ころんとベッドに寝転がる体に、性的魅力があるかと言われればそうではないだろう。自身の性的嗜好はヘテロだと思っていたし、同性の裸は見慣れている。だからこれは浮気のようなものでもない、まあ妻がもし仮にこの場に乗り込んできたら言い訳は出来ないような格好ではあるけれど。老いの寂しさを謳った文豪の作品は少なからずある。男が不能になると妙な自由が目の前に転がり込んできて、性欲が煩わしいとあれほど思っていてもあの美しい女体を追い求める感情が無くなった穴が、心の中に出来ている。男の矜持が性欲だなんて馬鹿げている。それでも、そうであったのではないかと思うしかない。とはいえキングは不能ではないが、もう使うことも少ないと思っているからこその大胆な行動をしていた。
かつての部下だったカワダと添い寝をしているのだが、彼を抱き寄せればキングは眠くなる。人肌だからか不思議とよく眠れた。少し骨ばった細い体は、昔から筋肉の鎧に覆われていなかったのだろうか。キングは肉を付ければ自然と盛り上がる鎧じみた体だったが、カワダの体には肉がそこまで付かないのかもしれない。その違いも、まあこの歳になれば気にはならない。年を経れば自然と人間は骨ばっていく。それでもまだ52歳の体にはそこまで死は近付いていないようだ。抱き寄せた時にはまだ少し肉の感じがある。腹や背に、肩にあたたかみのあるものが触れて来る。この触れ合いに、何の言葉を当てはめればいいか分からない。
なれ合いか、人生最後の恋か、やけか。そのどれもが穴にはしっくりと嵌らず、形が違うからと弾き飛ばしている。カワダの寝息が聞こえた。すうすうと、思ったよりも静かな寝息だ。肌に定期的に息が触れるから生きているのは分かるのだが、それでもたまに生きているのか心配になるほど静かである。上品な寝方である。育ちの良さだけでは育めない眠り方だ、生来のものだろう。キングは眠るカワダを引き寄せる。頭はころんと素直に動き、キングの方に身を寄せる。すうすう。キングはカワダの額に口を付けた。くちびるを押し付けてみる。自分の厚いくちびるがつぶれ、静かに口付ける感覚がある。ここに何の感情も無い。ただ唇を押し当てて、それだけだ。何の感情もないキスなんて久しぶりだ。思春期に好きでもない女と口付けたりとか、向こうが熱烈にこちらに恋していたとか。そんな甘んじた軽いキスを思い出すほど、この行為に意味なんて無いのだろう。カワダの皮膚の感触も、この甘くもない時間に意味もない。ただの、そうだな。好奇心だ。カワダは眠っている。キングは彼を抱き寄せてみた。強く強く抱き寄せる。ん、と小さく唸る声が聞こえた。カワダの行動も正直に言えば分からない所がある。こうして慰安旅行に連れ出す事までは分かる。日本に取り残された哀れな老人を慰めに、取り戻した平和を堪能するかのように人間が多く集まる祭りに連れて行く。そこまではATFであった二人の功績を勝手に感じ、この平和を愛しく思い、過去の平和を懐かしむ。その上で、添い寝をして性器をなぶるように撫でるところが分からない。カワダから性的な何か興奮のかげりがあれば、キングからしても分かる。そう言った相手として見られているということだ。だが手付が違う。まるで高岡親王航海期の薬子のように、乳房を触れさせながら性器をもてあそんで目もくらむような快感を与えて来るような。センシティブな場所に手をやっているのにいやらしくなく、下卑た心が無いのにただ肉体の快感を引き出してそこに何か精神を乗せて昇華させようとする。不思議な手つきは、人間として与えられた肉体をどこまでも哀れむようだ。人間には肉体がある。捨てられないおもりがある。そのおもりを捨てれば死ぬのだから仕方がない。カワダの手付はまるで憐れむようだ。きっとまだカワダも枯れていないのに、同情心かあるいは興味か。
額に口付け、鼻梁に口付けて、唇にはしないでおいた。小さな口付けである。音を立てるだけの触れるだけのもの。今のこの歳でする口付けは、簡素で味気の無いものだ。相手が眠っているからである。そうだ、カワダは深く眠っている。他人の横でここまでぐっすりと眠ることが出来るのは、ある意味才能かもしれない。カワダに対する感情は、友人の域を超えないのに心を開いて信用してくれるのだ。何か勘違いが起きるのなら、きっと若い時だろう。カワダを両腕で包むようにする。うむ、と唸る声が聞こえたが無視をした。起きるかもしれないが、今は抱き枕の様にさせてもらおう。そうしたらキングもよく眠れるからだ。
「おやすみなさい」
眠る前のカワダの言葉を今思い出す。おやすみ、と自分も返したが急に答えたくなって、だが言葉の代わりに腕の力を緩めた。そして両腕でカワダ全体を抱くように適度な力で添える。すっぽりとはまった体は安堵したようにすうすうと寝息を立てている。キングも眠る事にした。きっと誤解されるかもしれないこの距離で、愛情で包むような抱き方をするのは久しぶりだ。いや、むしろ無かったかもしれない。誰かにすることもなかった抱き方をカワダにして、玉を天竺に向かってぽいと投げた。