「ガブリエルさん、、今日も元気だね。」
「そりゃそうさ!パリ自慢のラッパ吹きだからね、一日とも欠かすことはできないよ!」
「は、はあ。」
毎日吹くのはいいけど、なんでド早朝の住宅街で吹くかね、、やっぱり俺にはその感覚がまったくわからない。
ただ歩くことはつまらないから、こうして特に考えなくてもいいようなろくでもない考え事をしながら学校へ向かうのが俺の今の日課だ。フリアンさんに初めて出会ったあの日までの自分は心の引き出しの中にしまい込むことで、香水をかけたりは絶対にしなくなった。
その先にあったのは平凡で、退屈になった登校の道に花が咲くことはない。音楽が波になって俺の道を彩ったあの時と違って、今の俺の道にいるのはへとへとになるまで働くサラリーマンの姿だ。
ため息をついて駅に入っていく背中がドミノみたいに重なって見えた。俺もその列の最後尾にぴったりくっつく。そうするとより一層体に重りがのしかかってくるのを感じた。
今もしもあのずっと前にいる背中が後ろに倒れでもすれば、みんなそれを止めるのか。
それともこの体の重みに流されるまま、倒れていくのか。
俺だったら今この瞬間に倒れた前の背中を押さえようとはしない。というかできないだろう。前から大人の背が思いっきり倒れてきたら耐える間もなく潰されてしまうにきまってる。
ありえもしないことを考えていれば結論がすぐやってきてしまうのは何故なのか。永遠に解けそうもない問題を他の人があっさり答えられてしまうようなあの孤独感とやるせなさにもよく似ている。
どれだけ頑張っても答えが出ない日常をとっとと抜け出したいから、誰か俺をいっそのこと潰してほしいなんて思う。
ステージに立とうとする俺と、学校に行こうとする俺とではここまで変わってくるのが恐ろしい。
列に続いて前へ前へと進んでいくと、やっと少しだけ開けた広い場所にくることが出来た。いつも乗っている電車はすぐそこに来ている。早歩きでホームに向かおうとしたその時だった。
放置されたままの人形みたいにずっと表情を変えずに固まったままのサラリーマンが構内の床に座っていた。
思わず足を止めて俺はその姿を数秒間見つめてしまった。後ろの列に追い越されたのに気づいて自然と体はドミノの外側にでっぱっていた。
ドミノだ。この列は大人も学生も混ざり合うドミノ。色違いはあってもみんな同じように並べられるドミノなのに、ドミノにこの列が遠い理由はきっと前を歩く人が倒れようとしないからだ。
手で揃えて綺麗に倒すドミノとこの列ではそこが違うんだ。ガブリエルさんやフリアンさんが街角で演奏するのを、朝にやるというだけでどうして誰も足を止めないのか。
それは多分誰も止まろうとして止まることができないから。
一番前の人が倒れてきてもやっぱり人は潰れることをただ黙って待つことはできないのだ。押しつぶされてそのまま流されてはならないのが大人、それか社会とも言えるのかもしれない。
広い場所に一人で座るあの人も本当についさっきまではあの流れの中に存在していたのだろう。
絶対に倒れることがないドミノに今日も乗り込んで、憂鬱な気分がまとわりつく電車の中。俺はただひたすらあの人のことを思い返していた。
学校が始まる時間だ。俺にはずっと前に振られた好きな人がいる。そのせいでとても気まずい地獄の場所になっている。
必死の思いでステージに立とうとする俺とあの流れの中で必死に戦う俺はどっちも同じだったんだ。大人になるってことは気付きと経験が大事だと思った。
大人になるから、もう勘違いはしないから。俺が泣き出して押しつぶされる前にまた振り向いてくれたりして欲しいな・・・・・・・
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