「今度さあ、粉殻くんの脚本書かせてよ!」
 脚本家もどきが目を輝かせて言う。彼が所属する劇団はそれなりに高名な脚本家を算出しており、彼もその登竜門への憧れに吸い寄せられた一人だ。だが実力はまだ未知数である。というのも劇団の脚本家は既にいるので、見習いという形で雑用をこなしているだけの中年だ。確か三十代後半じゃなかったか。彼がそう口にするのは大抵、劇団に飛び込んで来た若い女性を口説く為に使われる。劇団の仲間なら全員その手口を知っている。だが、今は同性であるイーラに使っているので、よほど彼が才能にほれ込んだのかと皆遠巻きに興味深そうに眺めていた。渦中のイーラは、どうでもいいとばかりにパックのジュースを啜っている。乳酸菌飲料が苛々に効くと聞いたから、学生時代から欠かさずに飲んでいるものだ。だが啜っているだけでは無礼だと思ったのか、ストローから口を離した。
 「はあ、どうも」
 「いやーあの演技とっても良くってさ! ボクも是非書きたくなっちゃって!」
 イーラの演技とは、今度彼が所属する劇団での公演に出て来る、ある”男”の役の事だ。強烈な怒りを抱く架空の男である。その演技に、まだ下っ端のイーラがはまり役だったため、劇団にはちょっとした波紋が広がっていた。とはいえ劇団の世界はどこまでも広いものなので、日本の片隅で、それもそこそこ有名な劇団の世界の中での話である。井の中の蛙だ。だからイーラは別に興味は無いが、利用されるかもしれない可能性には眉を顰めた。ここで脚本を書いてきて、万が一イーラにはまる演目であったら、その名声を利用して女にもてようとするかもしれない。だが脚本の腕はさっぱりだとうわさも流れている。純粋な好意か、あるいは下心か図りかねて、日ごろの行いだからとイーラの天秤は下心だと判断した。
 「どんなのを書くんです?」
 「え? ああ、まあボクのことだからね、恋愛ものも冒険活劇もなんでもござれだよ!」
 「だったら。僕は笑い男が好きなので、それをアレンジして超えたのをください」
 「え、超えたの…って?」
 「はい。それなら演じてみたいです」
 笑い男は有名な演目である、役者は15分の間笑う演技をする過酷な物である。だから主演の笑い男は、一人二役だったりするし双子を使って息が続くのかと観客を驚かせた事もある。その笑いに至るまでのストーリーも悲劇的で、美しい。それを超えたら演じたいというのはイーラの本音なので、その言い方には嫌味の一つも含まれていなかった。だからかえって純粋に、純粋であるがゆえに、強烈な皮肉になった。イーラの評判を下げることのない皮肉である。ぽかんとする脚本家もどきに対し、飲み終わったからイーラはパックを捨てに立ち上がる。周囲で見ていた劇団員がくすくすと笑っていた。
 「粉殻の怒りの秘訣はなんだ? 後学の為に聞きたいな」
 劇団員の大先輩、テレビにも出る劇団の顔がイーラを食事に誘ってくれた時の言葉である。高級な寿司をおごってもらった。若者は肉のが良かったかと気を遣ってくれるところが、劇団員に慕われている。ともあれ若い女性に目がないだとか悪い噂はあるが、演劇の道では欠かせない相手であるので、総合的には目をつぶっている状態だ。
 「どうでしょう。昔からの事ですから」
 「昔からか。それは苦労したんじゃないか」
 「ええ。もうずっと怒ってましたよ。給食のメニューにも、同級生に貸した消しゴムに汗が滲んでたとか」
 「ああ、手汗すごい子いるもんなあ。その消しゴムは?」
 「もう要らないって投げ返しました。それが顔に当たったとかで、親呼び出されたり」
 「苦労してるんだなあ」
 大先輩は笑う。人は誰しも苦労を抱えて生きるものだが、イーラの怒りはデスドライヴズの頃からの名残である。何の因果か死んだ地球で人間として生まれ変わったイーラは、その生を全うすべく暮らしている。
 「その怒りは生まれつきって事か。でも消しゴムのくだりは参考になるな、実体験は大事だからね」
 「勉強になります」
