ふたたびリズムに乗って弾幕を放ってきたチルノの動きに合わせて踊っていると、まるで手を取り合っているかのように……いいえ、手を取り合っているときよりもずっと深くつながっているような気持ちになってきます。
大妖精はあらためて、自分がチルノにどれほど大きな影響を与えているかを感じました。チルノが妖精の中でも特に大きな力を持っていることは、親友である彼女がいちばんよく知っています。しかし、それはただ単に力が強いとか足が速いとか、そういう意味ではないと大妖精は思いました。
弾幕を交わしながら、きっとチルノの本当の強さとは、ほかの妖精と一線を画す要素とは、「周りへの影響」(傍点)だと大妖精は考えました。
あの弾幕ダンスバトル事件で、そこらじゅうで踊りながら弾幕を撃ち合っていた妖精たちは、事件が一段落したあとはすっかり飽きてしまっていつもどおりの日常に帰っていきました。大妖精もまた、チルノを負かしてルーミアとも激しく楽しい弾幕ダンスを楽しんでいたハイテンションな自分が夢かなにかだったかのように、いつものおとなしい彼女に戻っていました。もとより妖精というのは飽きっぽくて忘れっぽいもの。なにか流行りごとが起こって盛り上がっても、三日もすればすっかり飽きて、次の流行りごとに飛びついているのがあたりまえなのです。
そんな中でひとりだけ、弾幕ダンスバトルを続けていたのがチルノでした。大妖精に弾幕ダンスバトルで負けたのがよほど悔しかったのか、リベンジマッチのために大妖精の知らないところで妖精たちを相手に弾幕ダンスバトルを繰り返していたようす。そのせいか、妖精たちの間ではふたたび弾幕ダンスバトルが流行り始めたのです。その規模は以前の事件ほどではないものの、チルノが住んでいる霧の湖やその近くの魔法の森では、妖精たちによる弾幕ダンスバトルがふたたび巻き起こっていました。
そして今、チルノの本気を目にして、チルノとリズムを合わせ、弾幕を交わしているとあの弾幕ダンスバトル事件のときの興奮が蘇ってくるのを、大妖精ははっきり感じました。
「行くよ、チルノちゃん!」
背中の透明な羽がぴりぴりとふるえ……そして光を帯び始めました。大妖精がその場でスカートをひるがえしてターンすると、その光がまるで大きなリングのように輪を作りました。
その輪から染み出るように現れたのは、無數のクナイ弾。切っ先を全方位に向けたクナイ弾が、花火のように弾けます。
「うわわわっ!?」
攻撃に移ろうとしていたチルノは、あわてて次の行動を防御に切り替えます。体をぎゅっと縮めて冷気を集中させ、自分の体を氷で覆います。次の瞬間、弾けたクナイ弾がその氷を削り取る勢いで降り注ぎました。
とっさの防御で致命打は避けたものの、チルノは一瞬とは言え動きを止めてしまいました。そこを見逃す大妖精ではありません。狙いすましたクナイ弾の一投が、動きを止めたチルノに放たれます。
その切っ先が今度こそチルノを捕らえたと思われた瞬間――さっきのクナイ弾で砕けて落ちてきた氷の破片に、クナイ弾が衝突! わずかに軌道をそらされたクナイ弾は、チルノの肩をかすめてすぐ背後に着弾しました。
「あっ……っぶなぁ……!」
「……ぷっ」
思わずその場にへたり込んでしまうチルノに、必殺の一撃が偶然とはいえ大妖精は思わず吹き出してしまいました。
「なんだよー! 笑うなよー!」
「あははは……ごめんごめん」
顔を赤くしてぷんぷん怒っているチルノがおかしくて、大妖精は目に涙を溜めて笑ってしまいました。やっぱりチルノちゃんと一緒にいると楽しいなあ。大妖精はそう思います。
ひとしきり笑って涙をぬぐった大妖精は、大きく息をついて呼吸を整えました。倒れていたチルノもスカートをぱたぱた払って立ち上がります。
ふたりはもう言葉をかわす必要もありませんでした。無言のままふたたびリズムを取り、ふたたび激しい弾幕ダンスバトルが始まりました。
・霊夢の捜索パート
