忍たるもの体臭を放つような、分解に時間が掛かるものを食してはならない。殊更、月見を謳ったハンバーガーなどは。だが城付きの忍である必殺!五忍衆はそのような堅苦しさなどどこ吹く風だ。月見バーガーうめえと感想を言いながら、十五夜を見ながら曇り一つ無い空に感謝する。だがその感謝は、大地にひれ伏すようなものではなく気温は高いが風吹いてて助かる、くらいの小ささである。
 「雲無くてよかったなー」
 「なー」
 OVER城の窓から外を見ていた黄河文明がメゾポタミア文明にそう話しかけ、インダス文明が頷く。ルビーは月よりも期間限定のパイに夢中だし、蹴人はぼんやり月を眺めてるかと思えば、蹴れるのかなあなんて見た目通りサッカー少年らしい事を珍しく呟いた。だが月を愛で、自然に感謝し、収穫に感謝する者は誰一人いない。時は300X年、伝統文化は残っているものの形骸化しているのが事実だ。屋根の上で月見バーガーをもぐもぐと食べているガンプに、その横のおちょぼ口君はポテト一袋だけをつまんでいる。ガンプが不思議そうに尋ねた。
 「ダイエットか?」
 「違うわ」
 外部に出る忍者はおちょぼ口君だけだ。明日からマクドナルドのにおいがする忍者など、すぐに居場所がバレる。しくじれば城主であるOVERにお叱りを受けるかもしれない。その点を気遣っての行動だが、ノリが悪いと仲間からは文句を言われる始末だ。
 「お月見なんだから、食べないとだめですよぅ」
 ルビーが口を尖らせる。彼女の周りにパイの包みが何個も落ちていることから、一人で人数分食べる気なのだろうか。黄河文明たちがそれに気付いた時、少々喧嘩になりそうだった。あーあーとガンプが口を挟もうとする。おちょぼ口君も挟まなければならないだろうと。屋根からOVER城の中に飛び移るのだった。
 一方のOVERである。風流だとかは無縁の状態であった。血しぶき飛び散る毛狩り…いや他国への侵攻に携わっていたのだ。前線で巨大な鋏を振り回す姿は、月光の下では夜叉に見える。あるいは白い髪が銀色にうねって、まるで龍のような神聖さをまとっていた。その周囲は血を流す死体ばかりが転がっていても、その神聖さは途切れずにむしろ命を吸って強大になっていく。覇者という言葉を当てはめれば、圧倒的な能力の差を見せつけた侵攻となった。OVERがひとしきり暴れ回ると、血を求める暴力性が鎮まったのかようやく彼は荒い息で呼吸するのを止めた。それがぴたりと止まったので、まるで夜叉や龍が乗り移っていたかのようであった。ふんとOVERは鼻を鳴らす。向かってくる兵士達に歯ごたえがあったわけではなく、侵攻はただのOVERの殺戮に留まっていたようだ、無抵抗を蹂躙するのも悪くは無いが、たまには歯ごたえのある存在に出会いたいものだ。それはOVERの我儘である。とはいえ侵攻は成功したため皇帝の覚えもめでたくなるだろう。時の皇帝の為にやっているわけでないが、マルハーゲ帝国に仕えている身だ。OVERは鋏に付いた血を振り払うと、その場を後にして、自身の城へと戻っていくのだった。
 「何をしてんだ」
 夜更けに帰って来たOVERは、シャワーを浴びるとさっさと眠ってしまった。そうして目覚めたのは昼過ぎで、わいわいとした五人衆の声で目が覚めたのだ。いつもの事である。城の中で騒いでいるのは、侵入者か、あるいは単純に何かに打ち込んでいるかだ。この城においては九割が後者である。今日も何かに夢中になってどたばたと騒いでいるのだろう、OVERは寝ぐせがついた髪でむくりと起き上がると、鬱陶しそうに前に回って来た髪をかきあげ、天守から下へ降りていく。
 「うるせーぞ」
 「あ、おはようございまーす!」
