「はーい。今日は心霊スポットに来ています~」
「なんで配信風に言うの」
「なんかよくない?」
ルルはミオワに言われて、はしゃいだように笑った。ここは某市の主要駅である。ルル、仲良しのフイタ、ミオワ、タカミ、ヒワダにタツジがいる。別に心霊スポットだからと言って、何かカメラを回している訳では無い。ただの肝試しである。同じ区内だったらよかったが、少々足を伸ばして隣の市にやって来たのだ。どうせならスマホ回す?とミオワがはしゃいで言うのに、フイタは嫌そうに首を振った。
「やめようよ。こういうの、動画撮ったら何か映ってたら怖いし…」
「ヒワちゃん怖いの大丈夫?」
「大丈夫…だけどみんな大丈夫なの? タケゴさあ、さっきから震えてる」
タケゴとはタツジの下の名前である。ヒワダは同じ学級だからか、タツジを呼び捨てにしていた。タツジはヒワダをきっと睨みつける。
「お前、俺が怖がりなの知ってるだろうがよぉっ」
「そりゃ知ってるわよ。一年の時に、クラスのみんなで肝試し行こうって時に震えまくってたもの」
「おれ的には、掴まれると非常に痛いんだけどなー…」
狐顔のタカミが迷惑そうではあるが控えめに言う。ルルとは部活が一緒という訳ではないが、一年で一緒になって班が一緒だった時から妙にウマが合った。SNSで繋がっていて、たまに話をする程度だが出掛けようと考えた時に顔が浮かぶ友人である。タカミとタツジは後ろにいて、先頭はルル達四人組である。ルルはいつものシャツに短パン、フイタはスカートにブラウス、ミオワとヒワダはわんぴーすだ。タカミはシャツに長ズボンとタツジは高級そうなシャツブラウスに、短パンである。いかにも思春期のお出かけという感じの集団だが、周囲にはあまり人気が無く、特に彼らに気に掛ける大人もいなかった。サラリーマンがたまに通りがかるくらいか、そうなると心霊スポットとしての付加価値が高まる気がしてルルはぞくぞくとする。
「なんかなんか、人がいないって心霊スポットぽくない? ぽいよね!」
「やめてよルルちゃん」
「わかるわかる、なんか本当にいそう!」
はしゃいでいるのはルルと、普段気弱なミオワで、後は恐る恐るだが好奇心半分と言ったところだ。
「…でも心霊スポットに8時って、いないんじゃねえの」
タツジが水を差す。だがその手はタカミの腕を必死に掴んでいる。
「だって2時とか無理じゃん。うちうるさいし。みんなも無理っしょ?」
「無理だけど、なんかこの時間でも怖い感じあるね。なんか寒いもん」
「ヒワダさん、やめてぇ!」
フイタがつい叫ぶ。どうやら怖いものが苦手らしくルルの背にひっついてきた。ルルは珍しい優等生のフイタの顔に、何故か得意げだ。
「フーちゃん、意外なものだめだね~。フーちゃんなら幽霊でもいけそうなのに」
「言葉が通じない系って駄目なの! 虫とかそういうの無理! あー無理!」
「大丈夫? トモちゃん帰る?」
ミオワがそう呼ぶ。フイタの下の名前はトモカなのだ。だが友達に心配されても、フイタは顔を顰めた。
「でもルルちゃん心配だし…知らない所で何かあっても…困るし…」
「それじゃあ行こう行こう。ちゃっと行って、ちゃっと帰って来よ! ね?」
ヒワダが急いでフイタごとルルを押す。それがじゃれ合いに感じたのだろう、ルルはきゃーきゃーはしゃぎながら小走りになる。皆駆け出した。
「ここが例のスポットでーす」
まるで観光地化のようにルルが片手を上げて見せる。その手の指し示す先には、歩道橋があった。
「なんかここで昔自殺した人がいるとかで。写真撮ると必ず変な物が写るとか、あと声が聞こえる! だとか」
「ネットで見るとあんまり出て来ないのよね、情報」
フイタが青ざめながら言う。
「そー、あんま実績ない」
「心霊スポットを実績とか言わないで…」
