「計画に進捗がありました。神……創造維持神への偽装信号の流入は順調です。同時に、神経節(コード)を介して神からの苦痛シグナルの抽出も進行しています」
「ほう」
データパッドに表示された進捗状況は予想以上のものだった。これならひと月を待たずに苦痛シグナルの抽出は完了すると見ていいだろう。
「――上級天使様」
「案ずるな」
何事かを口にしようとする天導天使の声を先んじて封じる。
「不安は口にする必要はない。口にすればそれは周囲へ伝染する。我がマルクト教団の腹心たるお前が不安を持っていては、他の教団員にも影響が出る」
天導天使はさらに言い募ろうとしたが、結局やめた。それでいい。今さら何を言おうとも、この計画を中断できないことはお前がもっともよくわかっているはずだ。
「……計画通り、神から抽出した苦痛シグナルは培養槽にて培養し、増殖させます。神への偽装信号の流入は継続」
「コリエル共は?」
「目立った動きはありません。しかし、反乱に備えてすでに教団内の警備天使の半数以上に装甲服を介した精神拘束(ゲアス)を施行、有事の際にはこちらでコントロール可能です」
目下、偽装信号で己の苦痛を抽出されていることにも気づいていない神よりも、むしろ古参の保守派教団員のグループであるコリエル・メンバーのほうが厄介なのは皮肉なことだ。だが、この計画を邪魔されるわけにはいかない。
いずれヤツらも行動を起こすだろう。だが、神に直接的な介入を行う準備はこちらの方にある。
「よかろう。そのまま計画を続行しろ。行っていい」
天導天使が執務室のドアの向こうに消えるのを待って、私は天井を見上げる。白い天井に一瞬、真っ赤な花を幻視した。硝煙の匂いをまとった、赤い花。
その赤い花を咲かせたのは、父が手にした銃。
だから――やり方は、もう決めてある。
「もうすぐだよ、姉さん――」
計画は最終段階に入った。その証が今、私の執務室の机の上に置かれている。
金属製の培養管。培養液が満たされたその中には、いびつな形状の羽根と虚ろな眼窩を持った奇怪な胎児が詰め込まれている。
創造維持神から抽出された苦痛シグナルを培養したものがこれだ。苦痛という抽象的な信号に、具体的な実体を持たせたものがその正体。
「『天使虫』のサンプルです。神から抽出された純粋な苦痛である天使虫は、この培養管の中でしか存在を維持できませんので、コリエル・メンバーに奪取されたとしても彼らに利用されることはないと考えていいでしょう」
「素晴らしい成果だ。よくやってくれた――どうした? 称賛しているのだ、もっと喜んだらどうだ」
「……」
歪みの進行した天導天使の顔はマスクに覆われていてその表情は伺えない。しかし、その胸中に渦巻く罪悪感が、私には手に取るように見て取れた。――今さらだ天導。もうお前は引き返せない。
机の上に置かれた培養管を手に取る。この小さな金属製の容器の中に、神の苦痛が詰まっているとは他の者にはにわかには信じがたいだろう。しかし、致命的な効果をもたらすものは、得てしてちっぽけなものだ。
たった1発の銃弾で、私の姉が死んだように。
「天使虫の効果試験用の異形はすでに確保中です。並行して、天使虫の注入装置の開発を……」
「銃だ」
「――は?」
データパッドの内容を読み上げていた天導天使が顔を上げる。声音でその困惑がわかった。
私はもう一度繰り返す。
「銃だ。この培養管を直接、弾丸として射出する。最終的にはこの天使虫を神に直接撃ち込んで――その機能を停止させる」
「な……!」
天導天使は今度こそはっきりと動揺を見せた。
「不服か? それとも――」
立ち上がり、天導天使に近づく。一歩、二歩。マスクで隠れているはずのその向こうから、困惑がはっきりと伝わってきた。
「不敬か? 冒涜か?」
「上級天使様……!」
天導天使が一歩引く。が、言葉を続けた。
「機能不全を抱えている創造維持神に我々が介入し、その機能を調整するというのがマルクト教団の理念です、しかし、なぜ……」
そこで天導天使はためらった。私は何も言わない。その言葉を、お前にも口にしてもらわなければならないからだ。
ためらって、そして結局天導天使はその言葉を口にした。
「なぜ、わざわざ……『殺す』という形を取る必要が……!?」
「ふ」
満足を覚えた私は、思わず笑みをこぼしていた。
「決まっているじゃないか」
培養管を持ち上げた先に幻視するのは赤い花。そして硝煙の匂い。
同じようにするのだ。あのときと。
「前例があるんだよ」