紳士などどこにおりますか!マウスを使うことによって生じる手首の疲れをそっとパッドが癒してくれる……その癒しの丘の主が推しならばこれ以上幸せなことはございません!!』
知らないよそんなこと………そうなのか?おっぱいマウスパッドをエロ目的で使う人間は存在しないのか?なんでこの女は堂々と誇らしげに語っているんだ?……僕がおかしいのかな。
「…本当に?司が他の人間にいやらしい目で見られることはないの?」
『ありませんとも!!』
「ブラックライトで反応するような事態にはならない?」
『なりません!!日用雑貨品ですから!』
「ブラックライト?」
何を言っているのか理解していない司の顔をずいっと押しやってしばし考え込む。なんだろう…どう考えても駄目だろうに、相手の言っていることが正論な気がしてきた。何がそうさせるのだろう。勢い?自信?
『本日しっかり型も取らせていただきました!明浦路先生の恵まれた肉体の質感もそのままに、完璧に作り上げて見せます!我が社の威信にかけて!』
「………サンプル上がったら送って」
『承知致しました!!』
「純さん!?」
話は終わり。電話を切ってからなんの相談もなしに怪しい仕事を受けた恋人の頬をつねった。
ふたパターンのマウスパッドが数にして四つ。ストラップ2種、マウスパッド2種。小さい方が小人サイズだが人差し指で押すと指先に感じる弾力は確かに似ているかもしれない。小さすぎてわからないな。続いて隣にあるマウスパッド。片方を開封し、左手でむち…っと揉む。ふむ。隣に座った男の胸を右手で揉んだ。なるほど、こっちはかなり忠実に作られている。トレーニングウェア姿の写真はウェアの生地が光を反射して艶やかに見えている。脇から中心に向けてぐ…と寄せ、乳首にあたる小さな突起を寄せ爪先で引っ掻いた。
「な、なんでそんないやらしい感じに触るんですか」
「きみが好きな触り方でしょう」
「だから余計に嫌なんですよ!っぁ…♡お、俺にもやって欲しかったわけじゃ…♡」
寂しいの。同じように実物の司の胸も右手で揉む。スーツ姿のデザインの方は胸の谷間にネクタイがあって言いしれない背徳感がある。豊満な胸によってネクタイが中心に寄って挟まれた状態になってしまっているのもリアリティがあっていい。あの女の言う通り、メーカーはかなり忠実に頑張って作ったようだ。
「…ね、やっぱりそのマウスパッドの俺のおっぱい、嘘ですよね?俺こんなにデカくないでしょ」
「こんなもんじゃない」
「嘘だあ…こ、こんな……女の人みたいに、ムチムチなわけが…それにやわらかいし…俺の体はそんなんじゃ…」
むにむに揉まれながら不満をこぼしているがこのデザインは誇張ではないと思う。質感も形も乳首の位置も本物とほぼ同じ。だから……
『商品化ダメでした…………』
「ありゃー」
「だろうね」
サンプルの確認を終えたところで例のメーカーから電話が入り、商品化は中止だと通達された。それはそう、何せ仕上がったものはあまりにも完璧に近い。
『上層部の会議で、明浦路先生のおっぱいマウスパッドはコンプライアンスに違反するのではないかと議論されまして』
「コンプラ違反!?」
『つまり明浦路先生のおっぱいは想像を遥かに上回るエッチさで、当初想定していた層とは違った人気が湧いてしまいそうだと』
「日用雑貨なんじゃなかったの」
『そうですとも!!日用雑貨なのに…エッチじゃないはずなのにぃ!!』
スピーカーにした電話越しにダンダンと音がする。机でも叩いているのか地団駄を踏んでいるのか。
『おっぱいマウスパッドはエッチなものじゃないのに、明浦路先生はそれをエッチにしてしまったということですね……恵体がこんな悲劇を呼ぶなんて!』
「す、すみません…」
「巨乳ですみませんでしたって謝りなよ」
「俺が悪いの!?」
僕はサンプルが貰えたからもういいや。
「それにしても…ええと、報酬貰ってしまってましたけど、返金…」
『いいえ!それはもうモデルと型取りの段階でお支払いしたものですのでどうぞ受け取ってください!それにしても困りました…フィギュアスケート部門のおっぱいマウスパッドが作れない……』
「慎一郎くんでいいんじゃない」
「そのくだりはもうやってますよ」
『ところで夜鷹さんには半年近く前にメールを送らせて頂いていたのですが』
「え?」
『わたくしどもとしましては夜鷹さんでもまっっっっったく問題はないんですよ。おっぱいマウスパッドを作るモデルは!』
話の流れが大きく変わってきたな。ふんぞり返って座っていたけど思わず座り直して早急に電話を切ろうと手を伸ばすとスマホを司に取り上げられた。
「……電話きって」
「いや、欲しいなって」
「切って。嫌だ」
「俺だって恥ずかしかったけど大丈夫でした!ねえ瀬棚さん!」
『そうですとも!おっぱいマウスパッドなんて何一つ恥ずかしくありません!エッチじゃない…はずでしたし!なぜなら、そう!明浦路先生、御唱和ください!おっぱいマウスパッドは!!』
「日用雑貨です!!!!」
二つに重なった声でくらりと眩暈がした。
終わり!ありがとうございました〜〜〜〜〜〜!💋
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日用雑貨です!
初公開日: 2025年05月23日
最終更新日: 2025年05月24日
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コメント
つかさのおっぱいマウスパッド、デカくて歓喜
フルオプション
てりやきさん(@tyk_tabetaina)さんのバニーうらぢ、書かせてくださいと一生のお願いを使い…
グレゐス
ワンライ#3
30でりだつしちった
きょむい〜ぬ