「あ、見て見てキツネ、あれ!」
「何だよ今度は……」
 ルビにぐいぐい袖を引っ張られながらついていくと、公園の中央にはステージがあった。ちょっとした催し物ならできそうなくらいの広さがある。
 そこでは、数人の男女が集まって歌の練習をしているようだ。メインボーカルを務めるのはルビと同じくらいの年の少女だった。アマチュアだろうが歌はなかなかのもので、周囲には通行人や公園に遊びに来た親子連れなどが足を止めている。
 ルビもステージの周りを囲むように設置された観客席に腰を下ろし、歌に耳を傾けている。その横顔は、いつもの顔よりも一回り幼く見えた。
 不思議なやつだ、と思う。やけに大人びて見えることもあれば、幼い子供のように振る舞う。まるで見る角度によってその色を変えるプリズムのように、多彩な、そして掴みどころのない少女。
「わたし、誰がか歌ってるのを生で見るの初めてかも」
「友達とカラオケとか行かないのか? ああ、もしかして音痴……」
 言い終わる前に思い切り背中を叩かれ、咳き込む。
「バカ。そういうの以外でってことよ」
 頬を膨らませながら、ルビはステージに視線を戻した。
 言われてみれば確かに、こうして見知らぬ誰かが歌っているのを眺めるというのはなかなかない機会だ。私は歌や音楽にはあまり興味はないが、事務所に籠もっていることが多くあまり外に出ない私にとって、こうした非日常的な光景はいい刺激になる。
 歌が終わった。周囲で見ていた観客の中から拍手が上がった。拍手はまばらだったがそれでもステージ上の少女は嬉しそうな顔で一人ひとりに丁寧に頭を下げていた。
 観客の中にいた女の子が、ステージに駆け寄った。少女はかがんで、その子が拙い言葉で歌の感想を一生懸命伝えようとするのを笑顔で聞いている。微笑ましい光景に、珍しく素直に頬が緩むのがわかった。
「おねえさん、アイドルみたいだった!」
 女そう言って手を振る女の子に、歌っていた少女は嬉しそうに手を振り返していた。
「……」
 アイドル。みんなが憧れる、輝かしい存在。歌と踊りで人々を楽しませる、素晴らしい仕事。
 しかし……その人物像はあくまでプロデュースされたものであり、本人のすべてではない。アイドルという仕事、芸能界という世界も、決して明るく楽しいだけのものではない。
 それを知っていてもなお、人々は偶像(アイドル)を求め、それにすがり、さらには自分自身をも偶像にしようとする。まるで、どの時代でも常に人が神の存在を求めるかのように。
 今回のクライアントもまた、そうした偶像と本来の自分とのギャップに苦しんだ結果、失踪してしまったのだろうか。
 そんなことをぼんやり考えていると、隣に座っていたルビが立ち上がった。
「私もアイドルになろうかな」
「は?」
 言葉を失っている私を置いて、ルビは歌っていた少女が立ち去ったあとのステージに小走りに駆けていく。ご丁寧にマイクを直すジェスチャーまでしてから、ルビは歌い始めた。
「……!」
 ルビが歌うのなんて初めて聞いたが……上手い。曲はよくテレビで聞く名前も覚えていない歌手のものだったが、その歌はなぜか……妙に落ち着く歌声だった。そう、上手いとか下手とかではなく、周りにいるものを自然と聞き入らせるような、不思議な旋律。
 見れば、機材を片付けている途中のスタッフやさっきまで歌っていた少女もステージの方を向き、ルビの歌に聞き入っている。自動販売機の前では、コイン投入口に100円玉を入れる寸前で止まって、ステージの方に視線を向けているサラリーマンすらいた。私もまた、不覚ながらもルビの歌声に聞き入ってしまっていた。
 やがてルビの歌は終わった。アイドル気取りで周りの人々に両手を振ってファンサービスの真似事をしている姿はいつものルビで、さっきまで歌っていた姿とは別人のようにさえ見える。
 ひとしきりファンサービスの真似を終えたルビは、得意顔で戻ってきた。
「どうだった?」
 腰に手を当てた気取ったポーズでふんぞり返って聞いてくるルビの態度が気に入らなかったので腹に軽くパンチしてから、私は立ち上がって歩き始めた。
「セクハラ!」
「わめくなうるさい」
 ルビとそんなやり取りをしている間、私はしばらくのあいだ、事件のことを忘れることができた。
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