その緑の目は、嫉妬にまみれた美しいものだった。宝石が如き美しい目だった。その目が躍動するように黄砂の中で跳ねる。どこまでも抜ける青空と黄砂と緑の目。イサミの視線を奪ったその瞳は、生きた者の瞳だった。エジプトにも、インドにも、アラビアにも、ギリシャにもどこにもいない! 黒い髪と茶色の瞳を持つイサミにはその瞳が眩しかった。欲しくなった。すべては任務の為であるけれど、それよりもまずルイスと名乗る目の前の金髪の眩しい男が欲しくなったのだった。
 「宝刀が奪われた」
 「宝玉が奪われている」
 「宝鏡が狙われている」
 そんな噂を人々は口々に伝える。ひそひそとした会話は次第に声量を大きくなり、広大な砂漠地帯に立ち並ぶ国々である。この国々は、かつての世界大戦によって行き場を奪われた民族の子孫である。難民、逃亡者、あるいは敗戦国の者が土地を追われ、広大な恵みをもたらす川の横に国々を作ったのだ。そのおかげでか、不毛の砂漠地帯には肌が黒いもの、白いもの、黄色のもの、あかいものという人種のるつぼが生まれることになった。髪は金色のもの、年を取れば白髪、赤い髪、そして黒い髪と大雑把な分類に分けられる。様々な色の頭が日差しから守るために真っ白な布を一様に巻き、行き交う場所はある国の都市の大通りであった。皆白い布を巻いているのに、異彩を放つ三人がいる。大通りの隅にぼろ同然の絨毯を敷き、その上に踊り子が立った。傍らには男。そして蛇使いの女。彼らは何も巻かずに、ただ透明で薄いヴェールをかぶっているだけである。左端に男、中央に踊り子、右にいる蛇使いの女が声を張り上げた。
 「さあさお立合い!」
 ミユである。その元気な声に、往来の人々の好奇の目が追った。注目を集めたのを確認すると、ミユはツボをどんと絨毯の前に出すと、蛇使いの笛を吹く。蛇が躍り出てくるはずの壺の中からは、妙に目が赤く光る蛇が、なめらかな動きでしゅるりと首をもたげて現れる。その動きに子供が近付いてきた。そしてじゃらん、と異国情緒のある音が鳴る。琵琶であった。琵琶の音をかき鳴らすのはイサミである。人種のるつぼは文化のるつぼでもあった。琵琶は敗戦国から持ち出したもので、砂漠地帯では貴重な木で出来ている。その手入れは大変だが、その手入れと引き換えにしても珍しいもので人々の目を引くのに十分だった。じゃらんじゃらん、じゃかじゃかと鳴る音に合わせて踊り子のヒビキが動き出す。妖艶な動きをするのが常だが、ヒビキの踊りは鍛えられた肉体がはつらつとして、手足の動きの技術を見せるような踊りだった。若い美女が宮仕えを終えて妖艶な踊りを往来で披露することはあるが、その対極にある。子供も女性も安心して見られるような動きだった。ここはイスラム圏ではない。女性の行動が制限されている訳では無いので、瞬く間に家から往来に人々は集まった。異国情緒あふれる琵琶の動きに、ヒビキのはつらつとしたダンス。機械じみている見たことのない蛇が動く。またたく間に金が集まり、三人は深々と頭を下げた。その礼儀正しさも好感を呼んだらしく、別の都市では名前と顔を覚えられている。食うのにも生きるのにも困らない、そんな若者の旅団だ。
 「たいりょーたいりょー」
 ヒビキはほくほくとして金貨や銀貨が入った麻袋を抱えてうしし、と笑う。
 「下品だぞ」
 「いいじゃん、これで今日の宿代も稼げるってもんよ」
 絨毯を抱え琵琶を背にしながらイサミは呆れたように言う。ミユがツボを抱えながら横にいた。
 「まあまあイサミさん。これで次の街に行けますよ」
 「そうだな。次は…うまくいくといい」
 含みのあるイサミの物言いに、ヒビキとミユも緩んでいた顔を引き締める。彼らはただの旅団ではない。我々がよく知るヒビキ、イサミ、ミユである。日本国、自衛隊陸軍所属の彼らが、異国の地とも取れるこの地にいるのには理由があった。旅費や路銀を稼ぐのにも理由があった。その理由を抱えるのは、黒い髪の人間が多く住まうある国の王宮にもいた。
 「カワダ海…いえ。右大臣」
 「サタケか」
 カワダは呼びかけられ、振り返ってサタケを見やる。彼は自衛官の服ではなく、白い布に包まれた身であった。サタケは王宮所属護衛団団長の職に就いている。カワダは右大臣だ。だがイサミ達同様に自衛官である記憶があるまま、この国にやって来ている。