チルノと大妖精が戦っているそのとき、霊夢のほうはいつものとおり、巫女の勘を頼りにチルノの姿を探していました。
巫女の勘といっても、ただ当て所もなくさまよっているわけではありません。風の流れに乗って漂ってくる、この残暑にふさわしくないほんのわずかな冷気をたどって飛んでいるのです。
「んん……?」
と、霊夢はだれもいない空で眉をひそめました。今までたどっていた冷気に混じって、冷気とは違うなにかの気配を感じ取ったのです。冷気よりもさらに薄いその気配は、風が吹けばすぐに散ってしまうほど薄いものでしたが、霊夢の博麗の巫女としての勘は、たしかにわずかな違和感があったことを訴えていました。しかもそのかすかな気配は、明らかに覚えのあるものなのです。
「なにかしらこの気配……なーんか覚えがあるのよね……」
あたりを見回す霊夢。しかしそこには、あいかわらずさんさんと照りつける太陽と青い空、青々とした緑しか見当たりません。
と、霊夢はその青々とした緑……森の木の根元に、この季節には似つかわしくないものを見つけました。
地上に降りてみると、木の根元に転がっていたのは春告精ことリリーホワイトでした。幻想郷中に春の訪れを告げるために春気とついでに弾幕をばらままいているリリーが、この季節に出歩いているのはおかしいことです。しかもリリーは何があったのか、木の根元に倒れて目を回しています。
「ぽひゃ~……はるですよ~……」
「ちょっとリリー。あんたこんな季節に何してるのよ」
「むにゃ~……?」
リリーのほっぺをつんつんしてやると、ようやくリリーは意識を取り戻した様子。寝起きのようなぽやぽや顔で霊夢を見上げます。
「あれ~……? 霊夢さんですよ?」
「そーよ博麗さんちの霊夢さんよ。なんだか覚えのある気配がすると思ったら、あんたの春気だったのね。で、なんであんたがこんな季節にでてきてるワケ?」
「はぇ~……なんだか、春が戻ってきてたんですよ~……」
「春が戻ってきてたぁ?」
おかしな話です。これまでに幻想郷の季節がおかしくなった異変はたびたびありました。
5月になっても春が来ず雪が降っているままだった春雪異変。
幻想郷中でたくさんの花が季節関係なく咲き乱れた六十年周期の大結界異変。
そして、まだ記憶に新しい四季が同時に現れた四季異変。
それらはどれも、霊夢や魔理沙がすでに元凶を倒して解決したはずの異変です。そして、博麗神社で魔理沙と話した通り、いちど解決した異変がふたたび起こるということはこれまでありませんでした。
「春の空気が戻ってきてたせいで、わたしもなんだかハイテンションになっちゃって~……わたしうっかり春気を全開にしてそこらじゅうを春にして、桜を満開にしちゃったんですよ……」
「桜を満開にした」という言葉に、霊夢はかつての春雪異変を思い出さずにはいられませんでした。
もちろん、今回の異変がそのままかつての春雪異変を再現(リバイバル)したものではありません。しかし、幻想郷において自然の具現たる妖精になんらかの異常が起きれば、自然にもその異常がフィードバックされて異常が……ひいては「異変」となることは十分考えられます。
幸い、リリーはすでに異常に高まった春気を失って元通りになっている様子です。しかし、霊夢にはもうひとり、異常に力を増している妖精に心当たりがありました。
「……あんた、もしかしてチルノと弾幕ダンスバトルで戦ったんじゃないの?」
「ふぇ……? なんでわかるんですかー?」
「いいから。そうなんでしょ」
「そーですよー。チルノちゃん、テンション全開のわたしもかなわないくらい強かったんですよー……」
妖精同士の力関係はあんまり知りませんし興味もありませんが、チルノが妖精の中では飛び抜けて強い力を持っていることは霊夢も認めるところです。
そして、リリーの話によれば一時的に桜を満開にした――つまり、妖精が一時的にせよ季節を捻じ曲げるという現象を引き起こせるほどの力を発揮していたということになります。チルノが、そのリリーよりもさらに大きな力を身に着けているとすれば――。
