冬コミ原稿がろくに進んでないというのに映画は見る。なぜならさっさと見ないと上映が終わってしまうから。
というわけで今日見てきたのはこれ!
この作品のタイトルを聞いただけで往年のオタクは震え上がり耐久性のない者は塩の柱となって消滅するという。なぜならこの作品でオタクの冥府魔道に叩き落されて未だに魂を囚われているオタクは浜の真砂ほどいるからだ。恐竜惑星といいふしぎの海のナディアといいNHKは地獄の入口だぜ。
というわけで今回25周年記念のリバイバル上映として劇場版が塚口で上映するということで見てきました。
1999年8月公開作品ということでかなり古い作品ではあるものの、わたくし人形使いはセルアニメに咽び泣き透過光を伏し拝む清く正しい古のオタクなので「松竹」のロゴを見ただけで気持ち悪いニヤケが腹の底から込み上げてきます。
また鑑賞に先んじて「ベイビーわるきゅーれナイスデイズ」のパンフも入手。以前大阪ステーションシティシネマで見た時はあえて買わなかったのだ。お金はなるべくサンサン劇場に落としたい。
さて感想なんですが、本作は短編「CLOVER」も併映なのでそちらの感想も書いていこう。
「CLOVER」の方は短編なので明確なストーリーを見せるタイプの作品ではありませんでしたが、なんだかんだでCLAMP作品の世界観には引き込まれるものがありますよね。
というかCLAMP作品なにげにメカデザがいいんだよな。この曲線的なラインのメカデザは少女漫画ならではのような気がする。
そして音もいいですね。機械仕掛けの鳥が飛ぶときの「キチキチキチ……」って音がいかにも機械仕掛けって感じで好き。
「CLOVER」原作に関してはタイトルとぼんやりした内容を知ってる程度なんですが、今回の短編映画は「天使のたまご」を彷彿とさせる空気感でした。天使像が崩壊するシーンなんかは90年代のアニメからしか得られない雰囲気があってたまらん。いやほんとにあの頃のアニメにしかない空気感というのは確実にあるのでこのブログを読んでいる若い世代の人はぜひ見てみて沼に沈んでください。「迷宮物語」とか最高にゲンナリするのでおすすめですよ? おい聞いてんのかおい。
さて本編の感想です。
本作の舞台は香港。書店のくじ引きで香港旅行が当選したさくらは、桃矢、知世、雪兎、そしてケロちゃんといったいつもの面々とともに香港に向かいます。小狼と苺鈴との再会を喜ぶのもつかの間、さくらは夢の中で謎の魔道士に出会う夢を見始めたことからトラブルに巻き込まれます。クロウ・リードの名前を呼ぶ魔道士の正体は? そしてさくらはこの危機を乗り越えられるのか?
まず言わせていただきたいのは久々に味わったこの劇場版アニメならではの懐かしい特別感。本作は香港が舞台となっているんですが、こうしたアニメは大抵の場合TVシリーズは基本的にご近所が舞台なのに対し、劇場版はそこを飛び出して異世界にいくわけですね。劇場版ドラえもんなんかはそれがひとつのテンプレートになっている。
今は海外は別に「異世界」ってほど特別なものではありませんが、やはり小学4年生にとっては海外というのは特別な場所。本作では、さくらの素直にはしゃぐ姿を通して改めて日常を飛び出した特別感を思い出せました。やはりアニメはともすれば加齢とともに失われていく新鮮な気持ちを思い出させてくれる……。(しみじみ)
そして香港の描写。我々清く正しいオタクはアニメを見るときに背景描写とモノがブッ壊れる描写を見て目を輝かせるわけですが(要出典)、本作では古都と大都市という二面性を持つ魔都・香港の魅力がその優れた背景美術でしっかり描かれています。というかもう香港の古い街並みとネオン看板は自動的にカウボーイビバップか攻殻機動隊にしか見えなくて困る。
本作は改めて言うまでもなくファンタジー色が非常に強い作品なんですが、そのファンタジー描写が劇場版である本作では大幅にパワーアップ。序盤でいきなり心を掴んでくる「矢(アロー)」のカードとの空中戦、夢の中の謎の魔道士との出会い、そして夜の香港を舞台としたラストバトルとさまざまなバリエーションで魅せてくれます。その中でも個人的に好きなのが、中盤でさくらが古書店の中で謎の魔道士の表紙が描かれた古書を見つけるシーン。本を開いた途端に古書店の中に水があふれるシーン。こういう「怖いけど美しい、不快感がない不穏描写」がほんとに上手いと思いますこの作品。
そして本作のストーリーも好き。「本当の悪人がひとりも出てこない」と評される作品である「カードキャプターさくら」ですが、本作における一連の事件の黒幕である謎の魔道士もやはり、その行動原理は「クロウ・リードに逢いたい」という一心だったという。クロウがすでにこの世にはいないことを、そして自身もまたすでにこの世の存在ではないことを受け入れられない魔道士。この魔道士、結局最後まで名前が出てこないのがまた哀しい……。
そして最終的にさくらは、その名もなき魔道士の哀しみを理解し、受け止め、共感することで一連の事件を解決します。「敵を倒す」ではないのが実にこの作品らしい。このラストバトルの決着は「説伏」であり「解呪」であると言えるでしょう。
そしてこのラストで、魔道士の哀しみを理解し、共感し、そして魔道士の代わりに心からの涙を流すさくら。このシーンで先日見た「カッティ」において主人公カディルが、困窮した民衆のために涙を流し怒る姿を思い出しました。
英雄とは単に力の強いものを指す言葉ではありません。声なき声を上げる人々の悲しみや苦しみを汲み取り、「共」にそれを「感」ずることが出来る存在。このラストにおいて木之本桜は英雄であった、と言いたい。
いやーいい映画でした。というかこの年代のアニメの林原めぐみさんの出現率は異常。