 蹴人とルビーが無邪気に挨拶する。毒気が抜かれる挨拶だ。三大文明は少々畏まっているが挨拶する。おうとOVERは返す。先だっての夜叉たる様子は今微塵もなく、ただの二十代の男性という感じである。ただ不機嫌そうだ。もう少し眠っていたかったところを起こされたようなものである。OVERは目を細めて部下の動向を見やった。大騒ぎしているのはこの五人で、それぞれ割烹着姿で三角巾を頭に巻いている。彼らの手は白い粉にまみれており、下手をすれば床も白い粉まみれになる手前で、台所の大惨事は一歩手前という所だ。ただ後片付けをするのはこの部下たちなので、まあ好きにしろとOVERは流すことにした。
 「何してる」
 「お月見団子です!」
 ルビーが意気揚々と笑った。巨大な鉢には白玉粉に豆腐を入れ、手ごねしている。簡単なレシピである。だが子供のやることである。ルビーは立ち台がちょうど良くなかったのか、テーブルに乗った鉢には高すぎてかなり体を曲げてこねていた。だがそれも楽しいのかルビーはぐちゃぐちゃと豆腐を混ぜている。蹴人も同じように鉢で生地をこねている。問題は白玉粉をこねた生地をまとめる作業だが、何故打ち粉が必要なのかと思う程に小麦粉を撒いている。それが床に落ちそうなので惨事なのだが、三大文明は気にせずに勢い良くうおおおおと団子を丸めている。恐らくそこまで勢いづかなくとも綺麗にまとまるのだが、どうやら丸める過程に全霊を込めるのが楽しいのだろう。次々と出来上がった団子を、おちょぼ口君が茹でていく。共同作業である。
 「テメー、今日の視察はどうした」
 「あ、終わらせてあります。後でご報告にあがりますね」
 「はい、出来ましたですー!」
 白玉粉を使い切ったらしく、ルビーが追加の生地をどんと三大文明の元に置く。この大量生地からどれだけの白玉が出来るのだろう。現に今ですら30個は視認できるほどにある。100個ほどは作れるのだろうが、誰が食べるのだと思うが、OVERは自身も頭数に含まれている事に気付いて頭をかいた。
 「テメーらが食えよ」
 そう言うが早いか興味を無くし、OVERは天守に戻っていく。昼食はどうしますかと尋ねられたのだが台所は随分と賑やかで、食事をする気になれなかった。インダス文明に運ぶように言づけて、彼はのしのしと浴衣を着崩しながら部屋に戻るのだった。
 その晩の事である。昨夜同様に空には雲が無く、美しい月夜である。ただ満月は昨日逃しており、OVERも毛狩りに夢中で月を見ていないので、この季節になってからのはじめての月見だ。日本酒が入った朱の盃を傾けながら、OVERは天守から月を見上げる。その階下で、団子を食べながらわいわいと騒ぐ部下は手慣れたものだ、OVERの怒りを買うことはない。だが五月蠅さは残る。蹴人が作っていたかぼちゃ団子が天頂に乗った月見団子が木肌が美しい三宝に乗せられている。日本酒の徳利を傍らに、くつろいだ浴衣。月見の正しいやり方である気がした。かぼちゃ団子からぽいっと口に運ぶ。階下では、かぼちゃ団子ばかり食べたものがいるらしく、揉めていた。おちょぼ口君が大量に作ってあるからとかぼちゃ団子を取りに冷蔵庫に走っているようだ。団子がぽいぽいと口に運ばれ、咀嚼される。わいわいと賑やかな声を聞きながら、ほのかに甘い団子を飲み干すときりりと辛い日本酒を口に。米同士のせいかそこまで喧嘩はしない組み合わせだ。素朴な団子の香りが、日本酒の後口を三歩下がって追い掛ける従順さが口に広がった。まあ悪くはない。OVERは月を見上げて、もう一度日本酒を口に運ぶとわずかに笑うのだった。
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