①人をだめにするクッション
➁米側視点の平和な日常の一コマ
③モブにちょっかい出されてる受
➁
「陽気な連中でしょう」
「いや、楽しんでいるのなら何よりだ」
プラムマンの声は父親じみていた。サタケがそれを聞いて笑った。若さを羨むでもなく嘲笑でもなく、受け入れている者の余裕である。
イサミとスミスのボクシングの後、バーベキューによる親交会が行われ、甲板はまるで戦場に向かうとは思えない休日の空気に溢れていた。ビールを片手に、焼けた肉を食らい、友とあの名場面について語り合う…息抜きや気晴らしという言葉が適切だろう。貴重な余興でもあった。この会の主催者ともいえるサタケとプラムマンは、端でリングの片付けなどを指示していたが、いつの間にか姿を消したプラムマンが戻って来たその手には、ビール瓶が二つ。
「どうぞ」
「ああ。でも、飲んでいいものか」
「構わんでしょう。何かあればアルコールは吹っ飛ぶ」
「そうかな」
そう言いながらもサタケはビールを受け取った。よく冷えている。きんと冷たいものが手のひらに乗り、結露が皮膚の間に沁み込む感覚がする。サタケはビールを飲むのは少し考えることにした。飲酒運転、おまけに内部に嘔吐でもすれば整備班班長がすっ飛んで来る。聞きなれた塩辛声のがなりが響き渡るだろう。羽目を外せば誰かの迷惑になる。だがプラムマンが喉を鳴らして飲むのを見ていると、その喉仏の上下にこちらの生唾も湧くものだ。サタケがじっとビール瓶を見やるのを、プラムマンは見守った。
「…飲むか」
「それがよろしいかと」
若者と同じく羽目を外すのは、一体感のためだ。サタケがビールを勢い良く飲み干すと、その飲みっぷりに歓声と拍手が上がる。注目を集めている事が分かり、サタケはふとプラムマンに目線を寄越した。了承を得る子供のような目線であった。だからプラムマンも瞬きで答える。すると、サタケは瓶を天に掲げた。
「乾杯」
「乾杯!」
そう言って瓶を互いに打ち鳴らし、兵士たちは手元のビールを一気に飲み干す。その炭酸が喉を通り抜ける快感に、ああ!と若者達から声が出る。その様を眺めながら、プラムマンは横から視線が注がれるのが分かった。サタケである。
「あれでいいのかな?」
「いいでしょう。といっても、私は貴方に指揮する立場にありませんよ」
「そんな、たまに君は意地の悪い事を言う」
「ふふ。ですが、これで貴方はつまらない指揮官ではないでしょうな」
そう言いながらプラムマンはビールを一口。瓶から喉を通る感覚が最高だ。瓶だと独特の苦みも甘みも爽やかさも強くなる。そのうえ、海上で飲むビールなど最高である。それも他人には侵害されない空母の上でなんて!
サタケが続ける。
「君がそう言うなら、いいんだろうな」
「もう子供ではないんだから、貴方がきちんと考えたことが正解でしょう」
「もう少しノウハウを教示してくれたって…」
「貴方が自分で作り出さなければ意味が無い。自信を持ってください」
サタケは不満がありそうな目つきでプラムマンを見やる。その口が尖っていないだけ、そこまで人前で気を抜いていないという事なのだろう。プラムマンは笑った。
「何かあればフォローいたしますから」
その言葉が嘘では無いのだから、質が悪い。そう言いながらビールを飲むサタケの少々の子供っぽさは、プラムマンだけに見せるものだ。しかし今は日の高い夕暮れである。その顔は夜の闇に隠さなければならないはずだが、それでも夕日に照らされているサタケの顔はプラムマンにはたいそう美しく見えたので、これでいいと思えるのだった。
①
国家間の通信が回復した時は、皆飛び上がるほどに喜んだ。その感情と同時に母国への懸念が身に降りかかったが、世界がまるでSF映画のように壊滅している訳では無い事に安堵した。もちろん失われた物は大きいだろうと想像は難くない。だが、壊滅では無かった。生きている者がいた。オアフ基地にいた自身の体験からすれば、生存者の知らせだけで十分であった。その安堵感が司令部を包み、全軍の士気が上がった日の事である。
カワダがキングの部屋を訪れたのは少々プライベートな事であったが、用が完全に無かった訳ではない。応答がないまま、カワダが部屋の主人を探している際、ある物を見つけた。
「ビーズクッション?」
