愛されているつもりはある。まっとうに、平均的に、きっと誰かが羨むような環境で育った自覚はある。義務教育の時分には気が付かなかったが、社会に出てみると生育の環境というものには差がある。きっと自分には分からない環境がある、そこで育まれた感覚がある。その感覚を埋めようと考えても、自分の手元にはあるものは幸いにも困窮を免れる手札ばかりだ。その為に妬まれることもあった。実力が足らない、そのせいであるのならまだ良いのだが、育ちを妬まれるのはサタケには不可避の出来事である。その妬みも、実力でねじ伏せてはきたが意味もなく人間に憎まれるというのは少なからず心に傷を負った。意味もない嫉妬、他人の底知れぬ考えに寒気がしたのだ。だが気に病んでばかりもいられない業務である。次第に薄れ、経験則になっていった。その経験則を元に人の上に立つ業務には慣れているつもりだったが、ひとたび変われば伏魔殿に潜り込むような気分になる。悪意の塊が、皮膚をひんむいたらすぐに現れるのだ。大変だよと一言に感情を込めて、画面の向こうのプラムマンにこぼした。
「人の心は難しい」
「どうしたんだ、若い指揮官のような事を」
「どうでもいい理由で妬まれ、どうでもいい理由で好かれる」
「ふ、人類普遍の悩みだな」
「君はみんなに好かれるじゃないか」
「嫌ってる輩もいるさ。肌で分かる」
「そうだけど」
すべての人間の感情の起伏を理解し、すべての人間の心情を把握するのは不可能だ。果て無き夢である。思わぬところから殺意が芽生えることもあり、思わぬ愛もある。だが指揮官という職に就けばおのずと人心把握をしなければならない。
「私じゃ、分からない」
「酒が回っているのか? 大丈夫だリュウジなら」
「トミー。君を疑う訳じゃないが、上っ面な言葉は耳に滑るだけだ」
「実践的な事を話せと? それは機密事項だな」
「けち」
口を尖らせたサタケに、プラムマンは小さく噴き出す。画面の向こうのサタケは、表情をころころと変えていた。今は不貞腐れている。
「俺を愛してくれるっていうのは嘘だったのか」
「リュウジ、聞き分けがないぞ。まるで子供だ」
つんと向こうを見やったサタケに、プラムマンは苦笑いした。時差があるからか、プラムマンの飲み物はアルコールを含まないようだ。彼は何か優しい言葉を投げかけて来るのか、あるいは窘めるのかサタケは耳を澄ます。今日は少しだけ疲れが頭に回っていて、他愛もない言葉を投げつけたくなってしまった。こういうところが若く見られるんだと言われる要因なのは分かっているが、プラムマンに感情を半分預けている身だから甘えたくもなる。愛されて育った自覚はある。それに周囲の人間には恵まれている。このプラムマンに出会ったことも、きっと自分は恵まれている。それでも自分を抱くプラムマンの手が時折強く感じ、うつらうつらとソファーで眠っていれば、まるで突き刺すような目線で見て来るのをサタケは知っている。過去の自分のコンプレックスをまるで慰めるように、過去を超える為のように、プラムマンは時折強い執着で自分を甘やかす。それはサタケには分からない感情だ。自分には見えない景色である。プラムマンは間違いなく真正面に自分に向かってくれているのを理解しながらも、彼の心の底には感情が根を張って絡み合って、複雑な花を咲かせているのだ。きっと禍々しくて、ビビッドのどぎつい色で。でもそれを感じさせないような穏やかな瞳で、彼はこちらを見つめてくる。真っすぐな目線だ。
「まあ、お前は甘やかしたくなるから困るんだがな」
「画面の向こうじゃなくて、ちゃんと触れられたらいいのに」
「あと一か月、我慢してくれ。いい子だ」
愛されているつもりはある。愛されている。自分には見えない花を思いながら、いつかその花は散るんだろうかと思った。