人間を相手にした誘い方に、無理があったのは自覚がある。サタケはそんな自覚があるのだ。だが若さ故だろう、その手は欲しいものに勝手に手を伸ばして引き寄せ、抱き寄せた。きつくきつく抱き寄せたのだ。自分と一体化するかのように、溶ける己の中に取り込むかのように他人の体温が自分の内臓にめり込むのを感じながら。
「良かった…良かった」
ここはゾルダートテラーに襲撃されたアメリカ合衆国ハワイ州オアフ島。ラッパの音が終わると、サタケはその手からすり抜けた者に、掴めなかった者に黙とうを捧げた。サタケだけではない、生き残った者達はみな亡くなった同志に最大の敬意と彼らと過ごした日々への愛情と最上級の悲しみをーーー捧げた。その手はちっぽけな、小さな手だった。長躯の彼の手はきっと他人よりも広いはずの手であるはずなのに、目の前で転がる物言わぬ者どもを掬い上げるのには、あまりにもちっぽけだった。似たような過去に出来事がある。TSを使用した合同演習に置いて誤砲により、クラーケンを撃ち抜かんと横を掠めたことがある。それは幸いにもパイロットの初歩的なミスであり、殺意を持った人間の意図ではなかったものの、搭乗していたプラムマンの安否を誰もが心配した。近くにいた若いサタケは、まだ現在の烈華の一代前のモデルを乗り捨て、無人演習であったはずの大地を踏みしめて真っ先に向かった。無我夢中だった。罰則対象にならなかったものの、お叱りの対象になった愚かな行為だった。誤砲が万が一続いた場合、あるいはクラーケンの損傷次第では爆発なども考えられたのだ。人間ごときが向かって、抑えられるはずもない。ましてや、若い自衛官ごときたった一人が抑えられる事象でもない。それでもクラーケンに飛びつき、中からサタケの存在を知って飛び出してきたプラムマン曹長に、サタケは渾身の力を持って抱き着いた。良かった、と日本語を思わず口ずさみながら、二人の抱擁を眺めるかのようにその場の空気は一瞬だけ止まったのだ。世界がまるであの瞬間を祝福するかのように。ただ、プラムマンだけはすぐに呆れてサタケを引き剥がしたものだが。その手はちっぽけで、プラムマンに縋りつく事すら出来なかった。
「はあ、ルテナント。貴殿は少々落ち着きを覚える必要がある」
「そんな、若い犬みたいに言わないでください」
「バカを言うな。若い犬のが、マシだ」
そう言ってサタケの額を拳でかるく小突く。サタケは不満げであったが、すぐにからかいと叱咤は、あっという間にこの誤砲の問題に飲み込まれて誰も今や覚えていなかった。覚えているとすれば、当人の二人だろう。追悼式を終えたばかりのサタケは、呼吸を整えるように息を吐く。そこにまだ着替えていないプラムマンが声を掛けてきた。
「お疲れでしょうな」
「いや…そんな弱音は言っていられないだろう」
「私の前でしたらどうぞ。これは冗談と捉えられてもいいが、貴方も成長したものですな。あの時は本当に、走って来るボルゾイを思い起こさせた」
「ボルゾイか。あんな美しくはないだろうな」
「ご謙遜を」
冗談なのか分からない。サタケは咄嗟に若い頃に、まだ何の自覚もない自分がどうしてあそこまでプラムマンに固執したのか、分からない気がした。深く掘り下げると、なんだか心のちくちくとした部分に突き当たって、掘るのを止めてしまう。それでも合同演習の限りだろうと思っていた縁が、今ここでより濃いものになるとは思いもよらなかった。
「君の姿勢こそ、あの時と変わらないままだ。怒鳴られた事が昨日の事みたいだよ」
「もう貴方を叱る事はないでしょうな」
「それこそご謙遜を。遠慮なく叱ってくれ」
サタケはそこでようやく笑った。やっと笑みを見せたからかプラムマンも笑う。
「でしたらリュウジ。あの時のような抱擁で、老兵を慰めてもらえますかな」
遠慮なくサタケはプラムマンに抱き着いた。ああ温かいな、生きてる者の体温だ。若い自分が抱き着いて、安堵したあの体温と変わらない。少しも衰えて居なような厚みに、彼のにおいがする。煙草だろうか。それとも体臭だろうか。安心する。
「…」
柄にもなく鼻に込み上げたものに、サタケの目がうるんだ。プラムマンはそれを分かっているかのように頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。それが父親にでもやるかのようで、サタケの涙腺が刺激された。そうして聞こえたプラムマンの声は、どこまでも優しい。
「どうぞ」
「…かっこつけさせてくれよ。もう若い犬じゃないんだ」
「まだ私から見たら若い」
「ちゃんと躾られているか、君が見ていてくれ」
「仕方のない子だ」
プラムマンが笑うのが分かった。耳元でくすぐったい気がして、でもそれはちっとも不快でなかったので、サタケはもう一度プラムマンを抱きしめる。生きている者の体温だ。この体温をもう一人でも失わせてなるものか。この誓いは、実戦経験のない指揮官である己の身には過ぎるかもしれないがサタケの横にはプラムマンがいる。奮闘することを改めて誓いながら、年下らしく全力で今は甘えることにした。