正規の医療を受けなくては――否、正規の医療を受けたところで、ルイリーがかつての自由を取り戻すことはない。思い通りにならない壊れかけた肉体に捉えられたまま、この薄汚い工場の一角だけを世界の全てとして生き、そして死んでいくのだ。
 男は何も言わない。毒虫が、獲物に毒が回り切って動けなくなるのをじっと待つかのように。ワンの内心から湧く後悔と罪悪感が十分に彼の体に回り切るのを、男はじっと待っていた。
 男は、ワンの視線、指先の震え、呼吸、それらすべてを注視していた。やがて十分な時間をかけて毒が回りきったのを確認した男は、改めて口を開いた。
「このままではあなたの妹は助からない」
 男は、同じ言葉を繰り返した。先程と同じその言葉が、今度は薄く鋭い刃が肋骨の隙間から滑り込むようにワンの心に音もなく突き刺さった。
「……貴様らなら、助けられるとでも?」
 そこで男の顔に、初めて表情らしきものが浮かんだ。男は薄い唇の端をかすかに歪めた。
「少なくとも、我々にはその手立てがある」
 男は手を伸ばし、データパッドを操作した。画面が切り替わり、リストが表示された。
 そこにあるのはすべて、凍項電子開発公司に所属する傭兵の名前だった。特定の企業に所属していないスカベンジャーであるワンであっても、中国系企業最大手に所属する傭兵たちの名前は知っている。そのうちの半分ほどが赤文字で表示されている。戦死者だ。
「あなたも知っている通り、ここアルテラでは企業間紛争が激化している。大企業の抱える傭兵は数を増し、もはや施設軍となっている。当然、戦闘での損耗も激しい」
「結構なことじゃないか。貴様らはそれで儲けているんだろう。戦争はアルテラでいちばんのビジネスだからな」
「そうでもない」
 ワンの皮肉を無視し、男は話を続けた。
「ビジネスとは、商品があるだけでは成立しない。売る側、そして買う側がいてはじめてビジネスは成り立つ。だが困ったことに、商品はある、売る側もいる、しかし買う側が減り続けている」
「なに……?」
 男は無言でデータパッドを指し示す。赤文字で示されたその名前は、すべて死者の名前。
「戦闘で損耗されるのは武装だけではない。人員、つまりパイロットもだ。当然、戦闘が激化、大規模化すれば、それだけ一度に失われるパイロットの数も多くなる。そして多くのパイロットが失われれば戦力が大幅に減退すると同時に……」
「買う側も少なくなる、と? それと俺の妹になんの関係がある」
「これは機密事項なのだが、優秀なパイロットの人格と技能を電子的に大規模記憶装置にアップロードする計画がある。その社会的地位も含めてな。個人のバックアップだ。パイロットが戦死した際は、その人格データは予め用意されていた電脳を含む全身義体に直ちに移植され、[[rb:蘇生措置 > ・・・・]]が行われる」
「……」
 ワンは絶句した。そんなことが可能なのか?という疑問からではない。 
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