研究所に近付く、三叉足のイペリットが増えていた。肉に生える蛆の如き、死肉を求めてこちらに襲来していると思われた。イペリット討伐により死肉のにおいが土地に沁みついているのか、雪で紛れていたものが何かの拍子で表に出たのか。原因は不明だが、このまま放置しているといずれ研究所の領域に踏み荒らされてしまう。三叉足は動きが早いため少々砲撃が当てにくい。気を抜けば必ず外れるほどに、図体の横幅がある代わりに過敏に空気の動きを感じ取っている。それは猫の髭のような手足のおかげなのか、まだサンプルが少ないからこそ分からぬ点は多いが、今までの死体から仮説は立てる事は十分できた。
その成果をもとに、デルウハが作戦を展開したところで所長は青ざめながら尋ねる。
「くのえも遠征に連れて行くのですか」
「引き離してもいいが、人手が足らん。…言動には注意する。いざとなったら」
デルウハが手を掛けるという事か。所長は想像をすると、己に銃口が向けられてるかのように目にぎゅっと噤んだ。
「しかし、ハントレスからくのえを離した方がいいのでは」
「不自然だ。結果としてよみは認め始めてる。まだ遠いのはむつか、にこくらいか。他の面々はとっくに心を許してるからな。今更別行動って話は怪しまれる」
「そうですね…」
くのえというのは、ハンターとして供出された子供の名前である。デルウハの子供だ。他でもないデルウハの講義により、人を殺す術を学んだがまさかそれを悪用し、ハントレスを一度皆殺しにしてしまった。赤子の時分からくのえを見ていたハントレスとの距離感はこれまで密であったが、今は事件のせいでぎくしゃくとし始めて居る。だが許されるのは時間の問題だろう。くのえ本人に皆殺しの記憶は無い、デルウハが殺めて消してしまったからだ。その代わりにくのえにはハントレスに謝罪させ、許しを得ている。だから完全に決別はしていない。むしろ保護者のような立ち位置のみちや、いちこはより強固にくのえに心寄せている気さえした。くのえを許す事で己の神秘性を、まるで母性のような繊細な感情を増幅させ、その為に満ち足りているかのように。あの二人から引き剥がすのは容易ではない。
「くのえには働いてもらう」
「でも、まだイペリットの殺し方は」
「もう十分だ。遊ばなきゃ、もう知ってる。ただ遊ぶからなあいつ…」
「そうですね、まだ遊び足りないんでしょうか。男の子は、やんちゃですから」
ハントレスが少女達なのは偶然なのか意図的なのか、血気盛んな男よりも女の方が扱いやすかったのか。デルウハは疑問は浮かんだものの、あえて尋ねはしなかった。兵士の選別に性差を持ち込むのはまあ自然な事である。兵士は身を張り、守るべきものを守らねばならぬのだ。だが七歳の男には、まだ使命感や正義感は薄いのかもしれない。デルウハはため息を吐く。
「やんちゃで片付けてもらっちゃ困るんだがな」
「すみません、そうですね。記憶消去の薬ですが、現在製造は進んでおりますので」
「それこそ急げよ。くのえが殺人マシーンになる前にな」
「お、驚かさないでください…全力は尽くしてもらってますから」
「二度も俺の手を汚させるなよ」
結構数えきれないほどに汚れてる気もしますが…という言葉が心の中に反響した。口に出してはならぬと咄嗟に本能が判断したのである。だがデルウハにとってくのえの殺人は、汚れ仕事なのだ。その認識が聞けたことで、所長は大変に不快安堵が身を包んだ。子供に情があるのだと、デルウハも人間なのだと分かったからである。所長は何故かその時、ほほえんだ。すると、デルウハが怪訝な顔をする。
「なんだ」
「あ、いえ。ともかくよろしくお願いいたしますね」
「分かった」
いざ討伐である。砦に来るまでに倒しきり、戻って来たら完了だ。イペリットに微塵もこの研究所の存在を知らしめてはならぬのだ。その為の戦いである。遠征用の道具を各々背負い、彼らは大量発生の地に向かうのだった。