・ポメラ日記 テキストライブ版(ポメライブ)はじめます。
はじめまして、もの書きのkazumaです。
皆さんは、ポメラをご存知でしょうか。
ポメラはポケット・メモ・ライター、と言い、事務用品メーカー大手のキングジム社から発売されている、執筆用のデバイスです。
僕は、普段は文学ブログ「もの書き暮らし」というサイトを運営しています。
WordPressで記事を書いているのですが、記事の下書きには「ポメラ」を使って書いています。
また、noteで連載している「ポメラ日記」は、愛用のポメラDM250を使って、文学周りのトピックをフリートークで綴っています。
今回、Xのフォロワーさんが「テキストライブ」についてご紹介されている記事を読み、文章だけの配信は珍しいなと思って、テキストライブをはじめてみることにしました。
まだ操作に不慣れなのですが、よろしくお願いします。
テキストの配信で何をしようかな、と考えたときに、noteで書いている「ポメラ日記」をここで書いてみる、ということをひとつ思いつきました。
どのように文章が書かれているか、ということがわかりやすいですし、フリートークの感じもよりリアルになるかなと。
この配信が終了したら、noteのポメラ日記の方へ、後日アップするという流れにしてみようと思います。
【最近の文学周りのトピック】
今日、話そうかなと思っていたトピックをいくつか箇条書きにしてみます。
・ポメラDM250 XY クリスタルイエローの話
・今読んでいる本(「土佐日記」堀江敏幸さんの訳 河出文庫)の話
・これから応募したい公募の話
・noteからTALESに作品を移行したい話
とりあえず、この四本立てで今日は話してみますね。(いまからXにライブ配信の告知をしてみます、少々お待ちください……。)
【お知らせ】Xへの告知が完了しました。フォロワーさんはあまり多くないのですが、見にきてくださる方もいればと思い、URLをテスト公開しました。
・ポメラDM250 XY クリスタルイエローの話
このあいだ、ポメラニアン(ポメラ愛好者のことを、ポメラニアンと呼ぶ慣習がポメラ界隈にあります)にホットなニュースとして、DM250の限定モデル、クリスタルイエローの販売予告が行われました。
Twitterでも、見ていた方は多いのではないかなと思います。
クリスタルイエローのカラーリングということなのですが、透明なカラーがゲームボーイカラーによく似ていて、個人的にはかなり刺さる色味でした。
発売予告のタイミングで、Xでキャンペーンが行われていて、当選するとポメラDM250XYの本体(A賞)、もしくはDM250 XYのステッカー(B賞)が当たるというものでした。
皆さんは、応募されましたでしょうか。
実は、僕もキャンペーンに応募していて、ポメラのステッカーが当選した連絡があり、配送を待っている段階です。
もし他にも応募されていて、当たった方がいれば、ぜひXにてお知らせください。僕もステッカーが届いたら、アップしてみようと思います。
クリアイエローのポメラのカラーリングは、Xの反応を見ていると、かなり好評だったようで、人によってあのカラーから連想するものはそれぞれあるかなと思います。
僕はどうしてもポケモンのピカチュウカラーを思い出してしまいました。当時、ゲームボーイカラーやニンテンドー64が流行っていて、クリアカラーがとくに人気だったんです。
よかったら、ポメラDM250のクリアイエローを見て、何を思い浮かべたか、教えてもらえると嬉しいです。
いまのところ、僕は当選したステッカーをどこに貼ろうかなと迷っているところです。
ポメラの天板に貼ってもいいのですが、noteの企画でいただいたステッカーを貼っていて、note仕様のポメラになっているので、貼るところで迷っています。
さりげなく、ポメラの底面に貼ってみようかなと思ったり。ステッカーを貼る位置ってけっこう迷いますよね。
・いま読んでいる本(「土佐日記」の話)
いま僕が読み進めているのは、「土佐日記」で堀江敏幸さんが訳された本です。
これもXを眺めていたときに、フォロワーさんが写真をアップされていて、なんとなく気になって手に取りました。
どうして「土佐日記」を読んでいるのか、というと、小説の創作と関係のありそうな本だから、というのがちょっとあります。
土佐日記を書いたのは、歌人の紀貫之(きのつらゆき)という人で、年代でいうと935~936年頃に成立した物語のようです。
僕も前提知識がまったくない状態で読みはじめたのですが、
紀貫之という人は、男性の地方官吏であったようで、非常に優れた和歌を詠む歌人でもありました。
ところが「土佐日記」は、女性が書いている、という体裁で書かれた日記風の文章で綴られています。