限られたスペースの中の部屋である。だがベッドではない場所に、巨大なビーズクッションが鎮座ましましている。不可解な現象である。カワダは何気なくそのクッションに手を置いていた。音もなく沈んでいく感触は、最初は底なし沼のようで思わず手を引っ込める。もちろん安全な物だと分かっているが、沈み込む感覚がどうにも落ち着かなかった。カワダはおそるおそるもう一度手を置いてみる。音もなくすとんと沈みこみ、体を受け止めてくれるのは確かに味わったことのない感覚だ。ビーズクッションが流行する理由が分かった気がする。手を引っ込めようとした時、とんと背中を後ろから押されて、カワダは踏ん張ることも出来ずに前へつんのめる。
「え」
ぽすんと音を立て、カワダはビーズクッションに体が埋まった。巨大なビーズクッションである。カワダの体はいとも簡単に包まれる。思わず体をよじり、なんとか脱出しようと計っているとキングが背後に見えた。
「ハロルド」
「すまない、気になるのかと思ってな」
「押す事ないでしょう、おかげで埋まりましたよ」
「いや、君が横たわるのは似合うかもしれないと思って」
悪戯心がそうさせたというのか、キングは少々苦笑いだ。カワダはくるんと身をよじるとなんとか仰向けになる事に成功した。包まれている感覚がある。全身がまるごと包み込まれている感覚である。確かにこの感覚に人間は母性だとか、得も言われぬ感情を乗せて全身を委ねるのだろう。どこまでも無害なこの無機物に。カワダは手を伸ばした。すると、キングはその手を掴んで引っ張るのかと思われたが、腕を掴んだまま自分もそのクッションの横に座り込んでしまったのだ。ずしりと沈む込み、形を変えるが、二人分を受け止める巨大なクッションである。少々手狭であるが、ベッドの代わりのように受け止めている。カワダは不満げであった。
「ハロルド、起こしてくださるんじゃないんですか」
「たまにはいいだろう」
「もう」
そう言いながら体をよじり、なんとか脱出しようと身を起こすカワダの腹に、キングの腕が覆い被さって止めた。
「だから、動けません」
「たまにはと言っただろう。吐く息すら辛くなる時に、こうして包まれるんだ。気が楽になる」
「貴方の重責は貴方だけのものではありません。ATFの総意ですから」
「そう思わぬ者もいるだろうという話さ」
カワダは身をよじって今度はうつ伏せになった。腕はまだカワダの背に乗ったままである。その気になれば、キングはいつでもカワダに覆い被さる事が出来る近さであった。
「はあ…。でもハロルドのにおいがします、香水と、違うにおいが」
「そう言われると、居てもらいたくなくなるが」
「たまには嗅いだっていいでしょう。貴方のにおいですから」
カワダはそう言ってにやりと笑う。さきほどまで苦手であったビーズクッションにすっかり慣れたようで、全身を預けていた。
「貴方の包容力は、こうして培われたんですねぇ」
「どうかな。単純に体が大きいと言うだけだろう。誰かに包まれたことも、このクッションを除いては殆ど無い」
「そうでしたか。でしたら、今は私の胸を貸して差し上げてもいいですよ。どうぞ」
カワダはそう言ってキングの頭を目掛けて抱き着くと、そのままクッションに倒れ込んだ。ぽんぽんと頭を撫で、抱きしめた頭を胸の上に。
「よし、よし」
「日本語だが、どういう意味なんだ」
「Goodですかね、okayか…Goodboyという意味でもよろしいかと」
「子供扱いは久しぶりだな」
「たまにはいいでしょう?」
よしよしと頭を撫でて、胸元に顔を押し付ける。用が何だったのかを聞くのを忘れたが、カワダがこうしてくれるというのなら暫く大人しくしていようとキングは思うのだった。
③
ハワイは、大戦の反動からか随分と開放的な人種が集まっているものだ。元々暮らしている者はもとより、観光客はとにかく海を求め、暖を求め、あるいは開放を求めている。そのため、ブレイバーンに会うために集まったヒビキに絡むナンパも大変にしつこかった。一瞬でも彼女はその男を殴ろうかと考えたほどである。いいと言っているのに、ヒビキの容姿を褒めたたえながら随分としつこい。身体に触らないものの、手首を掴んだのでもう殴ろうかと思った。だが過剰防衛にあたるとなるとそれも出来ない。一般人を傷付けてはならないのだと言い聞かせながら、それでも顔をひくつかせてヒビキが声を荒げようとした。その時だ。
「ヒビキ、どうした?」
「あ、ヒロ…」
