「わかんない。でも……」
「でも、なんだ?」
ルビはマグカップを抱え込んで、しばらく宙を見上げていたが、こちらに視線を向けた。
「なんとかしてあげたいよね」
「……?」
言葉の意味が分からなかった。「なんとかしてあげたい」? 誰を? 何を?
ルビはそのまま視線を戻した、マグカップから立ち上る湯気に邪魔され、その表情は見えない。
こいつは時々こういう事を言う。なんというか……私にはよくわからない、けれどこいつにとっては何かしらの確信がある、そういう言葉を。
しかし、ルビが今回のクライアントがバロックではないと断言しているとはいえ、クライアントにバカ正直に「あなたはバロックではないのでお引取りください」と言うわけにもいかない。本人が決して安くはない報酬を提示して、自分のバロックを求めているのなら、それを提供するのがバロック屋の仕事だ。
この仕事も長いし、バロック屋という職業自体が世に生まれてからもそれなりの時間が経過している。そのため、バロックを作るためのデータベースもかなりの量が蓄積されている。私が使用しているこのデータベースも、契約を結んだ複数のバロック屋から提供されたバロックのデータを集積しているものだ。クライアントの傾向に合わせたキーワードを入力することで、過去に作成されたバロックから新しくバロックを作り出すことができる。
いずれは「機械で作られたバロックには暖かみがない」とかいう批判が出たりするんだろうか、などとくだらないことを考えつつ、私はデータベースの入力フォームにキーワードを入力する。
今回のクライアントの訴えの中心にあるのは、自我同一性への不安だ。この種のバロックを抱えるクライアントは、かつては圧倒的に10代の思春期の若者が多かった。しかし、現在では自我同一性の問題を抱えるクライアントは10代から20代にまで移行している。
その原因も、思春期特有の一過性のものではなくなっている。彼ら、彼女らが抱えている自我同一性の問題というのは、「本当の自分」と「他者に、外界に対して見せている自分」とのズレだ。