フユガネの里の朝は早い。
日の上らないうちに起きだして、水桶に張った氷を取り除いたり、交易地へ向かうための船の点検を行わなければならないからである。
里長の息子であるフユキもまた、その仕事に従事する一人だ。
弟であるトウリと共に、フユガネの里の運営が潤滑に進むよう、あらゆる仕事をこなしている。その仕事のなかにはもちろん、父トウハの補佐も含まれている。
トウハは現フユガネの里の里長であり、交易面において右に出る者がいないとすら言われる優秀な男だ。普段は愛想もあまりなく、実子であるフユキとトウリにもわかりやすい愛情を見せることはないが、次期里長であるフユキにとって、間違いなく尊敬すべき人物である。
(トウリはきっと凍えて帰ってくるだろうから、早めに部屋を暖めておかないと…父さんも、起きてすぐの部屋が冷たいのは嫌だろうし。あーでも、薪…足りるかな)
朝食を作る分はすでに確保して料理人に渡しているとはいえ、献立によっては追加を頼まれる可能性もある。しかし、最近の湖は荒れがちで、碌な交易ができていないこともあり、里全体で薪の供給量が不足している現状だ。呑気に里長の家が暖を求めている場合ではないだろう。
「どうしようかなぁ」
「おはようフユキ。どうしたんだ、そんなところに突っ立って」
「わっ、父さんっ!…あっ、えっと、おはようございます」
「あぁ。で、どうした?」
急に背後に立っていたトウハに、フユキは驚いて飛び上がった。トウハはそんな息子の姿に反応をみせることもなく、たんたんと問う。
「えっと、薪の残数が心配で…」
「薪?…なるほど、最近は交易が途切れがちだったからな。昨年に比べ、供給量が減っていたからなら、その分減りも早かったか。少し多めに仕入れたが、私の見通しが甘かったようだ。悩ませてすまんな」
「いえ、そんなことは…」
「…フユキ。お前、今十七だったか」
「え?はい。先月が誕生月だったので」
「ならちょうどいい。今日の仕事は他の者に任せて、お前はメハグ島へ行ってこい。私の名前を出して、薪を買い付けにいってくれ」
「はぁ…はぁ!?」

あたたかな空気の満ちた朝だった。ハルカはのんびりと寝床を抜け、見慣れた階段を降りていく。
「ハルカ様、おはようございます」
「おはようございます。今日もお早いですね」
「今の時期はいろいろ込み入りますからね。ハルカ様の門出の日までは、頑張らせていただきますよ」
にっこり笑う顔見知りの女性に、ハルカもまたにっこりと笑い返した。
「あ、そうだ。今日くらいはお母さまより先に準備を済ませておかないと。もう一人前になるんだから、心配をかけさせるわけにはいかないわ」
「あら、いい心がけじゃないか。それでこそ、次期里長というものだね」
「わっ!おばあ様!?」
「お姉さまばかり大人になるなんてずるいわ。私をおいていかないでよ」
「オトナまで…茶化さないでよ。第一、あなたもあと数年すれば同じように一人前になるんだからずるいも何もないでしょう?」
「えー、気分的には今と数年後じゃ全然違うよ」
にこにこと柔和な笑みを浮かべている祖母ハルイと、わざとらしく頬を膨らませる妹、オトナ。急に背後に現れた二人にハルカは驚いて飛び上がった。
そんなハルカの様子がいたくお気に召したのか、オトナはけらけらと楽しそうに笑っていた。
平和を切り取ったような孫たちをニコニコと眺めていたハルイは、近づいてくるかすかな足音にさらに相好を崩す。幼いころから足音を消しがちな、大切な娘の慣れた気配。
カット
Latest / 70:42
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
ハルオトとフユガネ
初公開日: 2024年03月24日
最終更新日: 2024年03月26日
ブックマーク
スキ!
コメント
オリジナル作品
それぞれの性別で分けられた、湖で隔てられた二つの集落。女性集落ハルオトの里と、男性集落フユガネの里。
いずれ集落を束ねる立場に生まれたハルカとフユキが、破ってはならない掟から逸脱した出会いを果たしたことで、長く続いた伝統に綻びが生まれてしまう