「ああ……」
ルビはこっちに視線も向けず答える。
「『prophet』のファンには、グループのアイドル衣装を着るっていう風習っていうか文化があるんだよ。いわゆるコスプレなんかとは違ってね」
「ほう……」
「今のアイドルっていうのはいろんな方法でファンとの交流を深めてその関係を近づけていこうとするものだけど、「prophet」はのやりかたはけっこう特殊で、ステージで歌って踊るアイドルとファンが同じ格好をすることでその距離感を縮めていって、一体感を高めていくって方向性でプロデュースされてるんだよね。最初はファンの自発的な行動だったのがだんだん定着して、今じゃ事務所の方が物販でほとんどレプリカみたいなクオリティのコスを売ってるような状態だしね」
「そういう流れになるのも最初から事務所側の想定というか、仕掛けだったんじゃないのか?」
「そうかもね……で、『prophet』のファンはコンサートのときだけじゃなくちょっとしたイベントのときにもみんな同じコスを着るようになったらしいの」
「ふむ……」
『集団で同じ格好をする』というのは別段珍しいことでもない。同じ制服、同じスーツ、電車に乗れば同じ格好をしている集団などいくらでもいる。
集団で同じ格好をすることの心理学的効果はいくつかあるが、この場合は「同じアイドルグループのファンという集団」に対する帰属意識を高めているのだと私は考えた。集団への帰属意識は人間が持つ帰属欲求の中でも特に強力なものだ。
しかし一方で、前世紀に勃興しては数々の問題が明るみに出て解体を余儀なくされたきた新興宗教がそうであったように、集団の中で大量の人間が同じ服装をすることは個人、個性の消失をも促進する。そうした集団の中では個人の意志が次第に機能しなくなり、集団の一部であることが己のアイデンティティにすり替わってしまうのだ。
アイドル業界にもさまざまな戦略や売り出し方があろうが、「prophet」のやり方にはなにかこう、アイドルの売り出し方としては不自然なものを感じる。……背後関係や周辺の事務所との関連性を洗うべきだろうか。
「あ、そういえば!」
ルビがやおらすファーから跳ね起きて、こっちに向かってきた。
「キツネ、私があげた『prophet』のCD、聞いたの?」
面倒なことになった、という感情がうっかり顔に出てしまったようで、ルビは両手を腰に当てて大げさにため息をついてみせる。
「女の子からのプレゼントを開封もしてないなんてサイテー。どうせ机の引き出しに突っ込んでそのままにしてるんでしょ」
その通りだったので、私はこういうときの対処法として素直に両手を上げて降参することにした。一度言い訳という名の状況説明を試みたところ、事態がさらに悪化してしまった経験から、私はルビとの口喧嘩は極力避けることにしている。
「あー……すまん。そのとおりだ。そのうち聞こうとは思ってたんだが、まあこれもいい機会だ。聞いてみるよ」
私はルビの厳しい監視の視線のもと、引き出しからおずおずとそのCDを取り出した。真新しいフィルムを剥がしたCDのジャケットには、黒いゴスロリ風ドレスに身を包み、同じく無数の黒いバラに囲まれた5人のメンバーが描かれている。その中、センターを務める行方不明の少女は、今どこにいるのだろうか。
ケースからディスクを取り出し、PCにセットする。被ったヘッドホンの向こうから聞こえてきたは、かすかなピアノの音色。