 「アオ達の進行はどうだろう」
 「申し訳ありません、まだ掴めていないかと」
 「そうか…」
 「右大臣殿! それに護衛団団長殿じゃありませんか」
 左大臣の声に、二人はそちらを見やった。いかにも権力で身を肥やしているかというつやつやとした脂性の肌に、立派な口ひげである。カワダの髭は少々頼りなく見えるほどだ。左大臣はこの国の人間である、二人を見やるとにたにたとした笑みを浮かべた。
 「お邪魔でしたかな?」
 「いえ。もう報告は終了しましたので、失礼いたします」
 「右大臣殿、そなた優秀なのは良いが、先日の治水工事への指示も素晴らしい手腕を振るわれた。国王の信頼も厚い、だが護衛団団長を使って怪しい動きを取るのはいただけませんな」
 「先日の盗賊の報告を受けたので、探らせておっただけです。もういい、サタケ下がりなさい」
 「はい」
 「ふん」
 左大臣は納得しない様子であった。権力と名声、そして金を何よりも好む人種である。優秀なカワダが気に入らないのは目に見えていた。だがこのような権力闘争など場数を踏んでいるし、嫉妬も慣れている。カワダはサタケに目配せした。サタケは頷くことなく承知を返し、その場を去る。その腰には拳銃ではなく、二本のシャムシールを持っていた。
 「見つからないですね、スミスさん」
 宿でミユが往来を気にしながら言う。ガラスが嵌っている訳では無く、くりぬかれた砂の向こうを覗き込むだけだがそれでも高い部屋なので、往来はよく見えた。日本人の衛生観念ではあまり耐えられない宿だが、彼らは自衛官であり極限状態の訓練は当然済ませているから耐えられている。早く浴びるほどシャワー浴びたいねとヒビキが言う。水が貴重な場所である。濡らした布で体を拭けたらいい方である。大都市に行けば、水は使い放題だという噂を聞いたので早く行きたいところだ。
 「…スミスか。手がかりが掴めなかったな」
 「そうだねぇ。この都市じゃないのかな? でも、そろそろこの国も行くところないし…」
 「そうですよね。せめて司令官とかに会えればいいんですけど…」
 「だね。あーあっちぃねーミユ、背中拭いてくれない?」
 「はーい」
 そう言って二人が別室に向かったので、一人になったイサミはふいと窓の方を向いた。寝室は寝台を準備されて快適だ。砂の壁や床はひんやりとしていて悪くない。日差しを避けられるのは有難い話だった。往来を見やる。日が落ちかけて、夕焼けに照らされながら人々は平穏に、楽し気に暮らしている。このまま平穏が続けばいいと思うのだが、日本の平穏や世界の平穏も気に掛かる所だ。息を吐く。スミス、と呟いてみる。
 ルイス・スミスはこの世界で行方知れずになった。イサミ達が目の前に確認できたのは一台の壊れた烈華とライノスだけだった。そして飛ばされたこの世界には、何故か彼らの居場所が用意されている事が分かった。イサミ・ヒビキ・ミユは護衛団所属の剣士であり、サタケの下で働いている。サタケは団長である。国家の役職にはカワダが右大臣に就いており、つまりイサミ達日本人は、黒髪の人々の暮らす国で昨日まで暮らしていたらしいのだ。だが、イサミ達は異世界に来てしまったと認識している。だから、戻る術を探しているのだ。おそらくATFの仲間も、この世界のどこかにいるのだろう。砂漠地帯は広大で、国が密集している。キングやプラムマン、ヒロといった米軍は周辺国にいるはず、いや居てくれと願う次第であった。国同士は独立しており、どうやらサタケ達のポジションであってもそう簡単に他国に向かうことは出来ないらしい。砂漠地帯の人間は向上心が高いのか、あるいは猜疑心が強いのか、国交に関われないで歯痒い思いをしている中で、サタケは奇策を編み出した。イサミ達を旅団に仕立てて国を回らせることにしたのだ。いざとなればカワダが口添えしてくれる権力を背負い、ただの旅団を装って国を巡っている。二つ目だが、耳に入って来るのはもっぱら最近の盗賊の噂ばかりで、世界に馴染んでいるであろう者達の噂は流れて来ない。
 「あーちょっとさっぱりした。イサミも拭いておいでよ。後で背中やったげるから」
