所の尋問を担当した者は、公安部のエースと呼ばれる存在であった。宇宙人のスパイ疑惑がある者の尋問であるから当然の事であろう。容貌は取り立てて美形というわけでもない。普段は一般人として紛れて生活する者であるためか、普通というべく顔立ちである。成人男性の平均身長よりも少々低く、黒髪は適度に手入れをしているものの、所に対峙した時のメガネの奥に潜む眼光鋭く、嘘を見抜く観察眼はずば抜けていると評価が高い。既婚者で子供がおり、一般市民の日常を脅かす存在への敵愾心も高い。上役の信頼に値する男である。その彼が部下を引き連れて尋問を終え、EDFの廊下を歩いていると声を掛ける者がいた。
 「おーい、流王(るおう)~」
 EDF所属の二会敷少将であった。彼を見やるやいなや、公安部はーー彼個人の名前を伝えねば分かりづらいであろう、名は流王と言ったーーぎょっとした顔をする。二会敷は親し気に話しかける。公安部と地球防衛軍である。業務上において関りが少ないであろうが、二会敷はひたすらに親しげである。手を挙げ、ひらひらと揺らすのは旧知の仲であろうと思われた。流王は青ざめている。
 「に、二会敷少将…何か用ですか」
 「えーつれないな。子供の頃遊んだ仲じゃない」
 「そんな昔の事を言われてもですねえ…!」
 公安部のエースは声を荒げかけたが、部下の手前である。ぐっと飲み込むと二会敷を正面から見据えた。
 「ンン…何か御用ですか。我々とて暇ではない身です。手短に用件をお願いします」
 「え~なんか偉そうだね~。ねえねえ流王の昔の話知ってる? 名前に王が入ってるからって、王様の末裔だって言って、ずっと威張ってて」
 「待ちなさい!」
 子供の頃の話とは、勘違いや恥ずかしさに満ちているものだ。公安部とて例外ではない。流王は、二会敷はあくまで旧知の仲である中でのコミュニケーションを所望しているようだと気付き、咳ばらいをすると本題を切り出した。
 「尋問者のことを聞きたいんでしょう? ですが我々は貴方に情報を漏らすわけにはいきません。確かに身柄はEDFで確保しているとはいえ、司令にすら共有はされないでしょう」
 「そうだなーじゃあ質問を変えよう!」
 「いいですか? 我々はくだらない質問に付き合っている時間は…」
 「槍ヶ岳の極秘施設って、本当にあるの?」
 公安部は眉を顰めた。槍ヶ岳の極秘施設ーー所が、尋問の最中に何度も口にした言葉である。公安部としても彼の発言の調査をしている。この世界の槍ヶ岳には、長野県松本市にはなんの極秘施設も存在していない事が分かっているのだ。尋問の様子は本来、司令以外には共有されないはずであるが、二会敷は勝手にその内容を聞いたのだろう。だが今は、EDFのずさんさを問うている場合ではない。メガネを持ち上げ、流王は言う。
 「あり得ませんね。大戦の戦況下で作られたと彼は供述しましたが、そもそも”大戦”とは50年前の”宇宙大戦”のことでしょう? 彼の供述とは時期が合わない。80年前に人間同士が争っていたという愚かな記録は、この世界には存在しないのですから」
 「じゃあ妄言って事か。認知症とかを疑った方がいいんじゃない?」
 「既にあなた方が調査したでしょう。彼の認知機能にはなんら異常はない、むしろ知能指数は高い水準を示しているほどだ。…彼は、宇宙人と共に現れなければ、作家にでもなった方が良かったかもしれませんね」
 「ふーん。そうか。じゃあ僕が調査しても問題ないよね?」
 公安は、訝し気に眉をひそめて二会敷を見やる。
 「槍ヶ岳に登る気じゃないでしょうね、先輩。あり得ませんよ、確かに大戦時に旧自衛隊の基地は全て機能しましたが、極秘施設を作るような体力、日本政府には存在していません」
 「分からないじゃないか、本当に極秘にあったかもしれないし」
 「勝手にどうぞ。ただし、何かを見つけたのなら政府に報告するようお願いします。問題は、既にEDFの胸先三寸で収まるものではないのですから」
 メガネをもう一度持ち上げた公安に、二会敷は固い事言うね、と笑うだけだった。それから、二会敷が休日を申請したのは早かった。長野県にすぐさま向かうと、登山の準備をして向かったのだった。
 結果としては登山したものの、何の痕跡もこの世界には見つけられなかった。所が詳細に語るような痕跡はなく、念のために地質調査の道具と合わせて金属探知や、電磁波による空間調査の道具も持って行ったが…雪にまみれただけで特段役には立たなかった。何も無い。二会敷の暮らす世界には、所の言う施設はかけらほども存在しなかったのだ。当たり前のことではあるがその当然を確認し、満足すると二会敷は槍ヶ岳から見える美しい景色を堪能して山を下りるのだった。
 兼東司令に報告に向かった時、部屋で鉢合わせて内容を聞いた銅矢は目を白黒させる。
 「え? わざわざ探しに行ったんですか? 山に!?」
 「何も無かったよ~」
 「お前は…裏付け調査は公安部の仕事だろう。我々は身柄の拘束と所在を明らかにすることだけだ。調査に行けとは言っていない」
 兼東は呆れたように言う。だが二会敷は、気になってと言うだけだ。
 「だって尋問で彼は、人体実験をしてるって言ったんだ。強化人間の研究を脈々と行ってきたって…そんな施設があるなら、僕は見てみたいし行ってみたい!」
 「お前の好奇心は結構だが、所の証言は食い違いもあるし認知が歪んでいる可能性がある。今度精神鑑定が入るそうだ。奴の妄想、妄言の可能性もある」
 「それが妄想じゃなかったら?」
 二会敷は妙に確信めいたことを言う、と銅矢は思った。僅かながら彼の言葉の端々には、確証めいたものがあるのだ。銅矢は不思議に思って尋ねる。
 「なんで少将はそういうことが言えるんですか。なんか、なんか分かるんですか?」
 「ん? …んー。まあ僕の勘だよ、なんとなくあの人は嘘言ってないかなって感じ」
 「勘…」
 思ってもいない回答に銅矢は呆れたようだ。だが、二会敷に感化されたわけではないが思わずつぶやく。
 「俺も、あの人は無害だと思ってます。つーか、そうだと嬉しいってだけですけど…どう見ても人間にしか見えませんし」
 「DNA鑑定も人間だと証明している。だが、人間が宇宙人のスパイにならないという証明にはならん」
 「…それでも、所さんは無実だと思います。俺も、勘ですけど」
 「揃いも揃って勘か…」
 兼東はいよいよもって呆れたようだ。
 「もし無実を晴らしたいのなら、R星人と関係性が無いという証拠が無ければならないだろう。今のところ、尋問では一貫して無関係を口にしている。お前らが勝手に、その証拠集めをやると言うなら…」
 銅矢は目を輝かせた。
 「やっていいんですね!?」
 「やるなと言っているんだ!」
 兼東の苦労は続きそうである。
 
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