「命が惜しいんだろ? だったらしがみついてろ」
 スミスにシャムシールを突き付けられ、イサミはその緑の瞳を見ながら頷いた。だがその瞳が力強いのに、スミスはイサミに一目置いたようである。それ以上に武器を突き付けるようなことはしなかった。そうして二人は、罠だらけの洞窟の入り口を抜け、奥にある宮殿へと階段を下りていくのだった。何故イサミとスミスはこのような行動を取ったのか、それは数日前に遡る。
 かつての伝説が、宝と名の付くものをこの砂漠地帯に散らばらせているという。文言はこうだ。至高の宝を求めたくば、各地に散らばる七つの宝を求めよ。全てを携えた者にのみ、真の宝への道は開かれん。ミユが集めて来た情報を聞きながら、ヒビキはうんと頷いた。
 「よくある系の話だけど、でもこの世界じゃ宝ってのは実際にあるもんね」
 「今の所、噂ではスミスさんが集めてるのは三つだそうです。宝刀クーヌス、宝玉ペシミズム。宝鏡セグニティス…」
 「そうか。それで、ここから近いのはどんな宝なんだ」
 「ええと今アッカムなんで…地図によると、ここから20キロほど離れた場所にあるオアシスの中に、洞窟があるそうです。そこに収められてるのが、宝塔イーラですって」
 「一番近いのならそこが確実かな。行こうか」
 ヒビキの言葉に二人は頷く。現役自衛官達の判断は早く、ヒビキは衣装が入った箱を軽々と背負った。ミユも壺や商売道具の笛の他にタオル代わりの布が入った箱、イサミは琵琶に最も重要な水の入った革袋を何個も背負いこみ、彼らは宿屋を後にする。そうして旅団はあてどない旅路に出るのだが、流石に薄いヴェール一枚だけでは砂漠越えは厳しいため、三人は白い布を全身に巻き付けていた。
 ここは灼熱の砂漠地帯の国である。彼らが出生した日本国ではない。合同演習のハワイでもそこに属するアメリカでもない。かといってエジプトやイランなどのアフリカ大陸の国でもない。まったく別の次元の、いわば異世界の国である。それぞれの国は肌や髪色によって大まかに別れており、人種のるつぼとなる商業都市を繋いでそれぞれの独立しながらも並立していた。何故並立するかと言えば、命を繋ぐ巨大な河川があるからだ。だから国々は河川のそばに乱立し、互いに生きている。ここに、観測できる中では一台のライノスと烈華と共に、ATFの面々は飛ばされてしまった。だが不思議な事に、この国の役職は最初から用意されていて、まるで生まれた時からこの国々で生きてきたような環境が揃っていた。この国で生きていた顔も見た目も同じ者が、イサミ達と入れ替わってしまった…そのように感じるのだが、とはいえ彼らは地球に戻らなければならない。あいにく不可解な現象は、ブレイバーンで慣れている。だから今は出来ることを探し、スミスを追っている状態だ。
 イサミとヒビキとミユは、カワダが右大臣を勤め、サタケが護衛団団長を務める国営の騎士であったようだ。だがこの事件を境に、イサミ達は国を飛び出し、密命という形で国々を回り、ATFの隊員達を探している。幸いにも黒髪でまとめられた国では、ホノカやジョシュアは見つかったものの、皆がATFの記憶を引き継いでいる訳では無いようだった。特に問題なのは、スミスである。スミスはこの世界の名高い盗賊の頭を勤めている。その瞳は青から緑へと変貌しており、性格も少々変わっているようだ。だが短い時を過ごしたイサミ達には分からない変化かもしれない。ヒロにも意見を尋ねたいと所だが、あいにくヒロは見つかっていない。アキラやシェリー、カレン、ニーナなど髪色の違う者はどこかに飛ばされたかもしれなかった。