フイタが呆れたようにルルに言う。ミオワにくっついていて、ミオワも歩き辛そうで苦笑いしていた。ヒワダはあまり怖がっていないのか、いつもの澄ましたような顔で周囲を見渡す。
「でも歩道橋にしてはほんと、人通り少ないわね…なんか誰も来ないもの」
「一応路線バスマニアのおれから言わせると、バス停がこっから38メートル先にあって、ここら辺は公園が近いし住宅街もちょっと外れてる。だから人通りはあんまりないと思われる!」
タカミが生き生きとそう答えた。住宅街と公園の境、バスも遠いためそうそう夜になって近寄る場所ではない。公園の木々も鬱蒼として、闇の中で黒く葉擦れを与えて来る。ここが心霊スポットと言われるのも分かる気がした。
「霊はどんななの? ルルちゃん」
「なんか歩道橋から飛び降りたとかで、体が欠けてるとか…まあこれ、一年のここの近所の子が教えてくれたんだよね」
「どういう子?」
「特撮同好会の子!」
「ああ…それで地元の人はあんまり近付かないスポットなんだ」
「そうみたい。でもでも、幽霊的な情報は後を絶たないとか…最近見ないとか」
「どっちなんだよ!」
タツジが苛立ったように言う。するとルルは、怖くないのか大胆な提案をしてきた。
「せっかくだからさ、渡らない?」
「は?」
「そうしよ。怖がってる子も多いし、さっさと済ませちゃおうよ」
「お、俺は怖くないからな!?」
「はいはい」
普段人の中心にいるヒワダが仕切ってくれ、ルル達は歩道橋の真ん中に立つことにした。薄暗い。周囲を見渡すと、どうにも薄暗い。左右どちらにも公園があって、それを繋ぐように出来ている。本来なら公園を利用する者のための歩道橋なのだろうが、目もくれずに誰も利用しない寂しさがあった。心霊スポットだと聞くと余計にそう感じる。フイタはぶるりと身を震わせた。
「おい、もういいだろ帰ろうぜ」
ようやくタカミから離れたタツジが言うが、ルル達は周囲を見回していて聞こえないらしかった。
「何も起きないね…」
「ねえ」
「いいから、もう帰ろうぜいい加減さぁ!」
「ねえ」
二度目の声にタツジはぎょっとした。どうやらその声はルル達の仲間の声でなかったからだ。ひどく落ち着いた男性の声である。一回目は気のせいだと流したのだが、二回目はさすがに気が付いて冷や汗が出てきた。
「ねえ」
三回目である。ひ、とタツジが声を上げて汗が背を垂れる。寒気がして鳥肌が立った。ルル達は相変わらず呑気に談笑しながらで、タツジの異変には気付いていない。唐突に肩をぽんぽんと叩かれる。
「うぎゃああ!」
「うわ!」
「なに!? なになに」
途端、タツジに注目したルルの目に眩しいものが当たり、視界がぼやける。まさか霊魂!?と考えるものの、それにしては眩しさが均一で日常でよく使うもののような気がした。
「みんな、何してるのかな?」
女の人の声と、逆光の向こうに人影がある。タツジは腰を抜かして座り込んでいるから、その姿が良く見えた。懐中電灯を持った警察官…ホノカであった。
「おまわりさん…?」
「良かった。みんな無事みたいだね。でも驚かしちゃったみたい、ごめんね?」
ホノカはタツジに手を差し伸べるが、要らないとばかりに立ち上がったタツジの襟を何かがぐいと掴む。そしてあの男の声がした。
「おい、ホノカさんの好意を無駄にするな」
「な、なんだよ。何の声なんだよ?!」
「ここだよ。下だ」
ルルからすると、タツジの襟を掴んでいるのは幽霊などではなく細いロボットアームであった。ルルは見覚えがある。スペルビアも似たようなアームを使っていた。その先を追ってヒワダとミオワが歩道橋を覗き込むと、そこには一台のパトカーが停まっていた。
「なんだ、パトカーの声なんだ」
「じゃあ、さっきの恐ろし気な声って。パトカー?!」
驚くタツジに、ロボットアームが外れる。するとホノカはくすくす笑い出した。
