・グランドクロス発動パート
 ――その戦いの趨勢を見守る、九つの『眼』があった。
『太陽神(マスター)へ状況報告』
 太陽神(マスター)・ラーとその意識を直結した観測システム、ザ・ナイン・プラネッツは、ネグザルツとレーヴァテインの戦いを、その始まりから監視していた。そしてその危険度が一定ラインを超えたとき――すなわち、戦いの中でのネグザルツの成長が絶対主神であるラーの位階(レベル)に達する可能性を見せたとき、ザ・ナイン・プラネッツは怜悧なシステムとしてその努めを、自動的に果たす。
『発動命令』『執行態勢』『術式完了』
 複雑な軌道を描いて移動した九つの端末は、規定に従って各々の位置に占位した。ネグザルツとレーヴァテインの戦闘宙域を取り囲むように配置された端末間に、文様の如きエネルギーラインが描かれる。
 星界配列(ゾディアック・フォーメーション)を形成したザ・ナイン・プラネッツの間で、相互輻輳が起こり、一基の端末が発したエネルギーが段階的に増幅されていく。展開された積層術式は宙域を押し包むほどの巨大さに膨れ上がる。
『最終安全装置(フェイルセーフ)解除』
 しかし、この巨大な積層術式の展開はいわば前段階にしか過ぎない。配置に着いたザ・ナイン・プラネッツの端末の周囲で発生している時空震、重力異常、時空歪曲――それらの異常事態は、すべて余波でしかないのだ。
 その機体の内側に折りたたまれていた積層術式を展開完了したザ・ナイン・プラネッツは、全機同時に光翼展開。
 完全同期した光翼展開によって生じた圧倒的熱エネルギーが積層術式内部で循環・増幅されていく。それはまさに太陽の輝き。宇宙の暗黒をも退ける圧倒的熱量と光量が狙うのは――。
『レーヴァ、貴様の謀叛……そして目論見……最早、万死に値する』
 重々しく響くその宣言は、ともに満身創痍となったネグザルツとレーヴァテインにも届いていた。しかし、機体を激しく損傷し竜骨(スパイン)すらも破断された状態では、できることなどなにもなかった。
 ネグザルツの思考域は、星界配列(ゾディアック・フォーメーション)内で重力異常の荒れ狂う宙域にあって、穏やかだった。
 全ての決着が着いた今、もはや剣を振るう必要もない。なにより、ここには母がいる。
『この我、自らが断罪する』
 ラーの機体下部に設置された術式円陣(マントラ・ドライヴ)が高速回転、マクロ化された積層立体術式を瞬時に形成。形成された術式は、すでにザ・ナイン・プラネッツが展開している積層術式によってさらに、さらに、さらに増幅される。太陽のごとく燃え盛るそれは、絶対主神の怒りそのもの。そしてその怒りが今、裁きの光となって降り注ぐ。
『最終司令、待機』『攻撃目標、再設定』『射線上攻撃範囲内にネグザルツを確認』
 ――そう。裁きの光の矛先が向かったのは、自身を裏切ったレーヴァテインではなく、レーヴァテインが太陽剣を授け、ここまで成長させてきた忌み仔たるネグザルツだった。
『最優先攻撃目標と認定』
 ラーの燃え盛る怒りとこの宇宙の支配構造(システム)たる怜悧な判断が、ともにネグザルツを最優先攻撃目標と認定した。
 その認定からナノセコンドの間もおかず――終焉は訪れた。
『グランドクロス、発動』
 九基のザ・ナイン・プラネッツによる完全同期した熱量放出。放出された熱量は積層術式に沿って臨界点に達し、そこにさらにラー本体による五十六億七千万テラ・アーデルハイドに達する光エネルギーが注入される。
『清浄なる光の世界の為に!』
 ザ・ナイン・プラネッツの唱和とともに、宇宙が光に包まれた。
 星々を、暗黒を、数々の残骸を、そして、ネグザルツを、光が飲み込んでいく。
『かつての伴星、レーヴァよ。【忌み仔】(イレギュラー)と共に消え去るがいい』
