「ギャンブル映画だけは見ない」
 そう言い切ったクリムゾンに、ギガは少々思案したのち言葉を返した。いつもの安アパートでの映画会の中でのふとした発言である。
 「へえ? じゃああれは? ライアー」
 「ダメに決まってるだろ」
 「スラムドッグ」
 「あれはクイズ系じゃないのか」
 「じゃあ見れるワケ?」
 「まあ、あれなら」
 クリムゾンは手に握ったままのぬるいビールを口に流し込んだ。
 「メイズ・ラン」
 「あれは迷路だからクイズ系だろ」
 「じゃあSawは?」
 「あれはサスペンスだろ」
 「主催者がいつバレるかのギャンブル感無い?」
 「あれを賭けにするなら、コイントスで裏か表しかないって言ってたのに、コインが実はめくれて第三の出目がありますぐらいのレベルだろ」
 「サイコホラーやサスペンスも、突き詰めるとギャンブルになるんだなあって…」
 「まあ心理描写とかを指すなら、そうだろうけども」
 クリムゾンはちらりとギガを見やった。一人掛けのソファーにそれぞれ腰掛けているので、プライベートな空間はそれぞれ分かれている。だが手を伸ばせば届く距離だ。個室では無い。押し込められているのは肩とか腰で、腕や足は少々持て余している。ギガが楽しそうに映画の名前を挙げていくのに、クリムゾンは小さくため息を吐いた。
 「お前人が弱点見せると、とことん迫ってくるよな」
 怒りを込めた言葉である。だがギガはにこりと純真な笑顔を見せて来た。
 「そーいうの大好き」
 「一度めちゃくちゃに痛い目見て欲しい」
 「んなもん、何度か見たわ」
 「改めろよ、じゃあよ」
 思わず本音を口にするが、ギガは応えていないらしい。見なくても分かる。この男には鋭利な刃物のような言葉ごときでは心は刺せない。ビールがぬるいので、クリムゾンは立ち上がって台所に向かった。キッチンと不動産情報には出ているが、台所と形容した方がいいほど古めかしい造りだ。そこにある自分の背よりも低い冷蔵庫は、たまにしか来ない二人の胃袋を満たすためにだけ存在している。そこから真新しいビール缶一本出して、飲み干したタンブラーに注ぎ込むと泡が立った。
 「俺も」
 ギガはリモコンを片手にしながらタンブラーを取れと言わんばかりにもう片手を振り上げている。彼のタンブラーを取るには、クリムゾンは二歩ほど歩み寄らねばならない。面倒だから無視しようとしたら、唐突に髪一本が巻き付いたタンブラーが目の前に差し出された。ギガの伸びる髪が、タンブラーを渡してきている。特殊な能力をわざわざ使うなと思ったが、付き合いがある中で怠惰が目に余る人間だ。そのくらいはするだろう。クリムゾンは諦めてもう一本出すとそのタンブラーに注いでやった。勢い良くなので泡がはじけたが、知った事ではない。髪は掃除機のコードのように戻っていき、ギガの手に握られたようだ。まだ映画選びが難航しているようで、テレビ画面には忙しなくスクロールされていくサムネイルがちかちかと目に映る。
 クリムゾンが自席に戻ると、ビールを飲み干したギガが話しかけて来た。
 「なんで嫌いなんだよ」
 「ギャンブルはもういい、懲り懲りだしうんざりだ。見たくもない」
 クリムゾンの言葉に、何かがあったのだろうともちろん推測はするだろう。読者諸君は知っている。金天ボという融合戦士が生み出した亜空間に、敗北の代償として無償で働かせていたことを。その後のボーボボの一時的な死により、その空間は解放されたためにクリムゾンは今ここにいる。だが矜持をズタズタにさせられた傷は癒えない。映画というエンターテイメントにおいて、見たくないという物が生まれたのはその為だ。出来れば見たいと本人も思ってはいるが、心は正直でどうしても人間同士の駆け引きに興奮を誘われなくなった。冷めた目で映画を見続けるのは苦痛である。多少なりとも没入感がある方がいい。少なくとも消費するのであれば、消費にエネルギーを使いたい。食べたくもない物を延々と口に流し込まれるのは苦痛であるのと同じだ。一方のギガは、その言葉にふんと鼻と鳴らすものの、クリムゾンの言葉の端々に嫌な気配を感じていた。嫌な気配だ。自分を打ち負かした胸糞悪い相手の残り香がする。ボーボボが少なからずそこに絡んでいる。そう嗅ぎ取った。嫌な気配はクリムゾンに付きまとっているようで、この空間を侵食する気がした。それがなんだか気に食わない。思考の端をボーボボに食われたような、そんな気持ちでいたくはなかった。ソファーを降り、クリムゾンの服をぐいと掴む。なんだと言いたげな青い瞳を見ながら、襟の開いた服から見える首筋に噛み付いた。小さな痛みが走る。皮膚を引っ張ったような痛みだ。咄嗟だがクリムゾンはギガを押しのけた。小さな傷でも付いたかもしれないが、それは今鏡が無いので確認出来ない。
 「何する」
 「別に」
 別にと言って満足したのか、ギガは自席に戻った。そして何事もないかのようにリモコンを手に、タンブラーを手に、映画漁りを続けている。その無責任さに腹を立てて、クリムゾンも席を立ったのは当然のことだった。
 「あー跡はNG.あいつらがやきもち焼くから」
 いつもギガの傍らにいる美女二人の事を指したのだとすぐに分かった。クリムゾンは知った事かと首に噛み付いて、わざと筋を口に含んで舐めるだけにとどまってやった。居心地の悪いぬめりが、首に残るように。その意図に気が付いてギガが睨んでくるが、どこ吹く風だ。クリムゾンは自席でビールを口にした。嫌な気配はもう残っていなかった。
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お題:傷跡を舐める
初公開日: 2024年05月24日
最終更新日: 2024年05月24日
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