僕の心は泡模様だ。僕の心は泡のように脆く、縦にも横にも伸びない。
ところで、さっきから胸の痛みが落ち着かないなあ。さっきからって、いやもっと前からだったような気がする。胸が締め付けられるようなズキズキとする痛みに耐えかね、髪の間の皮膚を必死に上下に掻いた。がりがりと削るとフケが次々に出てくる。毎日お風呂に入っているのに。
「臭くない?」
ドギマギしちゃって大分落ち着かない様子だったと思うけど、頑張って澪≪みお≫に聞いてみた。
「ううん。だいじょぶ。そんなことないよー!」
そう言われて、胸の痛みが一瞬柔らかくなった。いつも僕をこの無限の痛みから助けてくれるのは、僕の目の前でいつも優しく笑ってくれた澪だ。学生の時に付き合ったんだけど、この笑顔は未だに飽きない。飽きるどころか、最大級の好きを着実に更新し続けるスパープレイヤーなんだ。
脳裏にあの日の記憶が思い出される。最大級の好きの記録、その最初のスタートだ。
「もしも、、この世界が誰かの決めたシナリオ通りに動いてたらどうなると思う?」
「んー、どうなるって、どうなるの?」
「運命って言葉が無くなるの!びっくりだよね。」
「運命?」
「そう!運命。」
セミの声がうるさくなったり、バッタが跳ねたり、殿様トンボが肩に止まったり、そういう季節になったころ、澪が奇妙なことを言った。それまでは友達だった澪が初めての彼女になったあの日、僕らは運命の話をしていた。
「そもそも運命って何?」
「難しいけど、運命って、」
運命って、そう言った後に、何か言ってたんだけど、なんだったかな。
「じゃあ今日は何する?どこか行く?」
「あ、そうだね!どっかいこ!」
返事が遅れるのが嫌で慌てて同意した。まるでメッセージの既読の争いみたい。僕はあれをすることの意味が全く分かんないんだ。だって澪はすぐに返信してくれるし、だったら僕もそうするべき。なのに、ネットでは、すぐに返事をしたり既読を付けない方がいいよみたいに言ってる。
好きって言うなら、全力で返事をするべきじゃないのかな。
「あ。でもでも、無理しなくていいよ。ほんとうに大丈夫だから。辛かったら休んでね。」
「まだいつもよりかはマシなほうだから、全然大丈夫だよ。」
もしかして、考える時間が必要なのかな。全力でいい返事をしたいから、いい返事にできるように考えるってことか。そう考えたら、こうやって目の前で話す、今の僕となんにも変わんないじゃん。
あれ。なんかすごく疲れたな。辛いな。
深呼吸、深呼吸。
ダメだ、痛い。怖い。痛い、怖い。痛い。怖い。いたい。
「痛い。」
「運命って、あれ?心太?」
ああ、そっか。分かった。僕はあの時、答えを聞けなかったんだ。意識が遠くなっていく、ぐるぐると螺旋だけが視界に広がった。僕の世界は生まれたときから、時々こんな風に螺旋が混じる。泡のように一瞬で無くなって、今度は螺旋を描く。
僕の心は弱い。縦にも横にも伸びない、僕の心は泡模様。
「起きた?よかった・・・・・・。」
「あれ?ごめん、寝ちゃって、た?」
「寝るっていうか、意識失ったみたいな感じにさ、急に倒れちゃったからびっくりした。」
「そうだったんだ。ごめん、ほんとごめん。ずっと体弱くて、早く治していっぱい色んなところ行きたい。」
「大丈夫だよ、私はいつまでも待つから。」
「夢みたいだなー・・・・・・。」
ぼっと上を見て、その顔を見つめる。目と鼻も耳もやっぱり大好きだし、すごく落ち着く。目を閉じれば螺旋状の世界が広がって、何にもきれいじゃない、おっかない世界に飛ばされるのにさ、どうしてこんなにきれいなんだろう、世界って。
「ど、どうしたのいきなり!すごい照れる、」
「ごめん、でも落ち着く。」
「夢の中じゃ、誰も迎えに来てくれないから。ずっと独りぼっちで、寝るのが怖い。澪がいなくなるのが怖い、どこかに飛ばされるのが怖い。」
ああああ、ダメだ、また泣いちゃう。自分勝手に泣いちゃう。泡がまた一つ割れる。どうしよう、怖い。
「じゃあ。ずっとずっとそばにいよう。目の奥でもずっとずっと一緒。世界のどこにいても。私もそう思うから、心太もそう思って!」
少しだけ頬を紅く染めながら、精一杯ふりしぼったような声で澪が僕に言ってくれた。僕は強い安心感に抱かれたまま、またあのトンボを思い出す。夕日がいつまでも寄り添ってくれる、そのあったかさも。
「運命ってさ。多分。僕らが作るシナリオだよ。」
びっくりしたように君が目を見開いて、また笑った。
今日も大好きを、これで更新。