 ネグザルツの感覚機(センサー)はほぼ機能しておらず、その聲(こえ)は届いてはいなかった。なにも視えてはいなかった。
 ただ、戦いの終わりを静かに凪いだ思考で待ち受けていた。
 懐かしい、とネグザルツは感じた。
 すでに大半が破断、蒸発しているはずの一次装甲表面に感じるのは――太陽の光だった。
 その光が呼び起こすのは、原初の記憶。
 まだ自分が、この名すら持たなかったときの、そしてこの名を与えられたときの記憶。
 この名を与えられ、本当の意味でこの世に生を得たとき、太陽の光があった。
 ならばこの生を終えるときもまた、そこに太陽の光があるのだろう。
 運命の仔を、あまりにも巨大な太陽の光が焼き尽くす――かに、見えた。
 そうではなかった。
 すべてを消滅させる、太陽神(マスター)ラーの絶対主砲・グランドクロス。
 その発動が、計画を完遂するための最後の条件だった。
 ただの熱量光撃ではない、ラーの持つ権能そのものと言えるそのグランドクロスの力を持ってしなければ、決して生まれることはなかった。覇王の力――ノーヴァは。
 ネグザルツに照準して放たれたグランドクロスを前に、レーヴァテインは光核(コア)の封印を解除した。
 そこに封印されていた積層術式――否、光核(コア)を構成しエネルギー源として安定させていた術式そのものが崩壊し、余剰次元に折りたたまれていた(・・・・・・・・・)莫大なエネルギーが、厚さが無限にゼロに近い界面膜として展開。
 術式崩壊と同時に急速に消滅し始めたレーヴァテインは、グランドクロスが直撃しようとしていたネグザルツをかばうように立ちふさがる。
 防御ではない。吸収だ(・・・)。
 正確にネグザルツを狙っていたがゆえに、ラーの放った超指向性のエネルギーを受け止めるのは容易い。
 レーヴァテインが自身の命とも言える光核(コア)と引き換えに展開した界面膜は、ラーの放ったグランドクロスの熱量を無制限に飲み込んでいく。
 そして、その熱量は――。
『これでいい』
 機体の末端はすでに消滅し、その裡(うち)に折りたたんだ術式を展開した光核(コア)もあと数秒で完全に崩壊するだろう。その数秒をレーヴァテインは、満足を味わうことに消費した。
 計画は完遂された。
 グランドクロスのエネルギーは――すべて、ネグザルツの光核(コア)に転移されている。通常ならその莫大な量に耐えきれずに内部から崩壊するほどのエネルギーは、太陽剣を極め、パープリティアス属の限界すらをも超えたネグザルツの光核(コア)に吸収されていく。
 変容(メタモルフォーゼ)は、内側から起こった。
 ネグザルツの光核(コア)が光をいや増し、その輝きを増していく。機首から、尾部から、破断箇所から、全身から凄まじい熱と光を放ち、ネグザルツは次第にその輪郭を失っていった。溶けるように溶融していくその姿は――新たなる星(ノーヴァ)の誕生(はじまり)。
『これでいい』
 その思考域が完全に消滅する寸前、レーヴァテインはもう一度繰り返した。
 未練も、後悔も、もはやない。
 なぜなら、次の世代のための盤石なる根(Next the Roots)が、この宇宙にしっかりと根を下ろしたのを見たから。
 根の先には幹が、枝が、そして花が咲くだろう。そして花はまた種を遺し、新たな根を伸ばすだろう。
 ならば自分は、その礎となろう。新たな種が根を下ろす、大地となろう。
 それが――レーヴァテインの、最期の思考だった。
・エピローグ
 かつて、この宇宙の彼方にて、熾烈な争いがあった。
 それは相容れぬ光と闇……雌雄を決する戦いではあったが、
 闇の世界から流れ着いた赤子が、太陽の剣を手にしたことで