 イーラは頭を素直に垂れた。人間に生まれ変わった事で立場も変わり、デスドライヴズの唯一性を失っている。だから自分は特別だと威張っていても仕方なく何より人間社会でそんな主張をしたところで、起きるのは嘲笑と精神を疑われる程度だ。そんなのバカみたいじゃないか。だからイーラは生きる上で、大人しくはしていた。突発的な怒りに悩まされながらも、なんとなく生きることを選択している。
 「でも、僕でいいんでしょうか」
 「若いのは謙遜するなあ。結構はまり役だと思うよ? 売れ行きもいいし、何より存在感がすごい」
 「存在感ですか」
 「よくあるだろう、クラスで影が薄いだとか…そんなのは関係ないんだ。舞台の上で魅せるんだ、普段の影が薄かろうが、スポットライトの下で輝けば、それは役者として成功だよ。その点では、粉殻は体付きもいいし華がある、テレビでも行けると思うんだがなあ」
 「それは求められれば、僕はどこでも行きます。希望は無いです」
 「そこら辺が謙虚だよなあ、もっと怒りの天才役者だーとでも思う方が、粉殻にはいいかもしれん」
 イーラに希望は無い。野望も無い。ただ無限に湧き出て来る怒りが、演劇をしている時だけ和らいで、怒りのエネルギーが全て役柄に費やせるのだからそれ以上に何の希望もない。野心の無い男だと言われても、それ以上を求めていないのだから仕方がなかった。
 「でも、今でも怒りに駆られることはありますよ」
 「へえ、どんな時に?」
 「日常的にですね」
 喩えるのなら、同居人の甘い家事とか怠惰な生活基準とか。そういえば、とイーラはふと思い出す。大先輩にはもちろん言わなかったが、デスドライヴズの時に地球に降り立つ前の事である。死を与えてくれる惑星を求めて、宇宙船があてどない宇宙の旅をしていた時である。
 「いいっ加減にしなよセグニティスゥ…」
 イーラがセグニティスの塔を訪れた時のことだ。酸素を必要としない彼らは宇宙空間でも、高速での移動中でなければ自由の行き来できるようになっている。怠惰を司るセグニティスの塔は、見るも無残にぐちゃぐちゃであった。というのも、有機生命体をセグニティスが飼っていたからである。前回の惑星に繁栄していたものだ。人間と同じほどの大きさだが、三本足の生物で目がひとつ、足先はまるまっていて吸盤が先端についてとことこと歩く。白い体毛が短い毛足で全身に生えていて、地球語で無理矢理言うのなら、ャヵヴネるるるをという名前だったはずだ。それを飼うと言ったせいで、排泄はするし専用の食事は必要だし、そうなると金属片で体を拭くわけにもいかないから肌触りの良い布というものを大量に生み出してそれを使っていた。汚れた布は再利用するのには難しく、焼却すれば灰になって体積は取らないが炎に頼らない宇宙船ではどこにあるというのか。だから大量に布は溜まり、有機生命体は体臭を放つせいで、セグニティスの塔はイーラの臭気センサーが引っかかった。イーラがずかずかと塔に踏み込むと、有機生命体はつがいで連れて来たのにかかわらず、死んでいた。巨大な水槽に放り込んであったのが、透明だった床は排泄物で真っ黒に汚れ、汚れの中で身を寄せ合うように三本足は瞳を閉じてやせ細っていた。イーラの怒髪天を衝いた。
 「ちょっと。死んでるんだけど?」
 「えーまじでぇ。そういや一週間くらいメシ忘れてたわ」
 「セグニティスゥ…?」
 イーラは鉄扇を背から取り出した。セグニティスを殺す為である。あわあわとセグニティスは何やら言い訳をしていたが、簡単に倒された。
 「はぁ、…埋葬もしてやんないといけないね」
 「そやなあ、可哀相やった」
 「お前は可愛がってないよね…?」
 イーラはもう一度鉄扇を手にぽんぽんと当てながら言う。セグニティスには一切懐かず、イーラが来るととことこと寄って来た三本足を思い出した。無垢な生き物だと思っていたが、小さな頭で考え抜いてイーラに懐くことにしたらしい。その打算にも苛立った。何度も首を左右に振って、甘えるしぐさをするのも腹が立った。この閉じられた世界に抵抗するのではなく、受け入れて生きることを選んだその諦めが、いじらくしもひどく怒りを覚える。その姿をにこにこと見ていたセグニティスは、本当に何もやっていない。とはいえどこかの惑星に勝手に埋め込むのは出来ないだろう。爆発に詳しいクピリダスに聞いて、宇宙空間で爆散してやるのがいいだろう。そう思い、イーラは亡骸をつまんでみた。くたりと骨の無いからだがそこにある。その無抵抗さにも怒りもだえるようだった。
 
