「えっ? お前、おれのこと好きなの?」
 この手でくびり殺してやろうかと思ったのは二度目だった。一度目は負けたルッチをさっさと切り捨てたとわかったときだ。こいつは本当に、人を煽り立てることだけ上出来だ。
 ルッチとスパンダムが身体を重ねるようになったのは、サイファーポール"イージス"ゼロに所属するようになってからだ。
 ルッチをはじめ元CP9所属のメンバーは、一時はクビを言い渡されたものの、あの戦力を野放しにしておくには惜しい、と政府から呼び戻された。対してスパンダムは、エニエス・ロビーでの一件をあらゆる権力とコネと弁舌と駆け引きと泣き落としでなんとか切り抜け、CP0へと潜り込んだ。地位に差があるのは当然だ。一番の下っ端文官として、それでも意気揚々と入局したスパンダムは、初日に上から下まで真っ白なスーツに身を包んだルッチを見かけ、聞くに耐えない汚い悲鳴を上げていた。思わず獰猛な笑みが漏れた。
 上は因縁を知っているだろうに、スパンダムは元CP9勢の補佐としてつけられることが多い。補佐というか雑用係だが。単に癖や経歴を知っているから仕事が速いという理由だろう。スパンダムは顔面蒼白になってどうにか回避しようとしたらしいが、さすがにメリットが多すぎた。
 スパンダムはあれやこれやと雑用や書類仕事を抱え込むことになった。元々戦闘力はファンクフリード頼りで、文官としてのし上がってきた男だ。ヒィヒィ言いながらも、CP9で殺した人数の帳尻を合わせていた頃と同じように、天竜人の無茶ぶりを通すために奔走することになった。ルッチは楯突いてくる物たちを屠り、飛び散った血にスパンダムがおののく姿を愉快に見ていた。
 スパンダムの悲鳴や、情けなく逃げ回る姿は、ルッチの嗜虐心を満足させる。高慢ちきで自己中心的で自分以外の全てを見下している男が、罵声を張り上げ、ルッチに庇護を求めてくる。殺し以外でこんなに楽しいことがあるのか。スパンダムから見えないところでニヤと牙を覗かせて笑うルッチに、カクやジャブラが呆れた顔をしていたが、そんなものは知らない。ルッチはずっとこうしたかったのだ。おれを守れよルッチ、と言われたときと同じように、たまらない高揚感を抱えていた。ずっと。たぶんCP9でそう言われるよりも先に。
 ルッチがいずれ上に行くと思っているのか、単に危害を加えられたくないからか、スパンダムはルッチに対して媚びへつらうようになった。ダンナなどとわざとらしく呼び、揉み手をしながらへらへらと笑う。CP9時代は政府高官に対して時折見せていたが、その対象がルッチになったのだ。ルッチが背中を向ければ、グアンハオのみなしごが偉そうにしやがってクソやろう、とでも言いたげな顔をするくせに。こいつは本当に変わらない。横から見ていたから知っているのだ。
 くだらなくはある。けれどこれは好機でもあった。スパンダムは権力に弱い。部下であったルッチがCP史上最高と言われる戦力を振るっていたときのように、ルッチを重宝がればいい。どうだおれの部下は強いだろうと、自分の弱さを棚に上げてふんぞり返ればいい。上に行く気はさらさらないが、自分以外にスパンダムが媚びへつらうのを見るのは気分が悪い。そこにある感情の名前は知らない。ルッチはただ、スパンダムの目が他に向いているのが気に食わなかった。
 だからとある夜、スパンダムを自室に呼びつけた。
 この時間になったら来い、来なければわかっているな、と圧をかけて言えば、スパンダムは一気に真っ青になった。ハハハ、ダンナぁ、冗談ですよね……いまさらおれなんて……ともごもごうるさかったので、ひと睨みすれば顔面蒼白のまま唾を飲み、震えて頷いた。意味がわかっているにしては羞恥の色がなく、殺される寸前のような脂汗が匂った。リンチでもされると思ったのか。するならもうとっくにしているだろうに。会話を聞いていたカクが、明日は出てこれんのう、とスパンダムに言っていた。優しくないやつだ。スパンダムはもう歯の根が合っていなかった。
 潔癖な男だから、シャワーを浴びてやった。夜が更けた頃、ルッチが指定した時間に、スパンダムはルッチの自室をノックした。神経質そうな高い音は昔から変わらない。しかし今日はどことなく躊躇うように弱々しい。タオルで適当に乾かした髪を下ろしたまま、下肢にゆるいズボンだけを引っかけて、扉を開けてやった。スパンダムは縮こまるようにしてそこにいた。普段着のようだったが、ざっくりと胸元を開けることを好む男にしては珍しく、首元まで襟のあるシャツを着ていた。どうせ傷が隠れるように、なるべく痛くないように、と思ったのだろう。何をされるかわかっていない姿が、ますますルッチを高ぶらせた。