 やがては全ての存在を巻き込む、頂上決戦へと昇華していく。
 覇王の力、「ノーヴァ」の光。
 物語は、ここから始まる。
・レインディアの幻影
 ついにたどり着いた。超重力圏「奈落(アビス)」の奥底。そして、母レーヴァテインの潜む場所。
 ここですべてが分かる。母の突然の反逆の理由も、この名と太陽剣を授けられた意味も。
 ねじ曲がり歪んだ重力圏の中では、もはや通常の機体には存在すら許されない。ここは選ばれた者だけが――招かれた者だけが足を踏み入れることができる場所。
 もう引き返すことはできない。そうする必要もない。ただ、前進するのみ。
 ネグザルツを駆動(うご)かしているのは、もはやその衝動のみだった。あらゆる方向の混在する異空間の中、ネグザルツはその衝動のみを持って進んでいく。
 ――だから、それ(・・)を認識したときも、それ(・・)が物理的実存を伴ったものではないことが分かっていた。
 それ(・・)は、兄の姿をしていた。
『ネグザルツ』
 その声は、感覚機(センサー)ではなく竜骨(スパイン)に直接響いた。
『母上が貴様を……待っておられる』
 
 再度進行方向を走査(スキャン)。そこにはなにもない。しかし、ネグザルツはその結果に満足を覚えた。
 前に進む。迷いなく。
 時間も距離も意味を成さない異空間の、その奥に――最後の敵が待ち構えていた。
・ネグザルツvsレーヴァテイン
 渾身の一刀。
 極限まで冴え渡ったネグザルツの「一之太刀(ヒトツノタチ)」が、レイヴァースの巨躯を袈裟に断ち割った。
 今まさにネグザルツを消し去らんと発射寸前だった主砲のエネルギーが開裂部から漏れ出し、やがて爆ぜる。
 その爆光が、反転する。凝縮する。
 巨大なエネルギーの爆発は、拡散するかに見えて真円を描く光球となった。
 それと同時に属性反転した等量のエネルギーが発生する。光と闇が重なる超大型術式「皆既日蝕(トータル・エクリプス)」。
 その術式の目的は、孔を開けることにある。
 光を飲み込み時空すら歪める重力の井戸の底に、さらに大きな孔が開く。
 その孔の向こうから、凄まじい存在感が――そしてあまりにも懐かしい存在感が、現出(マテリアライズ)する。
『ここはあなたの世界。あなたが生まれた世界です』
 時空を、そして自身の存在すら揺るがせるほどの強大な存在。その聲(こえ)。
 
『無限に続く「光」と「闇」の攻防の果て……』
 ただ巨大な存在感と光の塊にしか知覚できなかったそれは、徐々に物質的存在として空間内に安定していく。
 最初に見えたのは、パープリティアス属の――それらを統べる者たる証である、真紅の光核(コア)。
 見まごうはずもない、一対の腕部、一対の脚部を備えた特異な形態。
『ついに、時が満ちたのです』
 機体各所を鎧うのは、分厚い術式装甲。――太陽神(マスター)・ラーの伴星たる巨星、レーヴァテインの本来の姿だった。
『輝かせてみなさい、この「世界」の全てを』
 ネグザルツは迷いなく太陽剣を抜刀(アクティベート)。太陽剣以外にこの戦いに抗する術はない。
 大上段(アヘッド)に構えた太陽剣を振り下ろす。しかし、その一刀がレーヴァテインに届くかに見えた接触の瞬間、太陽剣のエネルギーが装甲表面を流れるように分散し、レーヴァテインの機体の末端から残滓となって飛び散った。――対・太陽剣術式装甲。
 太陽剣が接触した瞬間、そのエネルギーを装甲表面に刻印された術式によって瞬間的に分散させ、ほとんど無効化してしまう。
 太陽剣をネグザルツに授けた巨星は、いまや太陽剣の天敵となっているのだ。
