・袋の者パート続き
もしかしたら、この何もかもが歪んでしまった世界の中であの青年だけがここ以外の場所を知っているのかも知れない。あの青年が向かっている神経塔の中には、なにがあるんだろう。ここと同じように、身も心も歪んだ人々や怪物でひしめいているんだろうか。それとも、こことはまったく違う世界が広がっているんだろうか。
――もしかしてそこには、父さんもいるんだろうか。
頭の中によぎったその考えを、私は必死に振り払う。
そんな事を考えてはいけない。それは求めてはいけない。それだけはだめ。
だめだ。私はもう、誰でもないんだから。それを求めることはしてはいけない。
私はもうどこにもいないんだから。
どこにもいては、いけないんだから。
・過去パート(時間軸はバロシンくらい?)
男、女、老人、子ども。
街の雑踏の中には無数の人々がいる。その中を、ひとりの少女が身を低くして足早に歩いている。
道行く人々はその小柄な人影が少女であることには気づかないだろう。彼女は目深にパーカーのフードを被り、マスクを着けてその顔を隠しているからだ。
少女の風体は街の中ではどうということもない普通の格好だ。誰も彼女に注意を払うものはいない。無関心の濁流の中を、少女は必死にかき分けていく。
「はあ、はあ、はあっ……」
少女の呼吸は荒い。足早に歩いているせいだけではない。彼女にとって、今の自分は宇宙服を着て空気のない宇宙空間でもがいているようなものだ。
パーカーのフードの中では顔を見られないように長く垂らした前髪の向こうの両目が忙しなく左右に揺れて、生白い手がパーカーの胸のあたりをぎゅうっと掴んでいる。ヘッドホンで覆われた両耳の奥では、心臓の音が不自然に大きく反響している。
怖い。自分を見られるのか怖い。他人の視線が怖い。自分に向けられる声が怖い。
この都会では、彼女は人々が作る雑踏の中の点のひとつでしかない。だれも彼女に注意を払うものはいない。しかし、彼女にとってはそうではない。
道路を走るバスのエンジン音に両肩が跳ね、足元がふらつく。