そのメールは、私のプライペート用のアドレスではなくケテル製薬内で用いられている内部アドレスに届いたのだ。
クローズドの環境で研究員間の連絡にのみ使用されているはずのアドレスに、外部からのスパムメールなど届くはずがない。ハッキングの可能性を疑ったが、それこそありえないことだ。
私はそのメールに、不審さと同等の興味を覚えた。一体何者が、どんな意図でこのメールを寄越してきたのか?
それから私は業務の間を縫って、そのメールの送り主をどうにか突き止めようと躍起になっていた。私はまるで、顔の見えない文通相手を想像するかのように謎のメールの送り主の正体を暴こうとしてきた。しかし、私の必死の努力にも関わらずメールの送り主を特定することはできなかった。
考えてみれば、そのこと自体が大きな手がかりであるとも言える。これだけ強固な隠蔽技術を、いたずら目的の一般人や一介のハッカーが持っているものだろうか。
結局私は、もっとも直接的な手段に訴えることにした。すなわち、メールで指定されている場所に直接赴くことにした。
「……」
普段浴びたことのない潮の香りのする海風に髪をなぶられながら、私はこの国の維持管理のために様々な業務が集約されている人工島を遠く見やった。
特別地区。
この国の中枢とも言える機能が集約された洋上の人工島と本土をつなぐのは、たった一本の橋だけ。私はその橋のたもとで、夜空を交錯するサーチライトをぼんやりと眺めていた。
長い橋の向こうからは、私の視線に応えるものなどいない。だんだん自分がバカげたことをしている気分になってきた。そもそも、あんなメールの内容を本気にするほうがどうかしているのだ。
踵を返し戻ろうとしたところで、私の足を止めるかのように橋の向こうからふたつの眩しい光が近づいてきた。車のヘッドライトだった。
速度を落としてするすると近づいてきたその黒塗りの車は、さほど車種に詳しくない私にもわかる、いかにも政治家や業界人が使っていそうな高級車だった。
眩しい光に顔をかばう。光の向こうで車は音もなくピタリと止まり、人影が降りてきた。その人影には、たしかに羽根が見えた。
一瞬自分の目を疑う。本物なのかと。
「お待たせしました」
落ち着いたその声の主は、黒髪の青年だった。その背中の羽根はもちろん本物であるはずはなく、白い法衣にベルトで固定された作り物の羽根だった。