 「ああ、いいところに」
 クピリダスの元に向かうと、彼はいつもの紳士的な態度で出迎える。ここに来るまでに、セグニティスを三回は殺しておいた。だがどうせ復活する身である。この程度で思い知るかといえば、思い知らないのが怠惰であろう。クピリダスに聞きたいんだけど、と切り出すと、彼はなんでしょうと尋ねておきながら、何かを話したくてそわそわとしているようだ。
 「どうかしたのかい」
 「実はですね…」
 イーラの助け船に、クピリダスは意気揚々と喋り出した。見て欲しいというのが、小型精密機器である。いわゆるマイクロチップだ。クピリダスの手にはあまりにも小さい物だが、それを簡単につまんでいる。
 「なんの情報なんだい」
 「絶頂データですね」
 「絶頂?」
 「ええ、有機生命体の絶頂データです。それも聞いてくださいイーラ、この有機生命体は性交の際に絶頂の波形が出るんです」
 「ええ? どうして」
 「おそらく性交が、有機生命体にとっては苦しいんでしょう。内臓同士を摩耗させるわけですから、その際に痛みを感じたら種は絶滅する。だから絶頂するように誤魔化しているんですよ」
 「はあ、なるほど」
 クピリダスは強欲だ。知識欲も含まれるのか、様々な事に興味を持つ性質である。
 「それが死の間際にも波形が観測されましてね。つまり、性交は有機生命体にとっては死の疑似体験なのかもしれません」
 永遠に訪れるであろう死というものの疑似体験なら、デスドライヴズも経験出来る。その絶頂を、有機生命体は主に死ではなく生に使うんですよとクピリダスは興奮しているようだ。生に使うなんて馬鹿げているがそれは種の繁栄に必要な過程で、でもデスドライヴズにとってはあまりにも未分化で、でも原始的ながらに惹かれるものがある。種が繁栄することにだけに注力を注ぐなんて、そんなの当たり前じゃないか。それでもその本能に支配されて生きている文明を紐解くと、自分達には無いものがあることに気が付くのだ。
 「あげますよ。複製は出来ましたので」
 「まあいいけど。それよりもさあ」
 イーラはそのままマイクロチップを受け取ったものの、すぐに有機生命体の爆発方法を尋ねる。それは簡単に出来るようなので、イーラはもう忘れてしまった。だが絶頂データを受け取ったのは覚えている。馬鹿らしいなと思ったが、絶頂データを自分にはめ込んでしまえば疑似体験が出来る。
 「なんやそれ」
 「クピリダスにもらった」
 「あーあれやろ、ぜっちょーデータ」
 「知ってるじゃないか」
 「ワイもさっき、爆発の仕方教えてもろてん」
 ふうんとイーラは小さく感心した。一応あの三本足の埋葬をするつもりなのだろう、セグニティスにこころを寄せたのだ。
 「それ、使いまっか?」
 「どうして僕が使うのさ」
 「有機生命体の生きたい欲求なんやろ? それ。クーヌスなら理解出来るんやろうけど、ワイそこまで分からんし、でも一人でやるの怖いんやもん」
 「へえ、臆病だね」
 「怠惰やねん」
 イーラとて興味が無いわけでは無かった。ただそれ以上に三本足の埋葬の方が先であるし、セグニティスの塔の清掃が先である。
 「また話聞かせてよ」
 大先輩にそう言って夜の街に消え、イーラは深々と頭を下げた。ただジャンパーには両手を突っ込んで若者らしい姿だ。イーラはアパートに戻る事にした。そこには同じように人間に転生したセグニティスが待っている。デスドライヴズの時と違い、野良猫を拾って来ないのが彼を評価できるところだ。でもあの時の三本足の世話をさぼった時のように、アパートはまたぐちゃぐちゃとしているのだろう。それを考えれば、イーラはまた怒りを宿し、それを演技に燃やすのだった。
 
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7月22日分書くよ
初公開日: 2024年07月22日
最終更新日: 2024年07月22日
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