その日は朝からやけに騒がしかった。原因はなんとなく予想がついている。食堂に行けば案の定人だかりができていて、その渦中には予想した通りの人物が金髪を揺らしながら笑って立っていた。
 四季がそれを視界に入れて、踵を返して食堂を離れようとした時。
「四季くん!」
 見つかってしまった。
***
 二人で食事に行こう、という玖苑の誘いを、四季は断れなかった。まあ、今日くらいはと、珍しくあっさりと引き下がった四季に驚きの表情を見せる彼がムカついて、じゃあいいですとやはりその場を立ち去ろうとすれば腕を捕まえられる。
 自分でも、面倒なタチであることは自覚していた。
 食堂の群衆が引き止める声を振り切って、玖苑は四季を煉瓦街へと連れ出した。迷いなく入った店は、いつかの休憩時にお茶くらいならと玖苑に付き合った店。
「二人、入れるかな?」
 玖苑が店の扉を潜れば嫌でも店員の視線を集める。何より本日の主役とも言える人物だ。タスキなんかなくても、声をかけられることは目に見えていた。
 だから、人気の少ない店にしようと言ったのに。
「すまないね、今日は恋人と来ているから」
 そんなことを言って周りからの視線を一蹴してしまうものだから、今度は四季が注目される番だった。訝しげな視線に晒されて、眉を顰めながら四季は玖苑の背中を押す。ああ、やっぱり誘いに乗ったのは早計だっただろうか。
 ようやく案内された席に腰を落とせば、集まる視線も霧散する。この短時間でどっと溜まる疲労感に四季は一つため息を落としながら元凶に目を遣れば、対面に座った彼は気にも留めずにメニューを開いていた。
「四季くんは何を頼むんだい」
「もう何でもいいですよ……」
 そう、と応える玖苑は四季とは裏腹にやけに楽しそうな表情を浮かべていた。いつも笑顔を絶やさない人ではあるけれど、それとは別に漏れ出る彼の表情を見分けられる程度の付き合いである自覚はある。あんなに人に囲まれて、うんざりするような視線に晒されて、何が楽しいのだろう。
 自分の誕生日には誰にも声をかけられないよう姿をくらませた前科がある四季には心底疑問だった。
 そんなことを考えているうちに運ばれてくる、大量の料理たち。四季の前には一皿、玖苑の前にはゆうに三、四人前の皿が並べられるこの光景にもすっかり慣れてしまった。
 見ているだけで腹が膨れそうな彼の食事を横目に見ながら、四季も自分の皿に手を伸ばした。しばらくして、玖苑の手が止まっていることに気づく。
「……なんですか」
 見れば、玖苑は机に肘をついてじっとこちらを見つめていた。視線に気づいた四季が反応すれば、玖苑は無言で自身の口元を指で差す。
 一口、と言いたいのだろう。
 生憎、その誘いに簡単に乗ってやる優しさは持ち合わせていなかった。
 玖苑の視線を黙殺してまた自分の食事を再開すれば、少しばかり残念そうな声を出して玖苑もまた自分の料理に向き直った。当たり前だ、今更そんなことをしてやるタチでないことくらいわかっているはずなのに。この人はそれでもこう言うことをたまに、求めてくる。
 他愛もない会話を繰り返しながら、着々と手が進む。今日の日について、何か言われるかと思ったが案外そんなことはなかった。玖苑の真意を探れないでいる。そうこうしているうちに、玖苑の手が止まった。
「四季くんはゆっくり食べるね」
「アンタが早すぎるんですよ」
 自分の三倍の量の料理をあっさりと平らげた玖苑に軽口を投げながら視線を遣る。
 ふと、玖苑の口元に何かがついていることに気づいてしまった。おそらく食事の際についたソースか何か。本人は気づいていなさそうだった。
 指摘するか逡巡ののち、言葉を投げる。
「玖苑さん」
 名前を呼べば、優しげな視線とかち合う。それを、少しでも崩してみたくなって。
 身を乗り出して、手を伸ばした。片手をついた机がカタ、と鳴る。一瞬で詰まる距離に呼吸が止まった。
 そのまま玖苑の口元に触れて、少しだけ舌を出して拭き取った。唇に触れる寸前で動きを止める。
 間近で目を合わせれば空色の目が困惑に揺れているのがわかった。ふと、思う。
 あ、言える。と。
「玖苑さん」
 もう一度名前を紡いだ。動かした口はすこしだけ触れていたかもしれない。
「誕生日おめでとうございます」
 合わせた瞳が見開かれるのを見て、満足げに四季は口を離した。何でもないふうに席に座り直せば、すこしの間沈黙が流れて、先に口を開いたのは玖苑だった。
「なんだ、知っていたんだね」
「朝からあんなに騒がれてたら、知らなくてもわかります」
 思い返すのは食堂の人だかり、店に入った時の店員と客。面白くないと思ったのは事実。
「何も言ってこないから。てっきり忘れているものだと思っていたよ」
「流石にそんなに薄情じゃないですよ」
 忘れていたわけでも、知らなかったわけもない。ただ、あの群衆の中の一人、にはなりたくはなかった。言うタイミングを逃したのは、ただそれだけの子供じみた理由ひとつ。
「恋人の誕生日でしょう」
 伝えるなら、自分だけを見つめる視線の中で、と。それが今だっただけのことだった。
「アンタ、朝から囲まれすぎなんですよ」
「……だから、食事にも付き合ってくれたのかい」
「まあ、そんなところです」
 応えれば、そうか、とだけ言って玖苑はそれきり口を閉じる。やけに反応が薄い気がしてそちらを見れば、顔を逸らされた。これは、してやったかもしれない。
「玖苑さん」
「……何だい」
「顔、赤いですけど」
「キミのせいだと思うのだけれど」
 そうですね、と言った四季の口元には確かに笑みが灯っていた。だんだんと染まっていく玖苑の顔を眺めながら、まだ残っている自分の料理に手を伸ばした。
 今日くらいは素直にでもなってやろうと思ったから、これくらいで照れられても困るんですけど。
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49&9誕生祭
初公開日: 2023年09月20日
最終更新日: 2023年09月20日
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