だから彼らを探しながら、少しずつこの世界からの脱出方法を探っていくつもりなのだが、まさかスミスが盗賊で、真の宝を求めて現在暴れ回っていると聞いて、イサミ達は居てもたってもいられなくなっている。止めなければならないと、そう考えているのだ。その為の旅路である。道中砂漠しかない過酷な旅路だ。稼いだ路銀でなんとかこの世界でタクシーのような役割を担う、ラクダを借りることが出来たが、それでも10キロほど先のオアシスで引き渡すことになっている。あとは頼れるのは足だ。訓練を思い出すね、とヒビキが苦笑いするのにイサミはただ頷いた。
 
 「右大臣」
 「ああ、呼び立てしてすまないねスズナギ二尉」
 黒髪の国では、カワダがホノカを呼び出していた。国の重要な役職に就いている上で、イサミ達の報告も受けている。その上で、今度はホノカを呼びつけたのは何やら事情があるようだった。ホノカはこの国の挨拶をすると、すぐに顔を上げる。ホノカは絹で仕立てられた衣服を纏っている。上流階級の娘らしい格好である。派手さは無いが、整えられている姿だ。
 「左大臣はどうかな」
 「はい。最近は第八夫人がお気に入りみたいで、あまりこちらにはいらっしゃいませんけれど」
 「そうか。私への風当たりが強いからな…何かあれば報告を頼みます」
 「はい、カワダ海将…えっと右大臣」
 「今は人払いをしていますから、どうぞお気軽に」
 不思議な事に、二人は日本語で話しているのにも関わらず周囲の人間はそれをおかしいと思わない。だがその日本語は認識されないらしく、会話に気兼ねは無かった。だが右大臣と左大臣の娘であるホノカが会っていることは、認識される。そこに謀反だと何事かという好奇の目には晒されるので、最低限に済まそうとホノカは微笑を浮かべた。
 「ですが、あまりお時間を取ると不思議がられます。…最近、私の事を侍従が見張ってまして」
 「ほう」
 「嫁入り前の娘に不穏な動きがないようにと」
 「…女性には窮屈な国でしょう。なるべく早く戻らねば」
 「あ、いえ。これも楽しいんですよ。楽しい部分と窮屈と両方ありますが、そろそろ様子を窺いに来るはずです」
 ホノカは背を向けていたが、カワダと会話する背後に柱があり、そこから顔を出す誰かの気配を感じていた。やはり自衛官である。分かりましたとカワダと別れて、ホノカが柱に向かうとやはり侍従が飛び出してきた。
 「何をお話になったのです?」
 「父は息災かと尋ねられただけですよ」
 「まあ」
 侍従はあまり納得していないようだが、それ以上にホノカに不審な点はない。だから渋々と後ろに付き従い、彼らは宮殿を後にした。大丈夫かしら、アオ三尉。青空を見上げながらホノカは心配を天に託す。悠々自適な生活が約束された自分とは少々違っていて、申し訳ない思いだがそれでもホノカにしかやれない事がある筈である。今はこの国の動向を可能な限り窺うしかなかった。治水工事に携わる人々の声が、風に乗ってやって来る。
 イサミ達がオアシスに到着したのは、翌日のことだった。流石に砂を踏みながら歩くのは体力を使う。だがここで倒れれば、夜は寒々と冷える中で野宿である。だから死ぬ気で歩いたところで、オアシスにある水をたらふく飲んだ。
 「うま、水がこんなおいしいことある?」
 「流石に足の皮がやばいな」
 「イサミさん、途中持ってもらってすみませんでした…」
 ミユが謝るが、イサミは何でもないように言う。
 「いいよ。それより、テントを張らないとな。早くしないと動物もやってくるだろうし」
 「分かった。やろう、休む間がないねぇ」