 「ああ」
 イサミはそう頷く。盗賊の噂はよく流れてきた。最近めきめきと頭角を現し、宝刀を奪い、宝玉を奪い…いずれこの都市の外にある洞窟に安置されている宝鏡にも手を伸ばすと言う話だ。その頭は人は殺さず、女子供を犯す事も無く、貧乏人から奪わずに民衆からは人気を博しているそうだ。だが任務中のイサミ達には関係のない話だ。ヒロくらいは見つからないだろうか、カワダが右大臣ならキングは国王などのポジショニングの可能性がある。ならば謁見をお願いするべきか? だが、一見は何の後ろ盾もない旅団の申し出など受けてもらえるだろうか。そう考えをめぐらしながらも、イサミはとにかく体に付いた砂を落とすのだった。
 
 それは夜更けに突然やって来た。けたたましい馬のひづめの音に目を覚ますと、街をわざと闊歩するように騎馬集団が走り回っている。窓から顔を出す者の、誰も往来にまではやって来なかった。イサミ達も起きてしまったので顔だけを出す。
 「はいやー!」
 「…え?」
 先頭でシャムシールを手に、馬の手綱を握るのはスミスだった。ヒビキもミユと顔を合わせる。だがスミスの人相はいつもよりも違って見えた。緑の目である。暗闇で月光に輝くその瞳は、緑の物だった。スミスの瞳は青だったはずである。イサミは服を着替えるとまたたく間に外に飛び出した。ヒビキ達が止めるように声を掛けるが、無視して短刀だけを手にして表に飛び出していく。宿の主人も危ないよと言うが、聞く耳は持たなかった。騎馬集団が走り去った先に駆け出す。幸いにも馬の足音も、ひづめの音も消える心配はない。どうやら彼らは町はずれの洞窟に向かうらしい。ヒビキも着替え、荷物の中に隠し持っていたシャムシールを手にして駆け出す。ミユは慌てて蛇を呼び出した。あの妙に目が赤い機械的な蛇である。その目はカメラになっていて、見るものが見れば、機械の蛇だった。
 「あの、サタケ隊長…! 起きてますか!?」
 ミユの声に、サタケは寝台でぱちりを目を覚ます。天蓋付きのベッドに豪奢な部屋。団長となれば優雅な暮らしが送れ、奴隷が常に扇で顔を仰いでくれるものだが、いつも落ち着かないからと部屋の外に追い出している。その為、声をひそめながらもサタケは枕に隠している無線機を取った。ミユが烈華から取り出して改造したものだ。その無線は蛇に繋がっている。この国々は広いようで道路の整備が成されていないのと、太陽の照り返しがあまりにも強いせいで広大に見えるのだが、実際はそこまでの範囲ではない。無線は届くようだった。電源はと問われると謎の力が働いているようだが。
 「どうした」
 「スミスさんが見つかりました。ただ、ただあの…」
 「どうしたんだ。落ち着け」
 「なんか盗賊の頭みたいなことやってます…!」
 その言葉にサタケは飛び起きた。だがカワダの元に報告に行くのには、道中奴隷や見張りが大量にいる。仕方なく諦め、ミユを落ち着かせようとした。
 「大丈夫だ。あのスミス少尉が盗賊の頭になんてならないさ」
 「いやでも、めっちゃ元気に馬乗ってました…」
 「…本当に?」
 「はい、この目で見ました」
 サタケは仮説が思い浮かぶ。もしかして、たまたま自衛官達が記憶を持ち合わせているだけで、もしかして持ち合わせずに忘れている者もいるのかもしれない。その筆頭がスミスなのかもしれないのだ。そうなると厄介である。
 「分かった。イサミ達は?」
 「後を追ってます。多分、今確かめに行ってるのかと」
 「分かった。カトウは待機するように、30分経っても戻らなければ私に報告を。応援を頼むよ」
 「りょ、了解しました!」
 小声であるが、まるで誰かと話すと言うのが理解の及ばぬ国である。見張りがこんこんとサタケの扉を叩いた。
 「誰ぞ。誰ぞおられるか」
 「…ああ、寝ぼけただけだ、すまない」
 まるで今目覚めたかのように眠そうにあくびをして、そう言うとサタケはおやすみとだけ言った。見張りは幾分か不審そうではあるが、職務を果たすために定位置に戻るのだった。
 
 「スミス…!?」
