「本当ですか!ディホールさんがステージに来られるなんて夢のようです・・・・・・。」
夢みたいなことって本当に突然起こるものなんだな。まあ今こうして会話している事がまず夢のようなんだけど。ああ、馴染むのも突然だ。
「いやお父さんは無理でしょ。だってその体をどうやって劇場まで運ぶの?無理してほしくないよ俺は。」
「フリアンの気持ちもわかる。正直今の自分の体がどれほど悪いかも、これからどうなっていくのかも、俺自身がいまいち理解できていないくらいの状態だ。でもそれでも見たい、見なきゃいけない。」
「ウィートンさんのことです?」
ジョンケさんは二人の関係を知った口か。ウィートンさんとディホールさんがどれほどの関係性だったのかは、やっぱりジョンケさんクラスにならなければ分からないということだろう。
二人のことだ。それはそれはとんでもないストーリーが積まってるのが想像できるぞ・・・・・・。
「ウィートンのことは別にどうでもいいよ。ウィートンと作った最後の作品とか言われてるけど、本当は俺ほとんどなんもやってないしね。作品に対する思いや関係性とか深いものは特にない。ただ死ぬ前にもう一回くらいは、あの劇場の椅子に座りたいとそれだけのこと。頼む、行かせてくれないか、フリアン。」
いやいや嘘だろ?ウィートンさんとの関係値を探れると思ったのに全然無いっぽいんだが!ディホールさんがどうでもいいと言う場所にこそ最もどうでもよくない情報がある。
もっと知りたい。二人はなぜ永遠にライバルと言われるようになったのかも、そもそも最初の出会いはどんな場所なのかも、とにかくいっぱい気になる。教えて欲しいものが星の数ほどたくさんある。
本当が分からないから、昔から勝手な想像ばかりを展開してきた。あんなに憧れてきた二人にここまで苦労してやっと出会えたのに、ついに知らなかった本当の姿、エピソードを頭に記憶できるかとウキウキしてきたのに。俺にはどうしても、知る由も権利もないのだろうか。
「じゃあ来てくださるということですね?」
「ああ。もちろん行くよ。アントワーヌ君の演技を楽しみにしているね。」
「分かりました!精一杯頑張ります!」
「あああ、本当にいい人生だよ。フリアン、俺はお前を最高の息子だと思ってる。いついかなる時でも、君のことが大好きだ。俺が死ぬ最後の一秒まで寄り添えとは言わないが、出来るだけでいいから、そばにいてほしい。」
「お父さん。」
ディホールさんの手の上に、フリアンさんが手をゆっくりと添えた。それから、目線を合わせるようにしながら、少しだけ膝を折って話を聞きこむ体勢になった。
「フリアンの音楽は俺に勇気をくれた。世界に一人しかない俺の息子の音楽、そうやって思うといっつも胸が熱くなるんだ。ギターを持ったフリアンは俺の宝物であるし、出来るならばずっと見ていたい。ただそれが叶わないというのも、なんともまた美しい芸術だ。」
「期待は常に自分の遥か上を行く。期待が一人歩きをして上に行くから、自分もそれと同じみたいに動かなきゃいけない。でもそれじゃあ、いつ自分が期待を超えれたのかすら、まともに判断できない。そうじゃなく、「自分は今日こんなことを出来た」って、そう思うだけで十分なんだ。ほかの誰かにわかった気で作られる期待なんかより、自分を分かってあげられる期待の上を行きなさい。」
「わかったよ、わかった。だけど・・・・・・。お父さんに迷惑をかけてる事実は変わんない。」
フリアンさんは立ち上がればすぐに下を向いてしまった。茶色のツルツルとした床を見ているばかりで、目は前髪で隠れて顔の表情ももう一切見えない。ただただ、フリアンさんから聞こえてくるのは、そのうごめくような小さい声の一つだけだった。
「だって俺は才能がない。誰もが俺の音楽には中指を立ててきた。誰も足を止めてくれない音楽に価値なんてない。父親のあんたの顔に、俺は堂々と泥を塗った・・・・・・。」
「いやそうじゃない。」
「何が違うの?そうでしょ、お父さん。」
「どうしても何も、お前にはまだ続きがある。生きていくって毎日同じことじゃないんだ。今日、足を止めてくれる人がいなかったから、明日はまたここを直して、こうやって足を止めてもらおうとか考えるんだろう。生きるとは同じ事象ではないこと。また、それが毎日だ。」
(今日もダメだった。俺の音楽なんてどうせ誰も聞いてくれるわけもないか。やっぱり才能がないんだ俺には。どうして音楽とか絶対に無理なこと始めたんだろ。)
(一生このまんまか。)
「明日にでもパリで一番売れてるギターになれ。それが出来るのが生きてるってことだ!俺は劇場に行く、生きてるんだからな。」
大人も俺たちとまったく同じことを考えて悩んでた。そんなの当たり前だ。だって同じ人間なんだから。同じくらい傷つくし、同じくらい生きづらい。鼻水を吸い上げる音が病室に響きわたって、もう一度フリアンさんの顔を見ると、やっぱり涙があふれていた。
「生きるのは楽しいぞ、フリアン。自分に最大限期待して生きるのはもっと楽しいぞ。明日も、頑張ろうな。ずっと大好きだ。」
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