 全て手製でやらなければならないのが、この世界の面倒なところである。だが自衛隊訓練で慣れっこだ。ヒビキとイサミは手際よくテントを立てると、干し肉をかじって塩を舐め、明日に備えて眠る事にした。だがその晩のことである。また馬のひづめの音に目を覚ました。不思議なもので、スミスの声も聞こえてくる気がするものだ。イサミとヒビキ、ミユは顔を起こすとテントからおそるおそる外を窺った。
 スミスの盗賊団には掟があるらしい。まず人を殺さない、女子供を犯さない、そして貧乏人からは盗らない。そう考えると、オアシスにテントを張る者は裕福ではないだろうから、彼らは素通りするだろうと考えたが、万が一にも取り囲まれることを想像してヒビキはシャムシールを手にして身構えていた。だが、ひづめはオアシスの外れである洞窟に向かって行く。安堵した。安堵のため息を吐いた時だった。
 「あ、ダメじゃん。止めに行かなきゃ!」
 ヒビキの声に二人も息をひそめるのがやっとで、本来の目的を思い出す。足は痛むがそんなことは言っていられない。イサミもシャムシールを腰に差し、ミユは後ろで隠れながら来るように伝えると、三人は夜の砂漠を駆け出すのだった。
 
 洞窟はほどなくして着いた。馬を引き留める役が、三人の到来に思わず声を上げる。
 「ちょ、なんだお前ら! おかしら! おかしらー! 不審な輩がいますぜ!」
 「待ってよ、怪しいもんじゃ」
 ヒビキが弁明しようとしたが、スミスにはATFの記憶が無いのである。あっという間に洞窟から引き返してきたスミス達に取り囲まれ、イサミ達はシャムシールを突き付けられてしまった。
 「またアンタらか。今度はデートじゃないな、しかもお相手は上物二人」
 ひゅうとスミスが口笛を鳴らすと、周囲から下卑た笑い声があがる。ヒビキは咄嗟にミユを庇うように後ろにやった。イサミも同様である。
 「何が目的だ? 俺達をつけて来たな」
 スミスの声音はいつもの人懐っこさは微塵もなく、冷淡で冷静な盗賊の頭になっている。その声音に耐えかねて、イサミは思わず声を荒げてしまった。
 「何が目的かはこっちのセリフだ、馬鹿野郎」
 「え」
 「ちょ、イサミ!?」
 スミスがぽかんとしたところを、イサミがまくしたてる。いつの間にか一歩一歩と進んでいくうちに、スミスは一歩一歩と後退していった。
 「今は全員集めて、なんとか帰らなきゃならないってのに。お前は悠々と何盗賊ごっこなんか」
 「ごっこ?! 心外だな、俺は信条を持って」
 「黙れよ! 心配かけるだけかけやがって! お前はルイス・スミスであって盗賊の頭なんかじゃ」
 「ちょちょちょ、待って。待てよ、なんだか分からない事を宣われたって」
 「まだあるわ馬鹿!」
 完全に怒髪天のイサミのペースである。次第に後退するスミスはいつの間にか集団を外れ、洞窟に足を踏み入れていた。誰もイサミの剣幕に何も言えなかったのである。だがイサミが洞窟の入り口に差し掛かると、何故か洞窟の入り口に、人には見えない場所に宝石のような物が埋め込まれていて、それが赤く光った。ミユが咄嗟に指さすと、スミスとイサミ以外の全員が注目する。そうして誰かを認めるように、洞窟は突如としてスミスとイサミを中に吸い込んだのだった。洞窟の入り口から進んだところは坂になっていて、そこに二人は転げ落ちて止まった。
 「うわあ!」
 「…っ!?」
 「イサミ、イサミ大丈夫!?」
 ヒビキの声が心配して洞窟に近寄る。だが洞窟は二人以外は認めぬように、今度は中にいるイサミとスミスには当たらぬ位置から突風を吹き当てた!
