「たぶん…たぶん悪い人じゃないと思うんですよ!」
 「何故そう思う?」
 「だって、発見された時あの人。泣いてたんですよ…?」
 銅矢は兼東に事実を報告はした。だが表立って公にはされていない事実である。宇宙人の死に伴う爆発が収まった頃、その亡骸の上にぽつんと独りの人間が座り込んでいたのである。彼の両腕は切れていて無かった。鋭利な刃物で切られたかのような断面だと医療班は言っていたそうだ。宇宙人の爆発に巻き込まれたとしても、ダミー市街地に一般人がいるはずもない。それに、腕の傷は説明が付かない。頬には大きな裂傷を付け、まるで取り残されたかのように男はそこに座り込んでいたという。それを銅矢が発見し、接触した時に、彼はほたほたと涙を零していたという。
 中肉中背で、DNA検査から人間であるということは証明された。宇宙人のスパイだと疑われ、EDFに抗議の電話が入ったこともある。だが彼は無辜の人間で、宇宙人の事などとんと知らぬ人間であった。むしろ、言語はたどたどしいながらも日本語を使え、イペリットという謎の単語をしょっちゅう口にする以外は、あまりにも普通の人間であることが分かった。
 所重千加と彼は名乗った。何の反抗も抵抗もなく、判決の時を待ってEDFで拘留されている時に、あらゆる可能性をもって隔離されたが、今は解放されている。だが、彼の身元はこの世界のどこにもなく、宇宙人のスパイ疑惑を持った市民の中に放り込む訳にもいかず…そのままEDFで身元を確保されていた。
 「義手はどお~?」
 所は二会敷少将の問いに、手を挙げてみせる。指先も緻密に、ばらばらと動く精巧な義手であった。宇宙からの襲来をこなす世界であるから、この程度の技術は朝飯前だろう。もちろん、所のリハビリも必要だったが、木と機械の腕は、第二の腕として馴染んでいる。所は二会敷少将を見ると、少し顔をほころばせた。この世界に来て、友人のような存在になりつつあるからだ。 
 「あと、シゲさんかチカさん、どっちがいい?」
 「どちらでもいいんだよ」
 「僕こういうの悩むんだよね」
 その言動からこのような些細なことには悩まないような気がするが、彼は悩むという。所と彼がEDFで出会ってから日が経つが、まだ呼び名は決まらないらしい。
 「じゃあシゲさんにしようかな」
 「好きなように呼んでくれればいいさ。それより、また新しい実験の手伝いかな」
 「そうそう。今度は百目B星人に効く兵器なんだけど、閃光弾みたいなものでね」
 「失明の危険性は?」
 「結構リスクが高そうなんだ」
 その実験を自分で経験する二会敷は、けろっとして答える。あの研究所の施設が用意されているのなら、所は治す自信があるのにと思った。その提案も、二会敷にはしたが。
 「臓器のスペアの用意は…どう?」
 「まぁEDFではちょっとねー。それ相応の法律も整備されてないし。僕は、シゲさんの案は合理的だし使える案だと思ってるよ?」
 所の案は人道的には承認されぬようである。つまり、ここ、日本は平和なのだろうと所は思った。だから人道、また倫理に問題がある医療行為は認知されない。許されるのなら、自分の細胞から培養した自分の腕をくっ付ける自信があるのに、所には許されたのは技術を形にする頭脳だけだった。だから義手である。この世界の理に従った結果が義手なのだ。
 「心配してくれたんでしょ?」
 二会敷は人懐っこい顔でそう言った。所はもちろんと頷く。
 「いつか君の役に立てるよう頑張るよ」
 「ハハハ、前回のガス実験の時には処置してくれたじゃない。僕初めて見たよ、苦しんで暴れ回る僕に、すごく冷静な目を向けた人は」
 いつぞやの銅矢も見たような実験が行われていたようである。所も立ち会ったが、メモを渡すスピードも二会敷を押さえるのも、年齢の割に誰よりも早かった。褒められた所は苦笑いを浮かべている。
 「シゲさんって動じないタイプなんだねぇ」
 「はは、いや……鍛えられたから」
 「鍛えられた?」
 二会敷は不思議そうに言った。
 「はは、片目が潰れたり、腕が取れたり、中のものを取り出そうとしてを胃を切ったり…それでいて、それらの結果を、合理性でなんでもない事として片付けた人がいたんだ」
 そこで、二会敷は少しだけ真顔になる。所は”その人”について語る時に、元いた別世界であろう話よりも色が濃く、思い出が桁違いのように見えるのだ。義手を作り、所を人体実験部隊に引き入れたのは、二会敷である。所に垣間見える度胸と、何よりかなり豊富な知識量。それらは目新しく、二会敷をわくわくとさせた。だが”その人”は、所の中心辺りにすでに形成されているらしい。二会敷は尋ねる。
