削った氷の冷たさは、子供の舌には随分と御馳走であった。熱い物、冷たい物、そんなものは常温でなければ手に入れることは出来なかった。常温でも良い方だ。カビが生えている湿気た物、あるいはからからと干からびた物。そんなものを口にしながら、生きてきた。時にはネズミと猫と、野犬と奪い合いながら、虫も口に入った物を吐き出した。その時の味が今でも肥えたはずの舌にこびりついていて、とにかく上塗りせんと金にものを言わせた食事に囲まれたこともある。それでもあの虫の触感が、ひからびたパンのざらざらとした質感が、忘れられない。あまりにもその感触がひどく、一時は金を食えば治るのかと思い詰めたこともある。紙幣をナイフで切り、フォークで。口に運ぼうとして、どうしてもできずに止めた。コインも口に運んだだけで出した。たかが一枚の紙幣ごとき、コインの一枚ごとき、ハレクラニの経済的地盤は崩れない。だから切り刻んだことに後悔は無いが、金はただのインクの染みた紙だった。まずい。だから刻んだ紙はごみ箱に捨てた。
「どうやろ? お口に合いますやろか」
新・皇帝決定戦で金の道を歩んでいると、口元に冷たい氷を押し付けられた。その冷たさにハレクラニは咄嗟に目を細める。その冷たいまなざしに宇治金TOKIOは気付かずにスプーンに掬った氷を必死に伸ばそうとしている。一口でも食べれば魅了すると言わんばかりの態度である。だがその氷は緑のシロップがかかり、どちらかというと一般的な物。小豆もついていた。特段物珍しくもない。それでも、宇治金TOKIOがハレクラニの口にスプーンを突っ込んだ。ビュティ達と別れた後だった。金の道を歩く中で、肩に乗っていた小さきものを取るに足らなかったのだが、物音がしたので振り返った。そこにスプーンがふっとハレクラニの唇をかすめたのだ。その瞬間にずぼっと口に突っ込んできたので、ハレクラニは非難めいた視線を寄越すが、宇治金TOKIOはにこにこと笑う。愛想笑いであった。ハレクラニには分かる。笑顔には種類がある。ハレクラニの背後にある金に目がくらみ、とりなそうとする者のなんと多いことか。笑みにも見えるが、食品とはあまり触れ合う機会の無かったので少々判断が難しい。
「おい」
ハレクラニがずいと顔を近付ける。
「なんの用だ」
「ひぇ。いや、わてはその。なんちゅーか、貴方様が新皇帝に相応しいお方やと思いましてな! 御付きになりたいと」
「見たことが無いが、もともとどこの所属だ」
「…やっべ」
「なんだ」
「いや……三世様のところ…かなー?」
「三世?」
ぎろりとハレクラニの目つきが厳しくなる。宇治金TOKIOはハレクラニがどのような人物かは知らない。ハレクラニも同様である。だから身の上を簡単に語ったとて、それが互いの利点になるとは限らない。ハレクラニの警戒は続いている。
「100年前の、コールドスリープから目覚めた前時代の遺物か」
「遺物ゆうんは、聞き捨てならんですわ」
「だったら付いてこなければいい。私は現四世世代の、マルハーゲ四天王がひとりハレクラニ。供などいらん」
「…そうでっか」
だが金の道を作る産物なのだろう、ちゃりん、と目の前にコインが落ちたのを見て宇治金TOKIOは目を輝かせる。そして両手いっぱいに、足元で水に沈む紙幣を掴んだ。あさましい金の亡者である。いつの間にか与える側のハレクラニは冷たい目線を寄越したが、先程の氷がくちびるの裏に触れて、特別なものだった氷の感触が心の隙間にぴたりとはまった。
「やっぱ付いていかせてください!」
「…勝手にしろ」
三世世代とて恐るるに足らず、ハレクラニは新・皇帝決定戦への道を踏みしめる。認めたくはないがあの氷が舌の異物感を取り除き、急に味覚が戻った気がした。ここの空気にも味があるのが分かる。血反吐の滲む野心の味だ。
マネーキャッスルに戻ったハレクラニは、季節外れのかき氷を持ってこいと命じた。運ばれてきた氷をしゃくっと掬い、口に運ぶ。二口目にはぷっくりとした小豆を含んで、緑のシロップのかかった氷と共に口へ。金の掛かったかき氷だ。甘く、調和の取れたかき氷。あの時食べたのは、もう少し安っぽくて、こんなに体に染みわたるものではない。質の良い氷がやわやわじわじわと染み渡るのなら、宇治金TOKIOの氷はきいんと頭を揺さぶるものだ。ふん、と鼻を鳴らした後にハレクラニは三口目。つめたい。あまい。子供の自分が噛み締めるように食べる中で、なんとなくあの氷を乞う。