 「わ、」
 「ぐっ!」
 「大丈夫か!?」
 イサミが慌てて洞窟の入り口に戻ろうとしたが、スミスは違った。そのまま奥に進もうとしたのだ。イサミがきっと振り返るが、スミスは奥にいるであろう仲間に声を掛ける。
 「俺はこのまま奥に進む! お前達はそいつら見張っててくれ!」
 「アイサー!」
 どうやら盗賊の掛け声らしいものが聞こえる。イサミはヒビキとミユが急に心配になったが、スミスが奥に行くのも止めなければならないと思い、俺も奥に行くとだけ叫ぶとスミスに付いて行くのだった。そうしてシャムシールを突き付けられ、冒頭から今に戻ったわけだ。イサミは凶器を持つスミスを恐ろしいとは思わなかったが、坂を抜けた先が眩い光を放っていて、そちらの方が恐ろしく感ぜられた。
 「入るぞ」
 そう言って洞窟の坂を下り終えると、スミスはイサミに声を掛ける。中に入ると、そこは炎で埋め尽くされていた。通路のような高台になった場所がかろうじてあって、その通路から一歩足を滑らせると数メートル下に落ちる…。落ちるだけならまだいいが、そこから天然ガスでも噴き出しているのか炎の柱がひっきりなしに上がり、炎の畳で覆い尽くされていた。落ちれば成す術もなく死ぬのだろうと思った。憤怒の庭である。
 だがスミスはこんな仕掛けは慣れっこなのか、すたすたと通路を歩き出し、イサミも続いた。靴越しに伝わる砂を固めたような通路の、なんと頼りない事か。それでも前に進めば、奥には黄金の宝塔が収まっている祭壇があった。思わず駆け出そうとしたスミスの服を、咄嗟にイサミは止める。
 「危ない!」
 スミスの鼻先を何かが掠めた。どうやら巨大な石のプロペラが至る所に設置されており、うかつな侵入者を粉みじんにするかのようだ。
 「ありがとよ。なるほどな」
 だがスミスはこの仕掛けにもひるまず、首を切り落とさんとするプロペラと、胴を切り落とさんとするプロペラの動きが別々であることを見抜いた。そこで、飛び上がりながら前へ進んでいったのだ。スミスの様子に、イサミも少々臆する心を必死に奮い立たせて走り出す。規則がある動きだ。見破れば恐れる心配はない。緊張感はあったが、プロペラ群を抜けるとスミスがハイタッチを所望したので、手だけ差し出す。
 「いいぞ、宝塔は目の前だ」
 プロペラ群を抜けて歩いた先は、祭壇である。スミスとイサミは道中気を張ったが、プロペラ群以外に大がかりな罠は無いようだった。そのため祭壇に近付くと、スミスは宝塔を持ち出す。
 「ようし、やったなbro!」
 聞き馴染みのある単語に、イサミの背をばしばしと叩く音。人懐っこいあのスミスが戻ってきた気がして、イサミはやっぱりこいつはスミスなのだ、目の前の男は盗賊の頭などではないのだと染み入ったようで、その目に涙が浮かぶ。スミスは訝し気にその様子を眺めていた。
 「おいおい、泣いてもやらないぞ?」
 「いらん」
 どうやら勘違いをされたようだ。だが祭壇から宝塔を取った瞬間の事である。ごおおおおお、と何かが唸るような音が聞こえ、洞窟が崩れ出したのだ!
 「やばいな」
 そう言いながらスミスは元来た道を駆け出す。イサミも続いた。幸いな事にプロペラ群は止まっていたが、砂の通路には亀裂が走り、大人二人が駆け抜ける片っ端から崩れていく! 必死にイサミは駆けた。スミスも軽やかに駆けていく。重みのある体だが、それでも筋肉が体を支えてかなりの速度が出た。やっと出口に辿り着いた時、イサミが振り返ると、崩れ行く洞窟が炎の海に呑まれていくところだった。早くというスミスの戟を受け、坂を駆け上る。そこには行きと変わらぬ様子の仲間たちがいた。皆ホッとしたように顔をほころばせる。その仲間に、スミスは宝塔を意気揚々と掲げるのだった。
 「取れたぞ」
 「さすがお頭だ!」
 盗賊集団は崩れた洞窟には見向きもせず、スミスを讃え宝塔を覗き込んだ。
 「アミルサシャガッーダー」
 そう呟く者もいた。この世界の仏教と言える宗教の仏に似た名らしい。それを呟く、合掌することで信心深い所をまるで宝塔に見せるような者がいた。ここはやっぱり地球じゃないんだ、とミユはその様子を見て思う。仏様ではない神の名に、それをあがめる人々。ここにミユ達がいていいはずもなかった。
 「おい、ええとイサミ…だったけな。もう付いてくるなよ? 今回は協力してくれたから見逃すが、今度は鼻か耳を取る」
 「あ?」
 再びイサミの怒りに火が点いたらしく、ずんずんと近付くとスミスは毒気が抜かれた様に困り果てた。結局ヒビキが取り成して、スミス達はどこかに去ってしまう。砂埃が舞うのが収まると、朝日が昇って来ていた。
 「スミス。待ってろ。絶対に目を覚ましてやる」
 イサミはまたスミスの前に現れるつもりでそう呟くのだった。
   
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