店主は王道だけど変わり種を、と熟成されたカマンベールを勧めてくれた。しかもカマンベールの原産地、ノルマンディで作られた折り紙付きのちょっといいチーズだった。
「ひとりで食べるのが勿体無いくらいの代物だな」
店主の説明を聞きながらチーズのことを褒めるつもりでそう口にした。店主は、優しく微笑んだ。
「だからこそ、ってのもあるわね。でもオススメなのは本当よ、絶対気にいるわ」
マダムは年季が入っていながら手入れの行き届いたレジスターでテキパキと会計作業をすすめる。
「一人の時はちょっといいものを食べて、元気に過ごしておけばいいわ。寂しさなんてチーズのついでに味わっておけばいいの」
綺麗なウインクと共に100グラム強の半円になったチーズを受け取った。
「また来てね」
店主の朗らかな声を背に通りへと出る。アヴドゥルは確かな重みのある袋を提げ、行きよりも軽い足取りで家へと向かう。
「これは……うまいな」
夕食のデザートに件のチーズを口にしたアヴドゥルは思わず感嘆の声をあげる。とろみの強い中身が舌を包んで、家にあった軽めの赤ワインと口の中で溶け合うとまた違う味を見せてきた。初めは慎重に三枚だけスライスして皿に乗せたが、一枚食べた時点でもう三枚増やす程度には美味しかった。
バケットにサラダ、チーズとワイン、簡素だが満足度の高い夕食だった。一日の終わりが幸せなら、心なしか楽しい一日を過ごしたかのような気になってくる。新しい月曜に向けてゆったりとした夜を過ごした。
 素敵なチーズのおかげもあり、軽い足取りで新しい一週間を歩き始めた。しかし、週の折り返しをすぎる頃には減速し、重たくなっていた。スタンド調査に向かったポルナレフから連絡がないのである。
 アヴドゥルは、占い部屋の机を拭いて卓上に落ちたらしい花びらをため息と共にゴミ箱へと放った。初めはつぼみも多かったはずの花は盛りをすぎてだんだんと萎れ、本当に替え時が近づいてきてしまった。ポルナレフのことは便りがないのがいい便りだと思ってみても、萎れた花のようにしゃんとしない心持ちだった。まさか大きな怪我でもしたのかと頭によぎって、それならなおさら財団から連絡が飛んでくるだろうと思い直す。妄想ばかりしていても仕方がないと、読もうとして積みっぱなしにしていた占星術の本に手を伸ばした。
「わーってるよ。お前こそ俺がいないのが寂しくて泣いてるんじゃあないか?」
「バカを言うな、子供じゃああるまいし」
そんなのは私のキャラでもないんだ。数分前に電話の前で放心していたにも関わらず、反射的に否定的な返事をしていた。
「だよな」
軽口を言ったんだと当たり前のように返事を返すポルナレフの声が、少し遠く聞こえる。自分の弱いところを逆に突きつけられたようだった。
「じゃあ、アヴドゥル。ちょっと急ぎなんだまた連絡する」
「わかった、待っている」
じゅてーむ。アヴドゥルにとって数少ない耳馴染みのフランス語を最後に電話は切れた。
ソファに戻り、同じようにたなびくシーツを眺めていても、眠気は襲ってこなかった。
──俺がいないのが寂しくて泣いているんじゃあないか。
流れる会話の最中で、寂しさをぴたりと言い当てられ、その上それを無かったことにされるのは、当て逃げされたような心地であった。一方で、素直に認めずにはぐらかしておきながら、伝わらない文句を言う己の狭量さにもため息がでる。
「勝手な男だ……」
苦々しい声は押しつぶされるクッションに吸い込まれていった。
「ダメだ、このままでは」
気落ちしたまま過ごし続けてもいいことはない。わざと声に出して気持ちを切り替えようと試みる。何か、楽しいことを探そう。その心持ちでいながらいきなり冷蔵庫を開いてしまうのは小腹が空いていたからだろう。油紙に包まれたチーズがアヴドゥルを呼んでいたのかもしれない。いつものチーズ皿に三角形の薄切りチーズを並べていく。乾燥して固い一枚目より、まだ潤んで柔らかい二枚目を厚めに切り出してアヴドゥルはつい笑っていた。
「まったく、全部一人で食べてしまってもいいんだぞ。こんなに美味しいのに」
半分くらいの大きさになった茶色いチーズを大事に油紙で包み直した。
『一人の時はちょっといいものを食べて、元気に過ごしておけばいいわ。寂しさなんてチーズのついでに味わっておけばいいの』
マダムの言葉を思い出しながら、アヴドゥルはコーヒーを啜る。
寂しさに対して耐性が無いわけではない。しかし、久しぶりの寂しさに飲まれていたのは確かだ。今手元にある寂しさは恋人への寂しさであって未だ慣れない。心配で気を揉んだり、素直になれず気落ちしてみたりしたが、マダムの言うようにチーズのついでに軽く味わってしまえばいいのか。
チーズの脂と熱いコーヒーの苦味がうまい具合に溶け合うのを教えてくれたのもポルナレフだったことを思い出し、アヴドゥルはため息をつく。
「ここまで生活を侵食されては、この状況が寂しくないはずがないな」
声に出してみて、すっと空気が通るように心が軽くなる。自身が感じていたぎこちなさは寂しさに抗おうとしていたせいで生まれていたのだとようやく気がついた。
最後の一切れは、鼻歌とともに飲み込んだ。それくらい気が軽くなったのだった。
カット
Latest / 81:57
カットモードOFF
20:57
しらふじ
こんにちは!おじゃまします!
44:41
とおりすがり
コメントありがとうございます🫶30分くらいと言いましたが、もう少し続けます🙌
46:17
しらふじ
ポのいない日々を過ごすアヴの鬱々とした気持ち…
59:02
しらふじ
冷蔵庫開けちゃうアヴkawaii…
81:50
とおりすがり
配信はここまでにします!コメントくださった方、見てくださった方、ありがとうございました〜!!
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
作業
初公開日: 2024年08月31日
最終更新日: 2024年08月31日
ブックマーク
スキ!
コメント
小説の続きを書きます。
今度出す小説の一部です。ネタバレ等、ご了承ください。
いつもコメントなどありがとうございます!
集中を途切らせないために個別の返信は控えておりますが、とっても励みになっています。これからも気が向いたらコメントくださいますと嬉しいです。
作業
小説の続きを書きます。 今度出す小説の一部です。ネタバレ等、ご了承ください。 いつもコメントなどあ…
とおりすがり