霊夢のその予想を肯定するように、視界の端をちらりと小さな白いものがかすめました。霊夢は反射的に空を見上げます。
そこにはあいかわらずのあいかわらずさんさんと照りつける太陽と青い空。その青い空から降って来ているのは――白い雪でした。
・vs大妖精決着パート
チルノと大妖精の戦いは一進一退のまま続いていました。分厚い氷の盾による防御と地面を凍らせて滑るスピードに優れたチルノに、短距離テレポートを巧みに使い回避に優れる大妖精。お互いに決定打が与えられないまま、ふたりの体力は次第に限界に近づいてきていました。
「うりゃーっ!」
大妖精の上を取ったチルノが放った氷弾が、真上から降り注いできます。大妖精はその攻撃を上空に飛び上がって回避。しかし、チルノが放った氷弾は地面に着弾すると次々と爆発するように巨大な氷柱になって大妖精を追います。
「はっ!」
下からの攻撃に、大妖精は掛け声とともに無數のクナイ弾を発射。放たれたクナイ弾は氷柱に連続して着弾、氷柱を削り取っていきます。
その氷の欠片に紛れるように大妖精はテレポート。チルノの背後を追うようにリズムを取ってテレポートを繰り返します。
これだけ短時間のうちにテレポートを繰り返せば大幅に体力を奪われそうですが、大妖精はためらう様子を見せません。背中の羽根を細かく震わせながら、テレポートと弾幕を繰り返します。
(大ちゃん、本気だ……! 本気なんだ!)
めったに見せない……というか、今まで見たことのない大妖精の猛攻に、チルノは言いようのない高ぶりを感じました。そして、たぶん大妖精も同じように感じているというふしぎな確信がありました。
そう思うと、なぜだか疲れ切っていたはずの体にふたたび力が湧いてくるような気がします。大妖精が、大切な親友が自分との再戦を受けてくれて、こうして弾幕ダンスバトルの流行が終わってしまったあとも本気になって自分との勝負に挑んでくれている。それがチルノにはたまらなく嬉しいことでした。
もちろんチルノは大妖精に勝つためにこれまで弾幕ダンスバトルを繰り返して、今日はサニーやリリーとも激しい戦いを繰り広げてきました。けれど、チルノはこの戦いにこそ大きな喜びを感じていたのです。
それを思うと、疲れ果てた体にふたたび気力がみなぎって来ました。深呼吸して、あたりをおおった冷気を胸いっぱいに吸い込みます。全身に冷たい空気が行き渡り、溶けかけていた背中の氷の羽が音を立てて大きくなっていくのがわかりました。
「すぅーっ……はぁーっ……!」
チルノは真っ白な息を吐き出します。呼吸に合わせて地面が少しずつ凍っていきます。いいえ、地面だけではありません。周りの空気、そして景色までもが、残暑の熱気を押しやるようにして白く凍っていきます。リリーが自分の周りを一時的に春にしたように、チルノもまた自分の周辺を冬にしているのです!
しかし、その規模はリリーのとき以上でした。
今までじりじりと地上を焦がしていた太陽はすっかり分厚い冬の雲の向こうに隠れ、木々が広げた枝は樹氷となって森を白一色に染め上げています。
「す……ごい……!」
季節や天候すらも変えてしまうほどのチルノの力に、大妖精は思わず言葉を失いました。強大な力を持っているとは分かっていましたが、まさかここまでとは。
・決着から全員合流パート
きらめく氷の粒が、ふたりだけのステージの勝者を照らします。
そこに立っていたのは、風になびく赤いハチマキ。チルノでした。
今度こそすべての力を使い果たしたのかふらついているものの、決して膝をつくまいとする氷精の姿を、地面に倒れた大妖精は見上げます。
過負荷で溶けかけてすっかり小さくなってしまった背中の氷の羽の先から飛んだ雫が、息が上がって熱くなっている大妖精のほっぺたに落ちました。その冷たさがとても心地よくて、大妖精は小さく笑います。
「やっ……たあっ……!! あたいがいちばんだーーーーあいったぁっ!?」