アントワーヌにとってもっとも過酷な日々が幕を開ける。
演技の練習をする前に、まずは体力づくりをするように言われた。長時間ステージに立つんだ、これくらいは当たり前。
だけれども、想像をしてもいなかったことがもうここで起きてしまった。軽いランニングかちょっとした筋トレくらいだと思っていたが、予想を遥かに超えるハードメニューがくまれていた。
まずは早朝5時からの長距離ランニング。そこから地獄の数時間筋トレ。腹筋も背筋もなにもかもやった。
事務所にトレーニングルームがあったのはこういう理由だったんだと今やっと理解をした。
夜からようやく本格的な演技の練習。3時間ほど声を出して、動いて、ぶっ通しだ。平日はいつもの学校、休日はいつもの地獄。
休める時間がどんどん減っていくのを感じて、だんだんと怖くもなってくる。でもそれでもやらなければいけない。ここでやめれば確実に勝てないと、そう思える理由があのオーディションにあったからだ。
「そういえばエントリー締め切りされたんでしたよね!あのステージのオーディションってどんな人が出るんですか?」
先日いよいよ締め切りがされたオーディションの、エントリーについての情報をアントワーヌはなんとなくマネージャーに聞く。名前が次次に呼ばれいく、少し聞いたことがあるような名前の役者などもいたが、たった1人その名前を聞いた時にアントワーヌの表情がこれまで以上にがらっと変わった。
「マルクリー・ラザールさん。」
「え、今なんて・・・・・・・。」
アントワーヌが目を丸にして確認をとるが、やはり聞き間違いではないようだった。
「マルクリー・ラザールさんです。ご存じですか?」
「はい。彼は俺がここの試験を受けた時に一緒に集団面接をしたうちの1人ですから。」
マルクリー・ラザール。アントワーヌは、彼こそが1番のライバルとそう思っていた。あの面接で合格を出されたのは、たった2人だ。それがアントワーヌ、ラザールだ。アントワーヌの演技を馬鹿にした他の受験者とは違い、彼だけはアントワーヌのことを最後まで笑わなかった。
面接官は言った、「信念を捨てるな、心を捨てるな。」と。ダメだとあきらめかけていたアントワーヌ、反対に自分を信じ続けて合格をしてみせたラザール。どっちが優秀か、ステージに立てる人材かははっきりしていた。
同じ「合格」にも、天と地ほどの差があるということ。
「自分の心を捨てるな、そう言われたんです。ラザールさんは必ず合格を勝ち取れると絶対的に自分を信じていると思います。独学かもわからないですが、彼が1番侮れない相手だと思います。」
「そういうことでしたか。彼は同じ事務所ですしね。負けてはられないでしょう。」
ここまで完璧な人が今度はライバルとして立ち塞がる。これを知っただけで今までやってきたことの全てが無駄だったような気さえしてきてしまう。
でも負けられないものがある。負けないものがある。心強い味方もいるし、すぐそばになりたい姿がある。負けるわけがない。
大丈夫、大丈夫。
努力の日々が頭にフラッシュバックのように蘇ってくると、さらに緊張が早まってきてどうしようもない。
オーディションがついに始まろうとしていた。