つまり、本来の作者である紀貫之は男性でありながら、当時の女性の言葉(やまとことば、ひらがな)を使って書くという、ちょっと特殊な書き方をしているわけです。
では、なぜ紀貫之がそんな風変わりな書き方をしていたか、というと、貫之が地方官吏であり、役人として使っている言葉(漢字)ではけっして表せないものがあるとし、普段の政務上では表現できないものを表現したかったから、ということがひとつありそうです。
僕も読みながらはじめて知ったのですが、
昔の言葉には「おとこことば」と「おんなことば」があり、政治に関する役所などに務める官吏が使うのは「おとこことば=漢字」の文章で、「おんなことば=ひらがな=やまとことば」の文章だったそうです。
そういえば、フランス語には男性名詞と女性名詞など、言葉に性別の分け方があったと思うけれど、あれとはちょっと違うのかな。
漢字だけの文章というと、やっぱり中国の言葉を思い浮かべるけれど、もともとは公用の場面で漢字が重んじられてきた歴史があって、なんとなく武士が書いた文章とか巻物の文字は、漢字で書き残されているイメージがある。
一方で「土佐日記」は、ほぼひらがなで書かれた文章(一部に、貫之の註釈が付いていて、漢字がないわけではない)を想定して書かれてあった。
もともと政務に長けた能力もあり、漢字も十分に使える貫之が、なぜわざわざ女性の言葉を借りて(擬態して)まで、やまとことば=ひらがなにこだわったのか、という点にひとつ謎がある。
ちょっと漢字だけで書かれた文章と、ひらがなだけで書かれた文章を思い浮かべてみてほしいのだけど、
漢字だけの文章=堅苦しいイメージ
ひらがなだけの文章=やわらかいイメージ
っていうのはないですか?
たぶんだけど、貫行が普段の政務上では「漢字」しか使うことができず、しかもその内容はおそらく役所に関する仕事になるから、個人的に思ったり、考えていたりしたことを、表す機会は貫之の日常にはなかったんじゃないか。
貫之は優れた和歌の歌人であったけれど、その風流なことばづかいは、ひらがなで書かれることが多い。
そして貫之には政務上の官吏として、名を挙げていくことよりも、歌人として覚えられることを望んでいた。
漢字かひらがなか、どちらに自分の表現の軸足を置くべきかと言われたら、貫之には和歌の世界で使われていることばを重んじたいこころざしがあったのではないか。
でも、貫之の性別は男で、官吏だから、普段は漢字を使って、感情を排した文章を書くことが自然だとされている。
じゃあどうするかっていうと、作者は男性だけど、女性のフリをして、ひらがなを使える体裁にもっていくしかない。
このあたりの事情が、「貫之による緒言」という箇所に書かれていて、あれ、この話ってどうも現代社会の状況ともけっこう似ていませんか? って思ったのが、僕がこの本を読み始めた動機になる。
僕も普段はライターとして活動していて、仕事で使う文章で、自分の言いたいことを書きたいように書けますか? って言われたら、ぜったいにいいえ、と答える。
なんでかっていうと、ライティングで求められるのは黒子としての文章で、ライターの個性とか、考えている主義主張が入ってしまうと、伝えたい情報に雑音が入る。
たとえば、腕時計を売るための文章を書きたい、というときに、ライター自身の腕時計へのこだわりとか、コレクションだとか、「ぼくはこの腕時計についてこう思います」という意見は、ライティングには含めない(ブログならいいと思うけど)。
その腕時計の機能とか、手入れの方法、使い方、どんな人に似合うか、どういうシーンでおすすめか、どこで安く買えるか、といった情報伝達に徹すると思う。
するとそこに書いている人の意思とか意見は入らないし、入れちゃいけないものだと思っている。
ただこういう状況をずっと続けていくとどうなるか、というと、普段の仕事ではぜったいに表せない感情とか、僕自身が感じているものは、どんどん澱のように溜まっていく。
現実に対する反発というものが生まれるわけです。
それをどこに持っていくのか、ということはひとによって違っていて、ある人はマラソン大会に出ることでそれを解消するのかもしれないし、ボルダリングでもはじめるのかもしれない。
野球観戦でビールを片手に、阪神が勝つか負けるかで一喜一憂する人もいれば、仕事のストレスは仕事で解消するという鉄人もいるかもしれない。
その方法は何だっていいと思うのだけど、僕の場合は小説を書くこと、あるいはポメラ日記で文章を綴ること、貫之の場合は、土佐日記を綴ることであったに違いないと僕は思っている。
ちょっと長くなりすぎたので、一旦、ここで配信を閉じます。アーカイブとして一応、残す予定です。
今回はテスト配信になります。ご清聴、ありがとうございました。
2025/05/10 22:26
kazuma