<分離手術後の12号のシーン>
「……」
 目を覚ましたその場所が、いつも体を横たえていたベッドだということが、僕にはぼんやりとわかった。
 薄く目を開けると、見慣れた白い天井。でも、その天井はなぜか、記憶にある天井よりもくすんで見えた。
 左を見る。
 誰もいない。何もない。
 広く大きなベッドの中にいるのは、僕ひとりだけだった。
 ふらつく左手を伸ばし、白く清潔なシーツの空白を掴む。掻く。引き寄せる。
 でもその手のひらの中には何もつかめない。白いシーツの上には誰もいない。もう、誰もいない。
「あ、あ、あ」
 言葉にならないかすれたと息を漏らしながら、僕はろくに力が入らない体を無理やり起こそうと、ベッドの中で死にかけのイモムシみたいにのたうち回った。
「あー、ああ、あー……」
 でも、どれだけ死にかけのイモムシごっこに興じても、体を起こすことはおろか、そこにいたはずのとても大切な誰かを手を掴むことはできなかった。
 やがて僕の様子に気づいた看護師さんや先生たちが病室に入ってきて、もうすでに体力を使い果たして動けなくなっている僕を押さえつけ、腕と首筋に注射をした。
 それから僕はたぶんすぐに眠ってしまったんだと思う。意識が途切れる前に、看護師さんや先生たちの声が聞こえた。「仕方なかったのよ」「そうしなければ二人とも死んでしまうところだった」「お兄ちゃんはどうせ……」そんな言葉の意味を考える力は、もう僕には残ってはいなかった。
 そして起きたとき、僕はもう自分の左手をベッドの空白に伸ばすことはなかった。
 手術から数日がたった。僕は、それまでの大型のベッドから一人用の小さなベッドに移された。大型のベッドの傍にいつも置いていたチェス盤も、いつの間にかなくなっていた。
 ――僕のそばからは、兄さんの痕跡が全て消えた。
 看護師さんも先生も、兄さんのことを口に出すことは一切なかった。
 残っているのは――腰の傷。
 兄さんと僕が切り離された証であるその傷だけが、僕とにいさんが繋がっていたたったひとつの証だった。
 僕にはそれ以外、何も残っていなかった。
 手術から数週間が経ったあと、僕の日課は自殺する方法を探すことだった。
 まだひとりでは立つことが出来ない体をベッドから放り出して、床を這ってどうにかして自殺するための手段を探す。食事用のナイフやフォーク、ガラスの破片、カミソリ、なんでもよかった。でも、万が一の可能性を考えて注意深く掃除をしているのか、そうしたものは一切見つからなかった。
 そばにあった花瓶をなんとか持ち上げて窓に叩きつけようとしたけれど、衰弱した体ではそれもできなかった。
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初公開日: 2023年07月18日
最終更新日: 2023年07月18日
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ちょっとだけ夏コミ原稿を書いていきます。