緊張に満ちていた「聖域(サンクチュアリ)」の空気が、一瞬にして真っ赤な警告灯に塗りつぶされる。
創造維持神が収められた七重のガラスの函の周辺で火花が飛び散り、研究天使たちの悲鳴が飛び交い、装置から外れた神経節(コード)がのたうって壁や床に激突した。
創造維持神の放つ波動が急激に上昇したのだ。七重の防護ガラスの向こうに閉じ込められてなお、創造維持神の力を完全に抑え込んでコントロールするにはとても至っていない。我々は未だ、神の力に振り回される哀れで矮小な人間の域を出ることはできていないのだ。
各所に設置された防護シャッターが降り、被害箇所を隔離する。その場にいた教団員たちは、慌てふためきながらも安全圏へと移動する。そんな混乱の中、上級天使は微動だにせず、じっと創造維持神に視線を据えていた。
その視線に込められた感情を類推する間もなく、上級天使の姿は天井から降りてきたシャッターの向こうに消えてしまった。
ガシャン、という大きな音とともに、我々は分厚いシャッターで向こう側の空間から隔離された。その間際、私の隣にいた1号と上級天使が、かすかに視線を交わしたのがわかった。二人の間にどのような感情があったのかは、私にはわからない。私にわかるのは――一刻も早く、この荒ぶる神の言葉を引き出さなければ、我々はもしかしたら自分たちが擁する神によって滅ぼされてしまうかもしれない。そのことだけだった。
<13号パートの続き>
お話や本の中でしかか知らない「神様」の姿を、その日僕は本当に見た。
僕はこういう体だから、このマルクト教団本部のほとんどの場所を知らない。自力で歩き回ることもできない僕が知っているのは、せいぜい自分の病室や浴室、診察室くらいのものだった。病室の窓から見える青空も、僕にとっては自分が訪れることなんかできない、病室にある娯楽用の液晶モニタの中の世界も同然だったのだ。
その日、僕の病室を訪れたコリエル1号さまの顔を見て、僕は今日がなにか特別な日になるような気がした。
「今日は、お前たちをある場所へ連れて行こうと思う」
1号さまはそう仰った。僕と弟は看護師さんたちの手を借りて大きな電動式の車椅子に乗せられ、病室を出た。
毎日の入浴介助を受ける浴室へのコースを逸れて僕たちが連れて行かれたのは、今まで乗ったことがない大きなエレベーターの前だった。
「1号さま、どこへ行くんですか?」
そう聞くと、1号さまはいつもの柔らかい笑みで答えた。
「神さまのところだよ」
「神さま……」
「お前は、神さまに本当にいてほしいと思うかね?」
僕は思わずぽかんとなってしまった。マルクト教団には本物の神様がいるということは、僕も知っている。それが嘘や噂なんかじゃなく、ほんとうのことだってことも。
自分の目で見たことはないけれど、本当じゃなかったらこれだけの人たちがこんな教団を作れるはずはないし、なにより1号さまがそう言っているから。
だからこそ、僕は1号さまが口にした言葉の意味がすぐにはわからなかった。
僕にとって、神様は当たり前にいるものだったから。
でも、「いてほしい」と思ったことは――あるだろうか。
僕が答えられずに困っていると、1号さまはやわらかく笑って頭を撫でてくれた。
僕が困惑しているうちに、大きなエレベーターのドアが開いた。1号さまに促され、僕は電動車椅子を操作してエレベーターの中に入る。続いて入ってきた1号さまが、エレベーターのボタンをいくつか、何回も押した。特別なボタンの組み合わせでないと行けない場所なのだろうか。
あまり経験したことがない種類の浮遊感。動き出したエレベーターが下に向かっているのが体感で分かった。
「我々マルクト教団が、実在の神を擁していることは知っているね」
「はい……まだ見たことはありませんけれど」
「今日は、その神が座している場所にお前を連れて行く。そろそろ連れて行ってもいい頃合いだ。お前もいつまでもコリエルの仮メンバーというわけにもいかんからな」
もちろん、お前の弟もな、と1号さまは付け加えた。
本当にいる、神様。
急に心臓が、どきどきしてきた。思わず隣で眠ったままの弟の顔を見る。