「どうしたんだい」
「ごめんなさい。イーラさんが怖がられてるの、なんだかおもしろくって。大丈夫だよ君達。このパトカーは悪い人以外は捕まえないからね」
ホノカはそう言ってにっこりと笑う。だがすぐに顔を引き締めた。
「お父さんとお母さんもいなくて、人気のない所に来てるのだーれだ? 危ないかもしれないでしょ。それに、歩道橋覗き込んだりしたら」
「はい…」
フイタが優等生らしくしおらしく反省していると、皆も同意して反省する。暑くなると心霊スポット巡りをする若者がいるから、見回りに協力しているのだと言う。普段は管轄は違うのだが、応援を求められているらしいのだ。そこでイーラと向かったら、案の定ルル達がいたという訳だ。
「そろそろ帰らないと、おうちの方が心配されるでしょ? みんなはいい子だから、帰れるかな?」
「はい…帰ります」
「えーもうちょっといようよ!」
「こら。ここはただの歩道橋なの、だから何も起きないよ。おまわりさんも見回りに来てるけど、変なもの見たことないもの。さ、帰って帰って」
「えーーー」
せっかくの経験なのにとルルは不満げだが、フイタとミオワが脇を抱えて歩き出したので名残惜し気に歩道橋を見ながら立ち去っていく。ヒワダ達はホノカに頭を下げ、そそくさと立ち去っていった。なんだか警察というのは緊張するものだ。何も悪いことはしていないが、どうしても背筋が正してしまう。
「ざんねーん」
そうルルが呟いた時だった。
「おーーーい」
振り返ると、歩道橋から声がしている。手を振っている人影が見えた。一瞬ホノカだと思ったが、背格好が違った。ルルにはイサミに見えたし、イサミの声に聞こえた。思わず戻ろうとするルルを、フイタが止める。
「ルルちゃんどこ行くの?」
「え、だってイサミが呼んでる」
「あれ、女の人だよ。うちのママの声だった」
フイタはそう言ってさあっと顔を青ざめさせた。
「え、そんなことないよ。あれイサミだった」
「待ってルルちゃん。私のパパだったよ」
ヒワダも口を挟む。
「え、違うよ。わたしのお母さんだよ」
ミオワも言った。するとタツジが口を開く。
「…俺はじいちゃんの声だった。あれはじいちゃんだよ」
「え?! おれの親父だったけどなー背格好も、声も…」
タカミが不思議そうに首を傾げた。その呼びかけを聞いていたのは誰もが同じなのに、全員なぜか違うものに聞こえている。そしてシルエットも、全員違う人間だと思っている。すり合わせをしていくうちに誰かがぞっとしたのが伝播したようで、ルルにも鳥肌が立った。イサミじゃない。あれはイサミじゃないのだ。フイタのママでもヒワダのパパでも、タツジの祖父でもタカミの父親でもミオワの母親でもない。誰か。声と体を騙った誰か。誰かが、親しい者の体と声を借りて、呼んでいる。あの歩道橋へと。
「おーーーーーーーーーーい」
今度は真後ろでその声が聞こえた。だが誰の父親でもない、ただの知らない男の声だった。
「きゃあああああ!」
「ひい!」
「うわあああ!」
全員は駆け出した。声はそれ以上後を尾けてきたりはしなかった。それだけが救いだ。きっとあの歩道橋から離れられないのだろうと、明るいファミレスで六月なのに熱い飲み物を頼んだみんなはそう言う。だがこれ以上にない恐怖体験に、どこか飲み物でほっとした後、ルルはようやく口を開いた。
「なんかいい思い出かも」
「ならないよ!」
フイタが半べそでそう言うのを、ヒワダがまあまあと宥める。塩まきたいと、タツジが言うのでフライドポテトを注文して、その塩を両手に擦り合わせた。
「これで良し」
何の根拠もないが、とにかくそれで良しとした。その後は楽しく喋る事になって、段々とルル達はあの恐怖を忘れていく。だが夏になれば思い出すだろう。イーラもホノカもいなくなった歩道橋で、呼んでいた誰かの事を。