遅ればせながらの登場である。男連れかよと舌打ちするが、それでもヒビキに一緒に来ないかと誘いを掛けて来る。こんな男よりも何倍も楽しいさ、そんな決まり文句を言うのだ。それを決めるのはヒビキ自身だが、この男達と共にいて楽しい気分になるとは到底思えずに身をよじる。投げ飛ばすくらいはありだろうと考えるよりも先に、ヒロが男達に割って入ってくれた。
「いい加減にしろ、人の恋人に」
「はあ?」
「ヒビキから手を離せ」
そう凄むヒロの体の厚みから、敵わぬと判断したのか男達はさっさと離れて行った。ヒビキは礼を言う。あと少しで投げ飛ばすところだと言うと、ヒロは苦笑いだ。
「痛そうだな。それにここら辺はコンクリートだから、危ないところだった」
「あー人を危険人物みたいに。だってすっごくしつこかったんだよ、あいつら」
ヒビキはそう言って頬を膨らませる。投げ方くらい自衛官になって心得ているつもりだが、頭に血が上るとどうなるかは少し分からない所がある。それほど相手はしつこかったのだ。ヒビキは自身で図星をついたので、息を吐いた。
「ま、良かった。王子様の登場で」
「おいおい。ってことはいい返事がもらえるのかな?」
ヒビキはあーと言葉を濁した。先程ヒロはナンパ男を追い払うのに恋人を自称したが、それはヒビキへの思いを寄せている身だからそう言ったのであって、明確に二人が恋人という訳では無かった。まだヒロがヒビキに思いを伝えた程度で、互いの任務で国境を離れたことでうやむやになっていた次第である。狡い逃げ方を我ながらしたものだとヒビキは思ったが、ハワイでまた終結すると決まって、この議題から逃げられない事を思い知った。何事も結果を出さないのは、結局他人並びに自分の胸にももやもやとした物を残すのだ。だからヒビキは思い煩い、海岸をうろうろとしているところにナンパである。ヒビキからすれば踏んだり蹴ったりだが、ヒロが来てくれたのは幸いか。だがその到来のおかげで、答えなければならない。
「えっとぉ、ね。日本人ってわりとハワイが好きなんだよ」
「…いいよ、続けて」
ヒロの優しい所はこういったところで遮らない所である。決断力が無いわけではない。判断力もある、だが正面でぶつからずに優しさで濁したりするところがある。
「ハワイが憧れとかハワイ特集とか、芸能人はみんなハワイ好きだったりとか…」
「うん」
「日本とハワイってわりと遠いけど、意外と近いんだよね」
ヒビキはそう言いながら自身の心を確かめているかのようだった。前途多難で四苦八苦、誰かに反対される訳でもないのに自分の中に現実を見る目が存在する。その現実の壁を乗り越える気力があるのかどうかを確かめられているようなものだ。自分自身の作り上げたハードルに、日本とハワイじゃああまりにも、米軍と自衛官ではあまりにも。たとえそこに愛情があっても、あまりにも。遠くて。
「きっと君は、遠いのが不安なんだろう? 多分だけど」
「そうだね。飛行機の距離って、日本国内でもあるけどさ。時差があるのって、ちょっとね」
ヒロは目線を下にやる。このヒビキの口ぶりでは望み薄であろう。決して妥協や物珍しさで彼女を選んだつもりはない。気が付いたら目で追っていて、好きになったのは後付けのような物だ。そこに世界を救った勇気を見せられて、自分にしては大胆な行動をしたつもりだ。無茶はいつだってスミスに任せてきたが、たまには自分だって無茶をする。ヒビキへの告白もその勇気の末だったが、待った結果は残念な物になっても悔いは無い。
「ヒビキ、あの」
「でもさ、さっきも言ったけど。日本とハワイって近いからさ! それで日本って、ハワイが好きだから」
「うん」
ヒロは続きを待つ。
「だからあたしも、ヒロの事好きなんだと思う。無理だとか苦しいとか、そういうの無しできっと、好きなんだと思う」
「…ってことは、受け入れてくれる?」
ヒビキは真っすぐにヒロを見つめる。ハワイの空は青くて日差しが高い。人もがやがやとして行き交い、口々にめいめいの言葉を発しながらそれぞれの生活を過ごしている。暮らしを、観光を、どのような形でも過ごしている。その中で、息が止まったような二人。ヒビキは恥ずかし気に両手で口を押えると、目線を右往左往させた。
「あ、あはは。待たせちゃったのに今更かな」
「今更なんてことはない。嬉しいよ。すごく嬉しい」
そう言いながら、ヒロはその場でヒビキを抱え上げた。わわわ、と声が思わず出るが浮遊感に思わず声が出るが、すぐにヒビキは笑う。もうすぐブレイバーンに会えるという中で、ひとつの勇気が芽吹いた瞬間であった。