 イサミは足でなんとか洞窟までやってくると、中には明りが付いているので誰かがいるのは間違いなかった。だが出てくる音がする。慌ててイサミは洞窟の横に貼りついて様子を窺った。わっはっはっはと豪快な笑い声がする。先頭にいたであろうスミスはどこだろう。息を殺し、気配を殺して聞き耳をそばだてていると、どうやら盗賊は首尾よくいったらしい。頭領をたたえる声が聞こえ、どんどん近付いてくる。多勢に無勢である、イサミは存在を気取られないようにしなければならない。だがそう考えていた時に、暗闇で何かがこちらに向かってくるのが分かった! がきん、とイサミの耳の真横をシャムシールが突き刺さる。松明を片手にこちらを覗き込む顔が見える。その顔は、ルイス・スミスの物だった。
 「ほう? これはこれは珍しいお客様じゃないか」
 「ス、スミス…?」
 「俺の名前はルイスだ。あんた、名前は?」
 気さくに尋ねて来るので、イサミは驚きの余りにすぐに声が出なかった。期待を込め、フルネームを口にする。
 「イサミ・アオだ」
 「へえ、いい名前だな。…で」
 かきぃん、とシャムシールの刃先が岩に当たり、甲高い音を立てる。スミスはにこりともしない顔でイサミを覗き込んだ。振って来たのは、冷たい声だった。
 「ここで何してる?」
 
 「イサミ!」
 その時、シャムシールを構えたヒビキが駆け付けた。スミスならびに盗賊たちは彼女を視認すると、なんだと拍子抜けしたように笑い始めた。スミスも笑う。イサミに向かって警戒心は解けていないが、それでも笑いかけた。
 「可愛いお姫様としけこむのか、いいねえそりゃあ。お邪魔してごめんな?」
 そう言ってイサミの頬を撫でる。その手付にはあまり優しさはない。ただ冷たい、盗賊が見定めをするような手付だ。そしてその瞳は美しい緑である。顔も声もそのからだも、すべてスミスの物なのにまったく違う者であった。彼らが立ち去った後、イサミは岩壁にもたれかかる。
 「イサミ!? 大丈夫?」
 「ああ。…スミス…」
 「スミスだったね。でも、覚えてないみたい。やっぱり、全員が覚えてるわけじゃないかもしれない…ヒロも、アキラもシェリーも、忘れちゃったのか私達のこと」
 「…分からない。戻ろう、ミユが心配する」
 そう言いながらイサミの足取りは少々ふらついていて、ヒビキは心配ではあるがシャムシールを握り直して付いて行くのだった。その後街の警備団とすれ違い、尋問を受けるのだがすぐに釈放された。どうやら盗賊の情報は回っているらしく、金の髪に緑の目の男が頭領で間違いないらしいのだ。イサミは暗澹たる気持ちで聞いていたが、その顔がどうやら盗賊に会って不安なのだろうと良いように解釈され、釈放された。宿の戻るとミユが心から安堵してサタケに報告していたが、スミスの事でイサミは深く傷ついているらしく、その日はそのまま床につくのだった。
 翌朝である。夜明け前に走り込んでいたイサミが宿に帰ると、ヒビキとミユが心配そうに顔を歪める。
 「どこ行ってたのさ」
 「ランニング」
 「あんた、あのねぇ…」
 「一晩考えたんだ。スミスは何も覚えていない。だったら、盗賊なんざ辞めさせる。ぶん殴って、目を覚まさせてやる」
 「それはいいけど、当てはあるんですか?」
 「…確か、前の国で聞いた伝承があったろ。七つの宝を見つけし者は宝への道が開かれる。あいつが集めてるのは、宝刀や宝玉だ。もしかしたら」
 「ああ、手掛かりになる…かも?」
 「でもそれっておとぎ話なんだよね? それでもあいつ来るかな?」
 「ここじゃおとぎ話も本当だろ。俺達も、おとぎ話みたいなもんだ」
 確かにね、とヒビキは納得したようだ。ミユもうんうん頷く。
 「そうと決まれば、伝承を聞き込みしましょう。きっと、スミスさんに近付けます…!」
 「ああ。アイツの目は俺が醒ましてやる」
 そう言いながらイサミは拳を自分の手のひらに叩きつける。あの時見た目は美しかった。黄砂の中で、馬の上で、この上ない宝石のように美しく見えた。あの冷たい目線にも、見定めするような目線でもあの瞳に釘付けになってしまった。この世界からあの美しさを奪うことになっても、あの太陽のような男を取り返そうとイサミは誓うのだった。
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