ぱたん。ぺたん。冷蔵庫を開け閉めするソニックは、肩を落とした。
「ご報告がございます」
「なんでしょうか」
まさかの敬語である。話しかけられたパナも何故だか敬語を返した。この二人に上下関係などはない。同じサイバー都市に属する電脳6闘騎士の仲間であり同僚である。だがソニックは敬語だ。ここはソニックの部屋である。キッチンとリビングが地続きのワンルームだ。その代わりにリビングは広い。だからリビングの端にいたパナが、キッチンのソニックの言葉にすぐに反応できたわけなのだが、どうしたのだろうとパナは首を傾げる。
「どうかなさいましたか」
「こちらをご覧ください」
パナはふざけて敬語で返したつもりだが、ソニックは少々青い顔で冷蔵庫を恭しく開けると、中を手のひらで差す。パナはどれどれと覗き込んだ。中には挽肉のパックがある。何ら変哲もないスーパーで売っている挽肉だ。白いパックにビニールで覆われているはずである。ただ目の前にあるそれは、開封されていて端がめくられていた。その下にある挽肉は、赤い色をしているがなんだか怪しさを放っている。見た目は売っているものと殆ど変わらない。だが本能的に、なんだか怪しい。パナがソニックに目を合わせると、ソニックは目を逸らしながらおどおどと言い訳をし出した。
「最近外食してたから…この前買って余らせたの忘れてて…」
「つまり?」
「あまりものだけど、いけると思う?」
「無理だねえ」
パナはにべもない。ソニックが余らせたのだ、ソニックに原因があるうえで所有権はソニックにある。これ以上パナに何とかできる事は何も無い。
「体力づくりも電脳6闘騎士の仕事でしょ。腐ったら捨てる。それだけだよ」
「いや…赤いしまだいけるんじゃないか…とりあえずチンして…」
「ねえソニック。明日も処刑だよね?」
サイバー都市はその独裁政治を維持する為、反乱者を処刑ゲームと呼ばれる処刑場で裁くと言う方式を取っている。それは外部の人間には見世物であり、エンターテイメントでもあるのだ。二人は人気の処刑人である。腹を壊して処刑を休む、などはあり得ない。
「ソウデス」
「腹壊して休むつもり?」
「…だってぇ」
パナに捨てられた子犬のような目を向けたとて、ソニックは捨てるのが忍びないようだ。その為に大丈夫か確かめる、いわば試験に付き合ってほしいと言うのだろう。パナには、ソニックが何を言いたいのか分かっている。だが恋人でも、出来る事と出来ないことはあるだろう。パナはふいと横を向いたが、ソニックは両肩を掴んだ。
「味見しよ?」
「俺も道連れにする気? あと、ソニックお金あるでしょ。挽肉くらいまた買いなよ」
「違うんだって~。俺はなんか、なんかぁ、このまま負けるのは嫌なんだって~!」
ぱたん。ぺたん。
同じように冷蔵庫を何度も開け閉めし、困ったような顔をしている人間がここにも一人。
「どうしたんだリュウジ」
「いやあ、うん。そうだな。負け戦は嫌いなんだ」
「冷蔵庫を前に勝敗が決することなどあるのか?」
「あるんだなあそれが…」
サタケがそう言うが苦い顔をしてもう一度中を覗き込む。そこには挽肉のパックがあった。ソニックのとは違い未開封である。ただ、解凍したために底に敷いたキッチンペーパーはびしょ濡れで、なんだか衛生面から見てよろしくないのは一目でも分かった。
「これなんだけど」
「なんだ、冷凍していたものか?」
「解凍したらなんか床がびっちゃびちゃで、今も三枚目を替えたんだけど」
「捨てなさい」
プラムマンは無情である。ここはサタケの部屋である。訪日し、恋人の家で寛いでいるばかりで甘い雰囲気もそこそこに、冷蔵庫の中を覗き込んでは考え込むサタケの様子が気がかりだったが、こんな理由だったとは。プラムマンは無情である。
「捨てなさい。恐らく細胞壁が破壊されて必要以上にディップが出ている。正直食べてもうまくないだろうし、見た目も悪い。腹でも壊したらどうする」
「そうなんだけど…まだ三日前に買ったのに…」
「当たりはずれはあるだろう、生き物の肉だから」
「……」
サタケの目線はまた冷蔵庫に注がれている。今は扉を開いていないが、その奥にある肉を見ているのだろう。
「だから捨てなさい。だったら、私が捨てる」
そう言ってプラムマンが冷蔵庫の前に立とうとすると、サタケが慌てた様子で割り込んで来た。
ちーん。電子レンジの音である。ソニックが先程のパックごと電子レンジに入れて加熱したのだ。どうやらパックは縮むという知識もあったようだが、容器に移し替えるのは抵抗感があったらしい。だからパックが奇跡的に縮まなかったことで、安堵し、そして再び本を読みだしたパナに声を掛ける。
「パナ、やってみたんだけど」
「だから捨てなって」
「まだ! まだ分からんもん! まだこの子生きてる!」
「挽肉の時点で死んでるんだが」
パナも無情である。
「生きてる、ってのは使用価値があるってことでぇ…!」
「それすらももうないって」
「加熱したら分からんもん…」
「分からんくてもやめなって」
平行線である。食べ物を粗末にしたくないと言うのはパナにも分かる。分かるが、リスクを取ってまで捨てないという意固地さは理解が出来ない。
「捨てます」
ソニックを避け、熱いだろうがパナは電子レンジの中に手を突っ込んだ。そしてパックの端を掴むと、軽々と持ち上げてそのままキッチンの生ごみ入れに叩き込む。ビニール袋が熱でくゆんだ気がしたが、まあそれはいいだろう。家主がもう一袋消費すればいいことだ。
「ああああああ!」
ソニックは絶叫と共に、大仰に床に手を着き、まるで床に懺悔しているかのようだ。肉への懺悔である。パナはちょっと熱い手を流水で冷ましていた。同じようにプラムマンにパックごと捨てられ、サタケも大仰に肩を落とす。そんなに凹むことだろうか、とプラムマンは思った。精肉の過程にサタケは関わっていないし(それを言うならソニックも関わっていない)凹むのなら精肉か肉の生産者なら分かるのだ。だからいまいち、サタケの勿体ない精神は分からない。だがパナはすぐに両手を広げてソニックを見た。
「ほら、ぎゅーしてあげるから機嫌直しなさい」
飛びついてきたソニックを受け止め、現金だなあとパナは思う。プラムマンも同様にサタケをハグすると、思い切り抱き着いてきたので少々重い。恋人を抱えながら、パナもプラムマンも、かえって悪い事をした気分になるから不思議である。
「大罪を犯している気がする…」
「大丈夫。そもそも死んでいたんだよ」
二つの声が重なった。そうだ、そもそも死んでいる者の肉である。まあ地獄で罪を問われるかもしれない可能性を考えたら、ちょっと刑が重くなるかもしれないが。その時は一緒に償うのだから問題ないと考えるのだった。