 「その人って恩師?」
 「いや違うよ」
 「じゃあ同僚とか後輩」
 「違うんだ」
 「先輩とか尊敬する人?」
 「それも違っていて……はは」
 所は”その人”を思い出している時に、頬に出来た裂傷の跡を撫でる。銅矢がその出血量に動揺していたほどの傷で、今は色の変わった皮膚片が張り付いて同化しているのだが、その部分を必ず撫でるのだ。裂傷にしては、少々焼けたような箇所もある。
 「悪魔と呼ぶべき人だよ」
 「急に非科学的だね、シゲさん、そういうの信じるタイプなんだ」
 「それが実際にいたんだ。でも、」
 デルウハは。
 「美しい夢を見せてくれた悪魔だった」
 デルウハを思い出す所の口調はとても穏やかで、ダイナマイトを口に突っ込まれたことに何の問題も無いようだ。その破片によって出来た傷を頬に残し、今の所は、何故か違う日本がある世界に飛び込んでしまったらしい。最初は神の悪戯だと思った。デルウハに始末される職員らを置いて自分だけ生き残ってしまったと、思ったのだ。だから銅矢に気付かずに、泣き崩れた。だが次第に、自分が特殊であると判明すると、生きなければならないと思った。デルウハに切られた手を再生させ、なんとか何かの役に立とうとした。その結果が、二会敷少将との距離感をずいぶんと縮めることになったのだ。感謝をしている。だから恩返しに、色々と所は動いている。そんな所を二会敷はかなり気に入っているようである。
 「ねぇシゲさん」
 「どうかしたかい?」
 ”その人”の話をしたからか、見えない影が所にまとわりついている気がした。しかしそれを除けば、年齢のわりに驕らない所を、二会敷はいたく気に入っている。
 「煙草吸ってる時に思い出すのって、その人?」
 「色々かな。元気でいるのかなって考える人もいるよ」
 だが所は”その人”ーーデルウハはうまく死ねたのだろうかとよく考えていた。果たして彼は、望み通りに三食食べられているのだろうか。心配は無用であることは百も承知だが、心の中でつい思い出してしまう。なにせ八年、孤独の八年を彼は淡々と暮らしているのだろうから。それに比べ、今自分さ人に囲まれ金を得て、愛する酒や煙草に囲まれていることが、申し訳なくなるほど恵まれている。死んだらデルウハがいる世界に戻れるのかなぁ、なんて思う事もある。
 「ふーん。でもそれはウソだね」
 二会敷は、そんな所の考えを見透かしたように言う。
 「嘘じゃないよ」
 「でも真っ先に出てくるんでしょ?”その人”」
 それは図星である。所は黙る。二会敷は書類を捲りながら、わざとそちらに集中するようにしながら、所に言った。
 「居もしない人に、負けるのは癪なんだね。一つ覚えたよ」
 「あの、二会敷さん」
 「くんでいいよ」
 「二会敷くん。…きっと役に立つから、居場所を与えてもらえると嬉しいんだ。私は、研究職以外はからっきしだから…君と離れると、ここでの立場は少し不安で」
 「だーいじょうぶだよ。じゃ、次の実験でよろしくね、シゲさん」
 二会敷はそう言ってニコッと笑うと、所の義手に握手を求めてきた。所もその手を握りしめる。今は彼が頼りである。
 自分は何の取り柄もないちっぽけな人間だが、生きるしかないのだ。この頬の傷と両手はきっと、彼らを忘れぬ為に残された業である。それならばこの世界で誰かを救って、少しでも生きた意味や証を残したい。所はハントレスの子供達を思い出した。誰かから認められたかった彼女たちの心境が、今は痛い程に染みている。もう一度会えたら、怒られるだろうけど抱きしめておきたいな。そんな荒唐無稽なことを考えていると、兼東司令に呼ばれていると銅矢が探しに来てくれたようだ。
 「調子どッスか」
 発見者の彼は、真っ先に所への疑いを持たなかった人物である。よく言えば純粋、悪く言えば間抜けだ。だがその情緒は安定して、無謀な若者らしさは眩しい。
 「ありがとう。君が見付けてくれたおかげで、義手も得たし、もうこの通りだよ」
 「頬の傷、痛そうっスけど…」
 「いいんだ。これは私の証だから」
 所とそんな会話をしている間に、兼東司令の待つ部屋に辿り着く。じゃ!と銅矢が案内を終えて去った。さてどう立ち回ろう、若い女性の司令官を前にしながら、所は次の言葉を待つのであった。  
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