 剣を振り抜いた直後の硬直から次の行動に移るまでの数瞬で、レーヴァテインは遅滞弾での弾幕を張っていた。レーヴァテインに比較して大幅に小型であるネグザルツが勝っているのは小回りの効く機動性だが、レーヴァテインはそれを初手で潰す策に出た。あえて弾速の遅い遅滞弾を広範囲にばらまくことでネグザルツの機動(マニューバ)を制限し、さらに粒子弾での反撃を防御する。網であり盾である遅滞弾の弾幕の隙間をネグザルツが演算する時間は、レーヴァテインにとって次の攻撃を仕掛けるに十分すぎる時間だった。
 遅滞弾をくぐり抜けたときには、すでに眼前に両腕部からの追尾光弾が迫っている。瞬く間に全方位を囲まれたネグザルツは、瞬間の判断で拡散太陽剣を発動。全方向から迫ってきた追尾光弾を弾き飛ばした――その瞬間を狙って、避けようもない一撃が加えられた。
 その巨体を質量弾と化した一撃。レーヴァテインの脚部先端がネグザルツの装甲にめり込む。かろうじて身を躱し機肺(ラング)への直撃は避けた。間合いを取ることで自己再生の時間を稼ごうとしたが、それもレーヴァテインには先読み(カウンター・リード)されていた。
 ネグザルツが引いた瞬間、レーヴァテインも同じだけ踏み込んできた。その装甲表面の術式に光が――否、闇の如き漆黒のエネルギーが疾(はし)り、その中から光り輝く切っ先がほとばしる。
 闇の力と光の力の併用。術式装甲を利用して太陽剣の発生位置を移動させ、あらゆる方向から斬り込んでくる、レーヴァテインのみが遣える太刀筋である。
 受ければ致命的なダメージは確実、しかしその太刀筋は読み切れない。
 ネグザルツに太陽剣を授けたレーヴァテインの剣の業は、ネグザルツの数段上と見て間違いない。
 しかし――ネグザルツの苦戦は、単なる性能(スペック)の差から来るものではない。
 剣が重い。
 母を目にして、剣を交えてなお、母に剣を向けることへのためらいが、ネグザルツの剣を重くしていた。
 振り下ろす剣が、中途で緩んでいた。
 激しい戦いの中でネグザルツがそれを自覚したとき――その自覚が、ネグザルツの思考域に致命的なタイミングで致命的な隙(ブランク)を生じさせた。
 その隙(ブランク)に吸い寄せられるように、レーヴァテインの抜き放った太陽剣がなんの抵抗もなくネグザルツの二次装甲、そして一次装甲を貫通し――竜骨(スパイン)にまで達した。竜骨(スパイン)への直接的なダメージは、自己再生能力では修復不可能。そのまま機能停止、つまり確実な死につながる。
 ネグザルツの思考域が、末端から急速に意味消失し始めた。思考の空白という形の死が、もうすぐそこまで迫っている――そのことをネグザルツの認識は、すでに正しく認識できていない。
 代わりに、はっきりと認識できたことがあった。
 思考中枢たる竜骨(スパイン)に直接食い込んだ太陽剣から流れ込んでくるのは、大量の情報――違う、圧縮された術式?
 押し留めるまもなく流し込まれた術式が、ネグザルツの消失仕掛けていた思考域を強制的に満たしていく。
 ただの術式ではない。思考域がエラーに満たされる。まるで、自身が急速に、なにか別の存在に書き換えられるかのような異常な違和感。
 その、違和感の中に。
 なぜか、一欠片の納得があった。
 これが、これこそがすべての答えだという、納得があった。
 レーヴァテインの太陽剣が食い込んだ竜骨(スパイン)から、神経網が急速に伸びていく。一見無作為(ランダム)に伸びていくかに見えたその神経網は、曼荼羅(マンダラ)を思わせる複雑な文様を描いていく。
 ネグザルツは、そしてレーヴァテインは、その存在自体を急激に変質させつつあった。
 そして、両者のエネルギーは同時に臨界点に達し――溶け合うようにして、爆光の中に消えていった。
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