目的を同じくしながらその目的を達する方法が異なるという理由でお互いを疑っているというこの状況を、愚かというのは簡単だ。
 しかし、天導天使もまた疑念を持っていた――上級天使に対して。
 天導天使という立場を持って上級天使の傍らに立っていながら、あるいはだからこそというべきか、天導天使の抱く上級天使への疑念は日々深まっていた。
 天導天使は自身の知識と才能を十全に活かし、マルクト教団内での活動を行ってきた。特に、実在する神への接触には、天導天使は幼い頃に顕微鏡を初めて覗いたときと同じかそれ以上の知的興奮を覚えていた。その手には、世界の根幹部分に触れているという確かな感触があった。
 天導天使の参入によって創造維持神の研究は急速に進み、神に介入できる領域は確実に広がっていった。神に神経節(コード)を繋ぎ各種データを採取するだけにとどまらず、外部から特定の信号を送ることによって神の認識をコントロールし、神の感覚器官である感覚級の人工的な模倣すら実現目標となった。今や神は、人の手の届くところにある。
 ――そこで天導天使は、ふと我に返ったのだ。後ろを振り返って、周りを見渡して、改めて自分が来るべきではない場所に足を踏み入れてしまっているのではないかと気づいたのだ。
 自分のしていることは本当に正しいのだろうか。本当に、世界を救い、髪を癒すことができるのだろうか。
 そして――。
 コリエル・メンバーたちと問答を交わしながら、天導天使は隣りに座っている上級天使を見やる。
 自分よりも前を歩いている大きな純白の翼を背負った男は、なんのためらいもなくその先に歩いていこうとしている。この背中に、自分はついていって良いのだろうか? いや、そもそも――。
 この男は、一体どこに向かっているのだろうか?
 上級天使は――このひとは、本当に世界を救おうとしているのだろうか?
 本当に神の機能を修復することで、この世に満ちた歪みを解消しようとしているのだろうか?
 背中に背負った偽翼の重さに倍する疑念が、べったりとこびりついているのが感じられた。
 次第に熱を帯びていく会議室の中にあって、天導天使は自分の中の疑念が急激に膨れ上がって行くのを感じていた。その脳裏に、以前「聖域(サンクチュアリ)」で見た光景が浮かび上がる。
 防護服も防護装置も身に着けずに創造維持神の間近に立つ上級天使。
 手のひらをかざすと、確かに機器の示す歪曲修正率は通常よりも安定した。まるで上級天使によって、神の歪曲修正率に直接介入が行われたかのように。
 そして上級天使は確かに言った。「私は神を殺す」と。
 上級天使の意図はわからない。彼の目的は何なのだ?
 私は本当に、彼に協力していていいのだろうか?
 やがて会議はいつものように平行線をたどったまま終わり、集まった面々は重苦しい面持ちのまま会議室を出ていった。
 あとに残されたのは、上級天使と天導天使のふたりだけ。
 ややあって、上級天使が先に席を立った。天導天使を一瞥することもなく、そのままかすかな羽音を残して去っていく。
「……っ!」
 呼び止めようと思った。上級天使の名を呼ぼうとするその声は、首を絞められたかのように喉元でせき止められた。その背中に思わず伸ばした手が、虚しく空を掴む。
 ひとり残された天導天使は、思わず天を見上げた。
 そこにあるのは清潔で無機質な天井だけで、その向こうに広がる空もまた神のいる場所ではない。
 神は――実在する神は、地下深くのガラスの函の中で、未だ沈黙を保っている。
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夏コミ原稿を書いていきます。
初公開日: 2024年07月30日
最終更新日: 2024年07月30日
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