重苦しい雰囲気であった。遠方はるばる来たと伝えてあるのに、何ごとも気に食わないという雰囲気である。視線は鋭く冷たい。洗い立ての箸の先のように尖っていて、いやな水気がある。この雰囲気に慣れていると心を平静にしたところで、ざわつくのが人の心であった。視線を一身に受けながら、静かに瞼を開いて見渡す。目に見えぬ鋭利な刃物が突きつけられている状況で、とにかく心を静めねばならなかった。
 ※同じの使い回す
 ①スミイサ
 ②プラサタ
 ①
 片田舎にあるというアオ家は、集落の中でもひときわ大きな家であった。まるで映画のセットにも出てきそうだとスミスが口にすると、古いだけだよとイサミから返って来る。ルルは長時間の運転に飽きて、外の風景にかじりつくようにしている。都心部で育つ娘には、田舎の風景は物珍しいようだ。大きな家に向かっているのを見て、興奮したように隣の席のスミスを見てから、指を差す。
 「いさみ、あれいさみのうち?」
 「ああ。あれだよ。俺のじゃない。本家のだ」
 「ほんけ」
 「お父さんの実家だ」
 「じっか」
 まだ五歳には難しい単語なのか繰り返すだけだ。イサミ達はタクシーを利用している。助手席にイサミが座り、後部座席では飽きたルルを宥める役目のスミスがいた。お気に入りのスパルカイザーのソフビを握りしめ、ルルは窓を開けていいかとスミスに尋ねた。
 「運転手さん。窓を少し開けてもいいですか?」
 「気持ち悪いですか?」
 「いえ、娘が外を見たがっていて」
 「かしこまりました」
 後部座席の窓が、少しだけ開かれる。ごおおと風を切る音がした。ルルがその少しの隙間に縋りつく。落ちるはずは無いが、気を付けてとスミスは無意識にルルを後ろから支えていた。
 「お客さん、アオ家の方ですか」
 「ええ。有名ですか」
 「いやなに、ここら辺の人は足が悪くなったもんで、タクシーをご利用いただけるんですよ。でもアオ家の方はあまり乗せたことが無いので、地主さんなのに珍しいって話でして」
 「本家には人がいますから。あとまあ、そういう人たちなんで」
 「すみません、ご気分を害されたのなら」
 「いえ、いいんです。俺は本家の人間じゃないので」
 イサミの口調がずっと固い。スミスにはそう感じられている。付き合いの短い恋人同士であるが、彼の機嫌くらいは把握しているつもりだ。まるで覚悟を決めているような口ぶりである。法要に行くというだけなのに、随分と畏まっている。久しぶりの実家だというのに、何故そこまで態度が硬化するのだろうか。だが考えていても仕方ない事である。イサミには両親がいない。先の大震災で失ってしまったという。その三回忌と親戚の法要を一挙に行うというので、東京に暮らすイサミに声がかかった訳なのだが。両親の死で長年住んでいたマンションは倒壊、そのまま火災に巻き込まれたのかどのような形なのかは覚えていないが、とにかく両親はもうこの世にいないのだという喪失感でイサミは自分がどこまで関与したのか忘れてしまったが、あっという間に消えてしまった。だから葬儀をどうやったのか、あまり覚えていない。それこそアオ家から何人か飛んできたのかもしれない。その時にイサミは、喪主ではなかった。写真を抱えて泣いていた。骨を拾う頃には涙が枯れた。そこだけは覚えている。煩雑な手続きは全てアオ家の人間が済ましてしまっていて、仏壇をこしらえなかったイサミのアパートでは、両親の写真を飾るのも出来なかった。受け入れたくなかったのかもしれない。両親の遺骨は田舎の墓に収められて、そう簡単に会えないでいる。そのせいか、三年前の記憶は奥深くに閉じ込めていた。だがスミスとルルとの出会いで、それは落ち着いた物になった。そこに、三回忌の知らせである。向き直るいい機会だと思った。
 イサミは一人で当初行く予定であったが、スミスとルルが付いていきたいと言うので説得を試みて、失敗した。あまり気のいい人間達ではないとも伝えたが、恋人なら付いて行きたいと思うのが自然だろう。先日スミスとの家族との関係が解消されたばかりである。
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