 背中の古傷も露わなまま、湯上がりとすぐわかる格好のルッチを見て、スパンダムは見るからにうろたえた。エッ、とひっくり返った声を上げたが、それを逃がしてやるつもりはなかった。怯える姿に目を細め、ルッチは入れと促して、スパンダムを部屋に招いた。暴力的な匂いがしないことに警戒を解いたのか、スパンダムはへらへらと笑いながら、お邪魔します~と脚を踏み入れた。そこがとっくに獣の口の中だとは、ベッドに放り投げられるまで気付いていなかった。
 スパンダムの身体はちっとも抱き心地がよくなかった。任務で動き回っているせいか筋肉はついていたが、脂肪がちっともなくて、骨ばかりが目立った。みっしりと肉が詰まったルッチの身体で抑え込めば、いくら抵抗しても無駄だった。
 CP9時代に官舎に女を連れ込んだり、娼婦の残り香をさせていたりはしていなかったが、おそらく元々そういう欲が薄い方なのだろう。ルッチに放り投げられ、のしかかられて、ようやく貞操の危機を感じ始めていた。抵抗は意味をなさないが、かと言って無視するには面倒くさい。スパンダムとて一応なりの大きな男だ。
「大人しくしていろ。そうしたら少しは、お前を助けてやってもいい」
 だからルッチはスパンダムの自己愛につけ込むことにした。スパンダムはギャアギャアとわめきながらルッチを押しのけようと無駄なあがきをしていたが、それを聞くと、目を見開いてルッチを見上げた。計算高いくせにドジを踏みまくる脳みそで、哀れにも自分が一番利を得る術を考えているのだ。スパンダムは本当に自分が一番可愛くて仕方ないらしい。
 スパンダムとルッチの力の差、切り抜けられる作戦や確率、助けを求めた場合の絶望。あらゆる事象がスパンダムの抵抗を無にしている。部屋に入ってしまった時点でこの結果は決まっていたのだ。それら全てを考えた果てで、大人しくしてさえいれば、とスパンダムは至ったようだった。戦場に連れ回され、巻き込まれれば、命を落とす確率は高い。けれどルッチが助ければ、それはぐんと低くなるだろう。
「……守ってくださいよぉ、ダンナ……」
 媚びへつらって笑うスパンダムの喉がごくりと鳴る。視線がルッチを見据える。覚悟を決めたのではない。プライドやら貞操やらを切り捨てて、意地汚く生き延びようとしているのだ。
 ルッチは気分をよくして、ああ、と応えてやった。本当ですよ、間違いなく助けてくださいよ、なあ、と念を押すためによく回る口は、噛みつくように唇を合わせて塞いでやった。
 それからスパンダムとの関係は続いている。互いに任務に出ていることが多いから、頻度としては高くない。それでもタイミングが合えばスパンダムを部屋に呼び寄せ、好き勝手に抱いた。セックスというには甘さのない行為だった。けれど最初は媚びているくせに途中から罵倒混じりに泣くスパンダムはルッチは自らの嗜虐心と執着を満足させたし、褒美のように手助けもしてやった。
 とある島で天竜人に献上する奴隷を見繕っている最中、女を見聞するスパンダムに向かって石が飛んできたが、間に入って払い落とし、投げた住民を指銃で殺した。助けてやったのにも関わらず、余計な殺ししないでくださいよ報告が面倒じゃないですかダンナ! とスパンダムは文句を言っていたが、知ったことではない。助けてやってもいい、というだけだ。スパンダムの思った通りに動く気など、今も昔もあったものではない。
 スパンダムはルッチとの行為を、通り過ぎる嵐とでも思っているらしい。呼びつければ、はァ~い……と嫌そうに応え、それでも隅々まで身体を洗ってルッチのところにやってくる。最初の夜、シャワーも浴びていない身体をあちこちを嗅ぎ回ったのが相当嫌だったらしい。服を剥いて押し倒して、隅々まで暴いてやっても、スパンダムはちっとも気持ちよさそうにしなかった。ルッチが促さなければ、キスに応えることもほとんどしないし、甘い声を上げることもない。ずっと苦しげにしている。ルッチが押し入った時にあげるのは濁った低音で、死ぬ寸前の呻きにも似ていた。それでもルッチは勃起するから不思議なものだ。
 ルッチは別にそれでよかった。スパンダムが自分以外を見ていなければそれでよかった。ルッチが許せないのは、スパンダムがこの姿をルッチ以外の誰かに見せることなのだから。
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ルチスパ試作
初公開日: 2024年01月20日
最終更新日: 2024年01月20日
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